85話 アレクセイ王子
その後は特に何事もなく、王女が再び現れることもなかった。
そんなある日のこと。
ドンドンドンドン!
「開けろ、この野郎!」
「お前のせいで、この俺が新兵に降格したんだぞ!」
「責任を取りやがれ!」
ドアホンで確認すると、そこにいたのは、この間のユーレイカ王国の兵士だった。
どうやら、かなり酔っ払っているらしい。
「王女様の話を聞かずに追い出すとは、生意気な!」
「王女様は死者蘇生を頼みに来たんじゃ――うんん……」
「ただ、王子の生死を確認してほしかっただけなんだぞ!」
「アレクセイ王子は、確かに去年亡くなられた!」
「ところが先月、突然、我々の前に姿を現したんだ!」
「そして女王を指差して、『俺は母上に殺された!』などと訴えた!」
「墓を暴いてみれば、確かに王子の遺体は無かった!」
「国内は女王派と王子派に分裂した!」
「王子は女王に反乱を起こし、今も国内では戦争が続いている!」
「アレス公国を襲ったのも女王だ!」
「女王が聖者を欲しがったのは、あの王子が本物かどうかを確かめるためだったんだ!」
「王女様は悪くないんだあああ!!」
バタン。
「ぐがああ……」
言いたいことを全部吐き出した兵士は、その場で眠ってしまった。
「…………」
つまり。
死んだはずのアレクセイ王子が突然現れ、自分は母親である女王に殺されたのだと訴えた。
墓を調べてみると王子の遺体は消えていた。
そして王子は女王に対して反乱を起こし、今もユーレイカ王国内では戦争が続いている。
だから女王は、僕達が持つ神器の力を使って、目の前に現れたアレクセイ王子が本物なのか偽物なのかを確かめようとした。
そういうことだったのか。
もし本物の王子が別に存在するなら、目の前に現れた王子は偽物。
そして、偽物だと分かれば、ユーレイカ王国が僕達に関わってくる理由もなくなる。
「……だったら」
やることは一つだ。
僕はバッグから《遠見の鏡》を取り出した。
「本物のアレクセイ王子を見せて」
鏡面がゆっくりと歪んでいく。
そして映し出されたのは。
どこかの雪山。
その雪山にある巨大な岩の割れ目。
その底に、骨が散らばっていた。
「…………」
僕はしばらく鏡を見つめた。
「本物のアレクセイ王子は……死んでいるんだ」
これなら話は早い。
僕は外に出ると、眠っている兵士に両手を向けた。
パアアアア……。
淡い光が兵士の身体を包み込む。
「ん……?」
兵士がゆっくりと上体を起こした。
「俺は……何をやってたんだ?」
「ちょっと、この鏡を見て」
僕は《遠見の鏡》を兵士に近づけた。
「うおおおお!?」
次の瞬間。
兵士の身体が鏡の中へ吸い込まれていった。
『うわっ!骨!?』
鏡の中に映し出されていたのは、雪山の割れ目に散らばる骨。
僕は続いて《転移魔法シール》を取り出した。
「女王さんのところに転移!」
ペタッ。
ドサッ!
『うわあああ!!』
ガラララシャン!
玉座に座っていた女王の目の前に、突然、骨が落ちてきた。
『な、何だ、そなたは!?』
『じょ、女王!』
兵士の声が響く。
そして、僕は鏡の中に映る骨へ向かって両手を組んだ。
「本物のアレクセイ王子……」
「戻ってきて、ユーレイカ王国を救って!」
バアアアアアッ!
眩い緑色の光が、骨を包み込む。
カタカタカタ……。
散らばっていた骨が宙へ浮かび上がり、まるで見えない力に引き寄せられるように、一箇所へ集まっていく。
骨が組み上がる。
その上に筋肉が生まれ、皮膚が形成されていく。
やがて、光が消えた。
そこに、一人の青年が横たわっていた。
『さ、寒い……!』
アレクセイ王子は寒さに震えながら飛び起きた。
『な、何だ!?ここは!?』
『あ、アレクセイ……?』
『…………』
王子は自分の身体を見回し、困惑した表情を浮かべている。
『俺は……死んだはずじゃ……』
寒さに耐えきれず、身体を擦り始める。
『さ、寒い!何か着るものはないのか!?』
「あっ」
そういえば、何も着ていない。
僕は慌ててアプリ《おもちゃ箱》を開き、オトナ用の冬服一式を購入した。
そして、それを鏡の中へ押し込む。
『わっ!?何だ!?』
空から突然、服が落ちてきた。
『な、何だこれは!?』
『服……?』
王子は慌てて服を拾い上げる。
そして、兵士の姿を見た。
『……ルッツ?』
『お、お、王子……?』
『お前、ルッツか!?』
『王子が……生き返った……』
ルッツと呼ばれた兵士は、目を見開いたまま、その場に膝をついた。
僕はその様子を眺めながら、もう一度《遠見の鏡》へ視線を向ける。
「じゃあ次は」
「偽物のアレクセイ王子を見せて」
鏡面が再び歪んだ。
映し出されたのは、どこかのテントの中だった。
そこには一人の男がいた。
周囲には大勢の兵士がいて、その男をまるで本物の王様であるかのように扱っている。
男は酒を飲みながら、楽しそうに笑っていた。
「……これが偽物の王子」
僕はバッグから《暴きのシール》を取り出した。
「これを使えば……」
鏡の中へ手を伸ばし、偽物の王子の頭の上にシールを貼り付ける。
ペタッ。
ボンッ!
一瞬、煙が立ち込める。
そして煙が晴れると。
そこにいたのは、先ほどまでの王子とは似ても似つかない、痩せた中年の男だった。
『なっ!?』
『だ、誰だ、こいつは!?』
『お前は……!』
周囲の兵士達が一斉に騒ぎ始める。
偽物の男も、自分の顔を触りながら混乱している。
『な、何だ!?』
『俺の顔が……!』
僕は鏡を見ながら、小さく頷いた。
「これで、なんとかなるでしょう」
本物のアレクセイ王子は生き返った。
偽物の正体も暴いた。
これなら、ユーレイカ王国の問題も解決するはずだ。
僕は《遠見の鏡》をバッグへしまった。




