86話 女神アローナの怒り
『臨時ニュースをお伝えします。
ライトアル聖教国のバルゴ猊下が、女神アローナから神託を受けたとの発表を行いました。
「聖者ワタル様を聖教国にて保護し、アザルディアの未来に有益となる人物の蘇生を行うこと」という神託を受けたとのことです』
『そんな神託してない!』
「ですよねー……」
思わず出たアローナさんの言葉に、僕はどっと疲れた。
『いっそのこと……』
「ん?」
『…………』
アローナさんが何やらブツブツ呟いている。
何か、とんでもないことを考えている気がする。
「アローナさん?」
『何でもないわ』
「…………」
絶対、何かある。
◇◇◇
それから数日。
先日の聖教国の発表によって、世界中で大騒ぎになっていた。
「聖者ワタル様を我が国へ!」
「アザルディアの未来のために、聖者を保護すべきだ!」
各国で、僕を自国へ迎え入れようとするデモまで起きているらしい。
それだけならまだいい。
問題は。
「ワタル様はどこだ!」
「聖者様を探せ!」
「捕まえれば死者を蘇らせてもらえる!」
僕を誘拐しようとする不審者まで、黒の街をうろつき始めた。
アレス公国内でも、僕を教会へ呼ぶよう求めるデモが起きているらしい。
「…………」
僕のせいで、世界中を混乱に巻き込んでしまった。
僕がアレクセイ王子を蘇らせなければ。
そんな後悔が、何度も頭をよぎる。
でも、あの時は。
面倒だから、普通の生活に戻りたかったから生き返らせた。
ただ、それだけだった。
まさか、こんなことになるなんて思わなかった。
◇◇◇
そんなある日の朝。
『臨時ニュースをお伝えします。
ライトアル聖教国のアローナ大教会が、突然発生した轟雷によって崩壊しました。
この影響で、バルゴ猊下が負傷。
聖教国では、今回の出来事が女神アローナの怒りによるものではないかとの噂が広がっています。
また、世界各地で起きていた聖者ワタル様を巡るデモ活動についても、今回の騒動を受け、収束する見込みです』
「…………」
僕はテレビの画面を見つめた。
しばらくして、隣から声がする。
『…………』
「アローナさん?」
『……何?』
「もしかして、やった?」
『…………』
沈黙。
「アローナさん?」
『ちょっとだけ』
「ちょっとだけって……」
僕は画面をもう一度見る。
大きな教会が、見事に崩壊している。
「これが、ちょっとだけ?」
『だって、私の名前を勝手に使ったのよ!?』
「まあ……」
『しかもワタルを勝手に聖教国へ連れて行こうとして!』
「それは確かに怒っていいと思うけど……」
『だから、ちょっと雷を落としただけ』
「…………」
女神の「ちょっと」は、信用しない方がいいらしい。
「女神アローナは相当頭に来てたらしいな」
シオンが目玉焼きトーストをかじりながら言った。
「これで黒の街の不審者もいなくなるだろ」
「そうだといいけど……」
僕はテレビを見ながら呟く。
「学校行ってくるぜ」
シオンがテーブルから立ち上がる。
「ユカリ、行くぞ」
「うん!」
ユカリは牛乳を一気に飲み干すと、慌てて立ち上がった。
「学校行ってくるぜ!」
「行ってらっしゃい」
二人が玄関へ向かう。
「いってきまーす!」
バタン。
二人を見送ると、今度はハルさんが立ち上がった。
「僕もサミュエルさんと話がありますので、もう出ますね」
「はい、ハルさん」
ハルさんはシンクへカップを置く。
「では、行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
バタン。
家の中が静かになった。
僕は一人、リビングを見回す。
「…………」
ようやく、いつもの日常に戻れそうだ。
そう思いながら、僕は腕まくりをした。
「よし。掃除しよう」
まずは洗い物。
それから洗濯。
掃除機をかけて、床を拭いて……。
いつも通りの家事を始める。
外では、まだ世界中が大騒ぎしている。
でも、この家の中だけはいつも通り。
僕はそんな日常が、少しだけ嬉しかった。




