79話 栄養剤
「あーーー!!」
「ダンジョン行きたい!!」
朝から、ユカリが叫んでいる。
「昨日行ったばかりでしょ!」
「しばらくお休みだよ!」
「嫌ーーー!!」
ユカリが駄々をこねて、言うことを聞かない。
「今日は学校もあるんだから、わがまま言わないの!」
「嫌ーー!」
「うるせぇな!」
シオンが横から口を挟む。
「俺だってダンジョン行きたいけど我慢してんだぞ!」
「お前も我慢しろ!」
「嫌ーーー!!」
「まったく……」
僕はため息をつく。
「ほら、もう学校始まるよ。行ってらっしゃい!」
「んーーーー!!」
ユカリは不満そうに頬を膨らませながらも、学校へ行く準備を始めた。
◇◇◇
「はぁ……」
「やっと学校に行った……」
僕はどっと疲れてソファーに座り込んだ。
「朝から元気だなぁ……」
しばらく休んでいると、ふと気づいた。
「………」
「そういえば、ハルさんがいないな」
いつもなら朝食の時間には顔を出すのに。
「部屋で研究でもしているのかな」
僕は朝食用に用意していたサンドイッチとコーヒーを持って、ハルさんの部屋へ向かった。
「ハルさん?」
返事がない。
「入りますよ」
ドアを開ける。
「………え?」
部屋の中は、書類だらけだった。
床には大量の紙が散らばり、その真ん中でハルさんが横になっている。
「ハルさん!?」
僕は慌てて駆け寄った。
机の上には、実験器具らしきものと、見たこともない色の薬品がいくつも並んでいる。
「何を作ってたんだろう……」
そんなことを考えている場合じゃない。
「ハルさん、朝ですよ。起きてください」
肩に触れる。
「熱っ!」
体が異常に熱い。
額には大量の汗。
呼吸も浅い。
「ハルさん!?」
僕は慌てて回復魔法を使った。
淡い光がハルさんの体を包む。
しばらくすると。
熱が引いていく。
汗も収まり、浅かった呼吸も徐々に落ち着いてきた。
「よかった……」
僕は胸を撫で下ろす。
けれど、ハルさんは目を覚まさない。
「とりあえず、ベッドに寝かせよう」
僕はハルさんの体を引きずりながら、何とかベッドまで運んだ。
◇◇◇
「ハルが倒れた?」
シオンが剣を磨きながら尋ねる。
「病気か?」
「回復魔法をかけたから大丈夫だと思うけど……」
僕はユカリの晩ご飯を作りながら答える。
「まだ寝てるんだよね」
「まあ、最近何かと忙しかったからな」
「寝てりゃ、そのうち良くなるだろ」
「だよね……」
僕も頷く。
「心労がたたったのかな」
◇◇◇
三日後。
「ハルさん、全然起きないよ!」
僕は慌てていた。
「どうしよう!」
回復魔法をかけても、ハルさんは目を覚まさない。
「落ち着け」
シオンが僕を宥める。
「お前の力で、何か見えないか?」
「うーん……」
僕はハルさんをじっと見る。
「…………」
「何も見えない……」
「そうか」
シオンも困ったように腕を組む。
その時だった。
「紫色の煙が、ぐるぐるしてるよ」
「え?」
声のした方を見る。
「ユカリ?」
いつの間にか、ユカリが部屋のドアから顔を覗かせていた。
「何か見えるの?」
「んとね」
ユカリはハルさんを見つめる。
「眠りの魔法みたい」
「眠りの魔法?」
「うん」
「消せるか?」
シオンが尋ねる。
「出来るよ」
ユカリはハルさんの前へ歩いていく。
そして、小さな両手をハルさんへ向けた。
「眠いの、なくなれ!」
パアアアアッ!
ハルさんの体から、紫色の煙が渦を巻きながら飛び出してきた。
「うわっ!」
煙はユカリの手の中へ吸い寄せられる。
ユカリはそれを両手でぎゅっと丸めると。
「えいっ!」
窓を開けて、外へポイッと投げ捨てた。
紫色の煙は、風に乗ってどこかへ飛んでいった。
「………」
「………」
僕とシオンは呆然とその光景を見つめる。
「これで大丈夫!」
ユカリが胸を張った。
「…………本当に?」
◇◇◇
しばらくして。
「すみません」
ベッドの上で、ハルさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「栄養剤を作ろうとしていたのですが……」
「どうやら、睡眠剤を作ってしまったようです」
「睡眠剤……」
「体調不良も重なっていたため、効き目が非常に良かったようですね」
「良かったようですね、じゃないですよ!」
僕は思わず叫んだ。
「三日も起きなかったんですよ!」
「呪いにでもかかったのかと思ったよな」
シオンも呆れたように言う。
「ハル、病気治った?」
ユカリも心配そうに尋ねる。
「もう大丈夫ですよ」
ハルさんは苦笑する。
「二度と、このようなヘマはしません」
「本当ですよ!」
「はい……」
「それでは」
ハルさんが時計を見る。
「シオンさん、ユカリさん。今日も学校でしょう?」
「頑張ってくださいね」
「おう!行ってくるぜ!」
シオンが元気よく立ち上がる。
「行ってきます!」
ユカリも続く。
「ハル、また寝ないでね!」
「ええ。気をつけます」
「いってらっしゃい」
二人が家を出ていく。
静かになった部屋。
僕はハルさんを見る。
「……本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
ハルさんはコーヒーを一口飲んだ。
「今度こそ、ちゃんと栄養剤を作りますから」
「………」
僕は机の上に並んだ薬品を思いだす。
「その前に……」
「はい?」
「薬の名前、ちゃんと確認してくださいね」
「………はい」
ハルさんは、少しだけ気まずそうに頷いた。




