87話 ぐちゃぐちゃ
「やあ!」
ゴオオオオオッ!
小さな竜巻がいくつも草原を駆け抜ける。
「きゅうううう!」
竜巻に巻き込まれた一角ウサギやスライムが、次々と空へ舞い上がっていく。
そして。
バラバラッ。
魔石やアイテムが地面に落ちてきた。
「魔石、アイテム、おこづかい~♪」
ユカリは嬉しそうに拾い集める。
◇◇◇
「お金ちょうだい!」
冒険者ギルドのカウンターに、さっき集めた魔石やアイテムを並べる。
「はい。少々お待ちください」
受付のお姉さんが、それらをまとめて奥へ持っていく。
しばらくすると、戻ってきた。
「お待たせしました。全部合わせて、銀貨三枚になります」
「ありがとうー!」
ユカリは受け取った銀貨を財布にしまう。
そして、ギルドを出ると、そのまま馴染みの駄菓子屋へ向かった。
この駄菓子屋は、ユカリが図書館の隣に建てた、おもちゃの店だ。
店員をしているのは、一匹のウサギのぬいぐるみ。
子供達でも買えるような、お手頃なお菓子や玩具が並んでいて、子供達から大人気の店になっている。
「水飴くださーい!」
ユカリは今日も水飴を買った。
水飴を買った後は、西の端にある公園へ向かう。
そこにはユカリの友達が待っている。
シオンの学校が終わるまで、みんなで遊ぶ。
そして、学校帰りのシオンが迎えに来たら、一緒に家へ帰る。
それがユカリの日課だった。
いつもなら。
◇◇◇
「今日はスライムキングを狩る!」
そんなわけで今日は、公園には行かず、南西の岩山地帯へやって来ていた。
目的はスライムキング。
スライムキングは、何体ものスライムが重なって生まれることがある。
だったら。
「作っちゃえばいいんだ!」
ユカリは辺りにいるスライムを次々と集め始めた。
「こっち!」
「もう一匹!」
「よいしょ!」
ぺたっ。
ぺたっ。
ぺたっ。
集めたスライムを、どんどん積み上げていく。
ぐに。
ぐに、ぐに。
「もうちょっと!」
ぐにぐに。
ぐにぐにぐにぐに。
山のように積み上げられたスライムが、不気味に蠢き始める。
「はぁ……もういいかな!」
ぐにぐにぐにぐにぐに……。
ボンッ!
大量のスライムが一つにまとまり、大きな身体を形成した。
スライムキングが現れた!
「よし!」
ユカリは風の剣を肩に担ぐ。
「いけっ!」
剣を横一文字に振り抜いた。
「風の斬撃!」
ブアアアアッ!
凄まじい風の刃が一直線に走る。
ズバァッ!
巨大なスライムキングの身体が、横一文字に切り裂かれた。
ベチャアアアッ!
二つに分かれた身体が地面へ落ち、そのまま力を失っていく。
やがて残ったのはスライムの冠と、ユカリの頭ほどもある巨大な魔石だった。
「やった!」
ユカリが魔石を拾おうとした、その時。
「キャアアアアッ!」
悲鳴が聞こえた。
「ん?」
ユカリが振り返る。
少し離れた場所で、一人の女の子と、その母親らしき女性が岩飛竜に襲われていた。
グギャアアアア!!
岩飛竜が大きな口を開いて迫る。
「ママー!」
「リリザ!」
母親は娘を庇うように、その小さな身体を抱きしめた。
「風の竜巻!」
ブアアアアアッ!
ユカリの放った竜巻が岩飛竜を包み込む。
鋭い風の刃が岩飛竜の身体を切り裂いた。
ズドォン!
