10話 海底神殿
「やだぁぁ!」
「海のダンジョン行くぅぅぅ!!」
ダン! ダン! ダン!
ユカリは床を踏み鳴らしながら、大粒の涙をこぼしていた。
昼寝から目を覚ましたユカリに、「しばらくダンジョンへは行かない」と伝えた途端、この大騒ぎである。
「ユカリ」
「海底神殿は本当に危ないんだ」
「挑戦した冒険者は誰も帰ってきていないんだよ」
「もし帰れなくなったら、お家にも戻れないんだよ?」
「いやぁぁ!」
「でもダンジョン行きたい!」
「行きたぁぁい!」
ワタルは大きくため息をついた。
「はぁ……」
◇ ◇ ◇
一方その頃。
シオンはベッドへ寝転び、スマホを操作していた。
「海底神殿……」
検索結果を眺めながら小さく呟く。
«海底神殿
アレス公国西方、数十キロ沖に突如出現した巨大遺跡。
出現日は西暦五六九年六月十四日。
各国が調査隊を派遣するも、生還者は確認されていない。»
「……か」
シオンはスマホを閉じる。
「やっぱり攻略法までは載ってねぇな」
ベッドから起き上がる。
リビングからは、まだユカリの泣き声が聞こえてくる。
「……」
「行くしかねぇか」
ぽつりと呟くと、勢いよく部屋の扉を開けた。
「おい!海底神殿へ行くぞ!準備しろ!」
「えっ!?」
ワタルは目を丸くする。
「昨日は行きたくないって言ってたじゃない!」
「今だってユカリを説得してる途中なんだよ!」
シオンは腕を組んだ。
「冒険者にとって、ギルドから受けた依頼も仕事なんだよ」
「一度引き受けた以上、『やっぱり無理でした』じゃ信用を失う。これから先も冒険者を続けるなら、それだけは避けなきゃならねぇ」
ワタルは言葉に詰まる。
「それは……」
「それに、お前もあの場で断らなかっただろ」
「う……」
反論できない。
その時。
バァン!
勢いよく扉が開く。
「海!」
「行こ!」
リュックを背負ったユカリが、満面の笑みで立っていた。
さっきまで泣いていたとは思えないほど元気だ。
ワタルは苦笑しながら肩を落とした。
「……分かったよ」
◇ ◇ ◇
黄色いオープンカーを走らせること三十分。
三人は海岸へ到着した。
目の前には、信じられない光景が広がっていた。
左右へ分かれた海。
巨大な水の壁が空へ向かってそびえ立ち、その中央には一本の石畳が真っすぐ続いている。
まるで海そのものが道を作っているようだった。
「すげぇ……」
シオンが思わず息を呑む。
左右の水壁の中では、色とりどりの魚が泳ぎ回っている。
まるで巨大な水族館だった。
幻想的な景色に見とれながら車を走らせると、やがて白い神殿へ辿り着く。
何段もの石段を登った先には、広い広場。
しかし。
「入口がない……」
神殿へ入る扉は見当たらない。
広場の中央には、大きな魔法陣だけが描かれていた。
「……これかな?」
ワタルはユカリの魔法使い人形『まーくん』へ目を向ける。
「まーくん」
「神殿の入口って、この魔法陣?」
まーくんは小さく頷くように杖を掲げた。
ぶつぶつと呪文を唱え始める。
その瞬間。
ブォン……
魔法陣が黒い光を放った。
黒い煙がゆっくりと立ち上る。
煙は人の形となり、苦しそうな叫び声を上げ始めた。
「ギャアアアアッ!」
その異様な光景に、三人は息を呑む。
次の瞬間。
魔法陣の中心から、真っ白な巨大な右手が現れた。
ズンッ!
その手は黒い人影を無造作につかみ、握り潰した。
黒い煙は跡形もなく消え去る。
やがて魔法陣は黒から白へと輝きを変えた。
まーくんは杖で魔法陣を指し示す。
『……行けってことかな』
ワタルとシオンは顔を見合わせる。
小さく頷き合うと、ユカリを連れて白く輝く魔法陣へ足を踏み入れた。




