81話 エーミール
「ご心配をおかけしました」
ハルさんが帰ってきた。
けれど、顔色はまだ悪い。
どう見ても、完全に回復したようには見えない。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。少し寝不足が続いただけですから」
そう言いながら、ハルさんはコーヒーを一口飲んだ。
「神の神器のことは、サミュエルから聞きました」
「貴方達が提供した魔道具を使い、無事に卵を取り出すことに成功したそうです」
「そして、封印された卵は竜王国で管理されることが決まりました」
「じゃあ……世界滅亡はなくなったんですか?」
僕がずっと不安に思っていたことを尋ねる。
「封印が解けない限りは、そうですね」
「はぁ……」
思わず安堵のため息が漏れた。
これで世界が滅亡するような事態は避けられた。
……そう思った。
「いっそのこと、ヴァル様が捨てたものリストでもあれば楽なんですがね」
ハルさんが、ぽつりと呟く。
「馬鹿! フラグ立てんな!」
シオンが叫んだ。
「本当にリストが現れたらどうすんだ!」
「た、確かに……!」
ハルさんが慌てて口を押さえる。
「失礼しました。今のは完全な失言でした!」
「………」
もう、遅い気がする。
◇◇◇
幸い。
『ヴァルが捨てたものリスト』が現れることもなかった。
世界が滅亡することもなかった。
……しかし。
災いというものは、向こうからやってくるらしい。
ドズウウンッ!!
「何!?」
「何が起きた?!」
朝方。
家が揺れるほどの衝撃に、僕は飛び起きた。
「地震!?」
急いで窓へ駆け寄り、カーテンを勢いよく開ける。
「…………」
窓の外を見た僕は、思わず固まった。
青いドラゴン。
しかも、ぬいぐるみほどの大きさしかない。
小さな翼を高速でバタバタと動かしながら、こちらへ飛んできている。
「…………え?」
その後ろには。
崖の高さを軽く超えるほど巨大な卵。
「…………」
僕は、そっとカーテンを閉めた。
◇◇◇
「お父様達が『これ、どうしよう』って、すっごく困っててさ」
「噂の『黒の人形使い』なら何とかしてくれるかなぁと思って、持って来た!」
目の前にいるのは、竜王国第一王子のエーミールくん。
年齢はユカリと同じくらいの五歳。
今は擬人化して、人間の姿になっている。
そのエーミールくんは、ユカリとマリサさんと一緒にソファーへ座り、楽しそうに絵本を読んでいた。
……その後ろには、あの巨大な卵がある。
「どうするよ、あれ……」
シオンが腕を組みながら、巨大な卵を見上げる。
「竜王様からも相談されましたよ」
ハルさんが頭を抱えながら言った。
「卵の大きさと、封印の脆さについてです」
「封印が通常のものと比べて規格外に強力なのは認めてもらいました」
「ですが」
ハルさんが卵を見る。
「卵が生命エネルギーを吸い込む力の方が、封印の力を上回っていたそうです」
「……つまり?」
「いつ封印を破って孵化するのか分からない」
「しかも、孵化すれば世界滅亡の危機」
「竜王様は、気が気ではないと泣きついてきました」
「………」
僕達は巨大な卵を見つめた。
本当に……どうするんだ、これ。
「困らないドラゴンに変えちゃえばいいよ!」
突然、ユカリが叫んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
全員の視線が、ソファーで絵本を読んでいるユカリ達へ集まる。
「何の話をしているの?」
僕はユカリに尋ねた。
「エーミールくんがね」
ユカリは絵本から顔を上げる。
「卵が大きいから邪魔だし、生まれたら世界が滅亡するって言うから」
「困らないドラゴンに変えちゃえばいいよって言ったの!」
「困らないドラゴン……ですか」
ハルさんが呟く。
「小さくて、生命エネルギーを与える竜がいいな!」
エーミールくんが元気よく言った。
「俺様の国は枯れた土地が多いからな!」
「ここみたいに、緑がいっぱい欲しいぞ!」
「なるほど……」
ハルさんが考え込む。
「小さくて、生命エネルギーを吸うのではなく、逆に与える竜……」
「そんな竜に変えられるの?」
エーミールくんが期待に満ちた目でハルさんを見る。
「それは、まだ分かりません」
「ですが」
ハルさんが立ち上がった。
「一度、竜王様ともう一度話をしてみましょう」
「ロイド、手伝ってください」
「はい、ハル様」
ロイドさんも立ち上がる。
「それでは、行ってまいります」
「いってらっしゃーい!」
ユカリが手を振る。
「うむ! よろしく頼むぞ!」
エーミールくんも手を振った。
ハルさんとロイドさんは、転移魔法の準備を始めた。
そして。
二人は再び、竜王国へ向かって転移していった。
「………」
残された僕達は、巨大な卵を見上げる。
「本当に……あの卵をドラゴンに変えられるのかな」
「知らねぇよ」
シオンがジュースを飲みながら答える。
「でもまあ……」
僕は、ソファーでエーミールくんと楽しそうに絵本を読んでいるユカリを見る。
「何とかなるかもしれないね」
その時。
巨大な卵が、ほんの僅かに揺れた。
「…………」
僕達は、一斉に卵を見る。
「今……動かなかった?」
「…………動いたな」
シオンが答える。
「まさか……もう孵化が始まったんじゃ……」
「いや、それは困るぞ!」
シオンが慌てて立ち上がった。
そして僕達は、巨大な卵を見つめたまま固まった。
世界滅亡まで、残された時間は少ない。