岩飛竜は地面へ落下し、そのまま動かなくなった。
「うっ……」
その直後だった。
母親が胸を押さえた。
「ママ!?」
「リリザ……」
「ママ!」
母親の身体がぐらりと傾く。
ドサッ。
地面に倒れた。
「ママ!」
女の子、リリザが必死に母親の身体を揺さぶる。
「ママ、起きて!」
「もうすぐ……もうすぐ聖者様の病院だよ!」
「だから、頑張って!」
「ママ!ママ!」
けれど、母親は動かない。
顔は青白く、生気がない。
「ママー!」
リリザが母親にしがみつき、泣きじゃくる。
その姿を見たユカリは、拳をぎゅっと握った。
そして、決意する。
「ユカリん家に来て!」
「え……?」
「お兄ちゃんなら、ママを治せる!」
「本当に……?」
「うん!」
ユカリは迷わなかった。
「転移魔法!」
足元に黒い魔法陣が展開される。
「そっち持って!」
ユカリは母親の足を持ち上げた。
「う、うん!」
リリザも母親の身体を支える。
二人で魔法陣の中へ入った。
◇◇◇
「お兄ちゃん!」
ドンドンドンドンドン!
「この人、病気なの! 治してぇ!」
勢いよく家のドアを叩く。
「どうしたの!?」
ワタルが慌ててドアを開けた。
そして。
「え……?」
ワタルの視線が、ユカリ達の間に横たわる女性へ向く。
「その人……」
「お兄ちゃん、この人病気!」
リリザが涙を浮かべながら訴える。
「あの……ママ、心臓が悪くて……」
「…………」
ワタルは女性の顔を見る。
青白い。
呼吸もない。
身体も冷たい。
「…………」
ワタルは、すぐに理解した。
この人はもう死んでる。
「残念だけど、この人は、もう……」
言葉が続かなかった。
ユカリとリリザが、期待に満ちた目でワタルを見つめている。
その目を見た瞬間。
ワタルの脳裏に、これまで届いた大量の手紙が浮かんだ。
『お願いします』
『娘を生き返らせてください』
『もう一度だけ、会いたいんです』
「…………」
今まで、ずっと逃げてきた。
知らぬ存ぜぬで通してきた。
でも目の前には、今にも泣き崩れそうな少女がいる。
「大丈夫」
ワタルは、静かに笑った。
「すぐ良くなるよ」
「本当ですか!?」
リリザの顔がぱっと明るくなる。
「うん」
ワタルは両手を組んだ。
そして、静かに祈る。
「…………」
バアアアアアッ!
眩い緑色の光が、女性の身体を包み込んだ。
光はどんどん強くなっていく。
ユカリも、リリザも、ただ黙って見つめている。
やがて。
ふっ。
光が消えた。
「…………」
しばらく、誰も動かなかった。
「ママ……?」
リリザが恐る恐る母親の肩を揺する。
「ママ?」
「…………う」
女性の指が動いた。
「……り」
「え?」
「リリザ……?」
「ママ!」
リリザが母親に抱きつく。
「ママ!」
「リリザ……?」
母親は娘を抱きしめ返す。
「ママ、苦しくない!?」
「ええ……」
母親は自分の胸に手を当てる。
「大丈夫よ」
そして、驚いたように微笑んだ。
「苦しくない……」
「本当!?」
「ええ。なんだか……すごく身体が軽いわ」
「ママぁ!」
「リリザ……!」
二人は抱き合いながら泣いた。
その姿を見て、ユカリも嬉しそうに笑う。
「良かったね」
「うん!」
リリザが涙を拭いながらワタルを見る。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「…………」
ワタルは何も答えられなかった。
母親も立ち上がると、ワタルの手を両手で包み込んだ。
「ありがとうございます……!」
「あなたのおかげで、娘とまた一緒にいられます!」
「聖者様……本当に、ありがとうございます!」
「…………」
ワタルは黙ったまま、その女性を見つめていた。
胸の奥が、ズキリと痛む。
自分が何をしたのか。
それを、もう誤魔化すことはできなかった。
死者蘇生。
僕はまた使ってしまった。
しかも今回は、ユーレイカ王国の王子ではない。
誰にも知られていない、普通の母親だった。
「…………」
ワタルは、笑おうとした。
けれど、どうしても笑えなかった。




