80話 ヴァルの掃除機
ユカリ達を学校へ送り出し、皿洗いや洗濯も終わった。
「ふぅ……」
ようやく一息つける。
僕は、ユカリが窓から投げ捨てた眠りの魔法を丸めて、バッグの中へしまった。
「これ、何かに使えるかな……」
そんなことを考えながらソファーに座り、本を開こうとして。
手を止めた。
「………」
貸出期限を確認する。
今日までだった。
「返しに行かないと」
せっかく図書館まで行くのだから、ついでに別の本も借りてこよう。
僕は本をバッグに入れると、図書館へ向かった。
◇◇◇
図書館は、今日も大勢の利用者で賑わっていた。
子供から大人まで、たくさんの人が本を探している。
僕はファンタジー物語が好きだ。
剣に魔法。
そして、ドラゴンとの対決!
心が躍るよね。
そんなことを考えながら本棚を眺めていると。
一冊の本が目に入った。
『ヴァルと掃除機』
「………」
僕は無言で、その前を通り過ぎる。
……なんとなく、嫌な予感がする。
ビカアアアッ!!
「キャア!何!?」
突然、本が強烈な光を放った。
図書館中に光が広がり、近くにいた子供が驚いて悲鳴を上げる。
「はぁ……」
僕は仕方なく、その本を手に取った。
すると。
ピタッ。
さっきまでの光が、嘘のように収まった。
「………」
やっぱり、この本……。
何かある。
◇◇◇
「ハルさーん」
家に戻ってから、部屋を探す。
「ハルさーん?」
研究所にも行ってみた。
けれど、ハルさんの姿はどこにもない。
シオンとユカリは学校だし……。
「………読んでみようかな」
僕は『ヴァルと掃除機』をテーブルの上に置き、ゆっくりと表紙を開いた。
そこに書かれていたのは。
『昔々の大昔。
神の子ヴァルは、終焉のヴァルグレイアが放つ瘴気に困り果てていた神を助けるため、瘴気を吸い取る掃除機を作ろうとしました。
しかし、完成したのは。
アザルディアの生命エネルギーを吸い取る、竜の卵でした。
「こんなのいらない」
神の子ヴァルは、卵をゴミ箱に捨てるつもりで放り投げました。
ところが卵は、アザルディアの霊峰・黒獄と呼ばれる火山へ落ちてしまいました。
それから数千年。
卵は自らを孵化させるため、少しずつアザルディアの生命エネルギーを吸い取り続けました。
そして今。
孵化まで、残り二ヶ月を切りました。
卵は最終段階へと入りました。
まず手始めに、この三日間で竜王国の植物や土地が枯れ始めるでしょう。
やがて食料を求めた魔物や動物たちが人里へ降り、竜王国は滅亡の危機に直面します。
そして二ヶ月をかけて、アザルディア全体の生命エネルギーを吸い尽くすでしょう。
すべての生命が失われたアザルディアは、死の世界となります。
果たして人類は、世界滅亡の危機を救うことができるのでしょうか?』
「………」
僕はしばらく、本を閉じることができなかった。
「ふーーー……」
長いため息が漏れる。
ハルさんは……。
いつも、こんな気持ちだったのか。
世界の危機を知ってしまって。
それを、自分だけで抱えていた。
「………」
今なら、少しだけハルさんの気持ちが分かる気がする。
◇◇◇
僕はすぐにハルさんへメッセージを送った。
しかし返信はない。
いつもなら、すぐに返事が来るのに。
「………」
嫌な予感がする。
その日の夜。
家に帰ってきたのは、ハルさんではなかった。
「サミュエルさん?」
玄関に立っていたのは、サミュエルさんだった。
「ワタル、シオン。少し落ち着いて聞いてくれ」
サミュエルさんの表情は真剣だった。
「ハルが倒れてな」
「えっ、また!?」
「心配はいらない。ただの寝不足だそうだ」
「よかった……」
僕は胸を撫で下ろす。
「ただ、しばらく休ませる必要がある」
そう言って、サミュエルさんは後ろにいた二人を紹介した。
「そこで、しばらくハルの代わりに、お前達の世話をしてくれる者達を連れて来た」
「バロックでハルの世話をしていた二人だ」
一人は、落ち着いた雰囲気の男性。
もう一人は、優しそうな女性だった。
「ロイドと申します」
男性が一歩前に出て頭を下げる。
「皆様のお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
続いて女性も一礼した。
「マリサです。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
僕も頭を下げる。
「よろしく」
シオンは相変わらずぶっきらぼうだ。
「ハル、病気?」
ユカリが心配そうに尋ねる。
「しぬ?」
「大丈夫ですよ、ユカリ様」
マリサさんが優しく微笑む。
「ハル様は少しお疲れになっただけです。しっかり休めば、すぐに元気になって戻ってきますよ」
「ほんと?」
「ええ、本当です」
「よかった!」
ユカリの表情が明るくなる。
「さあ、マリサにお部屋を案内してくださいませ」
「うん!いいよ!」
ユカリはマリサさんの手を取ると、嬉しそうに部屋へ向かっていった。
「こっちがユカリの部屋!」
「まあ、素敵なお部屋ですね」
そんな二人の声を聞きながら、僕は本棚へ向かった。
「ワタル、例の絵本を見せてくれ」
サミュエルさんが言った。
「はい」
僕は本棚から『ヴァルと掃除機』を取り出した。
◇◇◇
絵本を読み終えると、部屋の空気が一変した。
「これが本当なら……時間がないな」
サミュエルさんが険しい表情で呟く。
「早急に竜王国へ連絡し、対応せねばなりませんな」
ロイドさんも腕を組む。
「問題は、卵をどうするか……」
サミュエルさんが絵本を見つめる。
「せめて卵を火山から取り出すことができれば……」
「出来なくはないぜ」
突然、シオンが口を挟んだ。
ジュースを飲みながら、テーブルの上にいくつかの道具を並べる。
《遠見の鏡》
《転移魔法シール》
《封印シール》
「《遠見の鏡》で卵を探す」
シオンが一つずつ指差す。
「見つけたら、生命エネルギーを吸い取れないように《封印シール》で封印する」
そして最後に。
「《転移魔法シール》で、卵を安全な場所へ転移させる」
「なるほど……」
サミュエルさんが頷く。
「これなら、卵を直接火山から取り出せる」
「俺はやらねぇけどな」
シオンは面倒くさそうに言った。
「大丈夫だ」
サミュエルさんが立ち上がる。
「あとのことは私達がやろう」
「ロイド、三人を頼んだぞ」
「はい。お任せください」
サミュエルさんは道具を手に取り、城へ戻っていった。
「………」
僕は窓の外を見る。
今日までは、いつもと変わらない一日だった。
図書館へ行って。
本を読んで。
みんなとご飯を食べて。
明日も、きっと同じ一日が続くと思っていた。
けれど。
この絵本に書かれていることが本当なら。
三日後には竜王国で異変が起きる。
そして二ヶ月後には。
アザルディアそのものが死の世界になる。
「この世界は……どうなるんだろう」
僕は、誰もいない窓の外へ向かって呟いた。




