84話 キリエ王女
巨大な魔法陣から、羽の生えた白馬に乗った騎士たちが大勢降りてきた。
その数は、数十人どころではない。
「ユカリさん。島の結界に転移魔法を展開して、くっつけられますか?」
「んーー。結界の上に転移魔法を作ればいいの?」
「そうですね。海底神殿ダンジョンにでも送ってあげなさい」
「りょーかい!」
ユカリは軽く頷くと、両手を前に突き出した。
「転移魔法、てん!かい!」
パァァァ……!
虹色の結界の上に、黒く小さな転移魔法陣がいくつも浮かび上がった。
「え?」
騎士の一人が声を上げた。
次の瞬間。
シュンッ!
騎士の身体が、触れてもいない転移魔法陣へと吸い込まれるように消えた。
「なっ!」
シュンッ!
「うわあああっ!」
シュンッ!
「待!」
シュンッ!
次々と騎士たちが消えていく。
抵抗する暇すらない。
ほんの数秒後には、島の上空にいた騎士たちは一人残らず姿を消していた。
そして、役目を終えた転移魔法陣も、何事もなかったかのように消滅する。
「……あ、そうだ」
シオンはふと思い出した。
「ユカリ。沈めた艦隊の人たちも、全員海底神殿ダンジョンへ送ってやれ」
「わかったー!」
ユカリが再び両手を上げる。
「んーー!!」
「やあ!」
パァァァ……!
またしても黒い転移魔法陣が、海上のあちこちに展開された。
そして。
「送ったよ」
ユカリは何でもないことのように言った。
「……」
僕は言葉を失った。
何でもないようにやっているけど、とんでもない魔力量だ。
これだけの人数を、ほぼ同時に転移させたのだ。
「……すごいな」
思わず呟いてしまった。
◇◇◇
あれ以来、ユーレイカ王国からの接触はなかった。
死者蘇生を望む人々が押しかけてくることもない。
あれはいったい、何だったんだろう。
そんなことを考えながら、いつものように過ごしていた。
コン、コン、コン、コン。
「誰だろ?」
ドアホンの画面を確認する。
「……」
そこに映っていたのは、見覚えのある姿だった。
明らかにユーレイカ王国の騎士たち。
そして、その中央には。
黄色いドレスを身にまとった、白髪の少女が立っていた。
いや。
少女というには、その立ち姿には気品がある。
王族なのだろう。
コン、コン、コン、コン。
再びドアが叩かれる。
「はぁ……」
僕は小さくため息をついた。
そして、ドアホンを使って声をかける。
「はい。ご用件は何ですか?」
『まぁ!どこからか声が聞こえるわ!』
お姫様が驚いた声を上げた。
「失礼しました」
少し間を置いて、凛とした声が返ってくる。
『私はユーレイカ王国第一王女、キリエと申します』
『今日は先日の凶行について謝罪を』
そこで一度、言葉が途切れた。
『そして……お願いがあって参りました』
やっぱりか。
「死者蘇生のことでしたら、ごめんなさい」
僕はできるだけ感情を出さずに答えた。
「僕にはできません」
『姫の頼みを!』
突然、後ろから男の声が聞こえた。
『やめなさいと言ったでしょう!』
「!?」
姫が怒鳴りつける。
『だとしても、いつまで立ち話をさせるつもりだ!さっさと中に入れないか!』
「……」
僕は眉をひそめた。
「中に入って、何をするつもりですか?」
返事はない。
「それに、アレス公国の許可は取っているんですか?」
「あなたたちがここへ来るなんて、僕は聞いていません」
『このっ……!』
男が何か言おうとした。
しかし。
『やめなさい!』
キリエ王女が鋭い声を上げた。
『いい加減にしてちょうだい!』
『ルッツ!あなたはもう帰りなさい!』
『しかし、姫!』
『私は謝罪しに来たのであって、戦いに来たのではありません!』
『それが理解できないというのなら、今すぐ国へ帰りなさい!』
『姫、私は!』
『この者を連れて行きなさい!』
『姫、お待ちください!』
『姫ー!』
あの騎士の声が遠ざかっていく。
「……はぁ」
ようやく静かになった。
しばらくすると、ドアの向こうからキリエ王女の声が聞こえた。
『本当に……失礼しました』
「……」
『どうか、お話を聞いていただけませんか?』
僕は少し迷った。
でも、僕一人で決めていい話ではない。
「すみません」
僕は静かに答えた。
「僕一人では対応できません」
『……』
「謝罪も、お願いも、アレス公国のサミュエル王にしてください」
『………』
長い沈黙。
やがて。
『……わかりました』
キリエ王女の声は、先ほどまでよりもずっと小さかった。
『ご迷惑をおかけして……本当に、申し訳ございませんでした』
深く頭を下げたのだろう。
その声から、それが伝わってくる。
そしてキリエ王女は、騎士たちを連れて帰っていった。
「……はぁ」
僕は大きく息を吐いた。
正直なところ。
もう、来ないでほしい。
それが今の僕の、素直な気持ちだった。




