70話 え?怒られてる?
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。
「ここは……?」
見慣れない部屋だった。
「僕の部屋……?」
そう呟いた瞬間。
『やっと起きたね』
「え?」
どこからか、男の人の声が聞こえた。
『僕だよヴァル』
「ヴァルさん?」
その瞬間。
ザザザッ。
視界が乱れた。
◇◇◇
「まずいなぁ……」
鍛冶神ヴァルは、額に手を当てて困った顔をしていた。
「この子、時の迷宮に迷い込んでる」
目の前には、眠り続けるワタルの姿がある。
「このままじゃ、永遠に目覚めない」
「どうしよう……」
ヴァルは頭を抱えた。
◇◇◇
「……ん」
また、目を開ける。
「ここは……?」
「……どこ?」
ガシャンッ!
突然、ガラスが割れる音が響いた。
「うわっ!」
驚いて上体を起こす。
部屋の入り口には、シスター服を着た女の子が立っていた。
少女は僕を見ると、大きく目を見開く。
「……」
何も言わない。
ただ、驚いたような顔をして。
足早に部屋から出て行った。
「……何だったんだ?」
僕は辺りを見回す。
石造りの壁。
大きな窓から差し込む、暖かな日差し。
ベッドに、小さな机。
どこか懐かしいような部屋だった。
でも。
「やっぱり、ここは知らない場所だ」
ベッドから立ち上がろうとする。
「うっ……」
足元がふらついた。
慌てて壁に手をつく。
「……体が重い」
何度も同じような時間を繰り返している。
起きて。
知らない場所にいて。
また眠って。
そして、また同じように目を覚ます。
何度繰り返したのか、もう分からない。
「……疲れた」
僕はベッドに腰を下ろした。
その時だった。
ふと、部屋の隅に置かれた鏡が目に入った。
「……鏡?」
近づいてみる。
そこには、僕の姿が映っていた。
「……」
鏡の中の僕が、こちらを見ている。
当たり前のことのはずなのに。
なぜか、違和感があった。
すると。
『起きろ』
「……え?」
鏡の中の僕が口を動かした。
『夢から目覚めなさい』
「……!」
僕は一歩後ずさった。
「今……」
鏡の中の僕が、もう一度口を開く。
『目覚めなさい』
「夢……?」
僕は呟いた。
「これが……夢?」
鏡の表面が、波紋のように揺れ始める。
ぐにゃり。
映っていた僕の姿が歪む。
そして。
鏡に別の光景が映し出された。
「……!」
そこにいたのは、眠っている僕だった。
その横には、シオンがいる。
「ワタル!」
必死に僕を呼んでいる。
そして、その隣にはユカリ。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、僕を見つめている。
「ユカリ……」
「シオン……」
僕の胸が締めつけられた。
『僕だよ。ヴァル』
声が響く。
『君は今、夢の迷宮に迷い込んでいる』
「夢の……迷宮?」
『そう』
『何度も同じ時間を繰り返しているのは、そのため』
「じゃあ……」
「ここは本当の世界じゃない?」
『そう』
『夢』
『僕が作ったおもちゃ』
鏡の中の光景が揺れる。
眠り続ける僕。
その傍で、僕を呼び続けるシオン。
そして、じっと涙を堪えるユカリ。
『認識しないとダメ』
『これは夢だと』
「……」
『君自身が、夢だと認識しなければならない』
『そして』
少しだけ間が空く。
『いい加減、起きて!』
「え?」
思わず目を丸くする。
「怒ってる……?」
『怒ってない!』
「怒ってるじゃん……」
『君が何度起こしても起きないからでしょ!』
「……ごめんなさい」
『謝ってる暇があったら、さっさと起きて!』
鏡の中のジーンの声が大きくなる。
その瞬間。
目の前の景色が大きく歪んだ。
部屋が崩れていく。
壁が。
床が。
天井が。
全てが光の粒へと変わっていく。
「うわっ!」
僕は思わず目を閉じた。
『ワタル』
最後に、ジーンの声が聞こえた。
『君を待っている人たちがいるでしょ?』
「……!」
「ユカリ……」
「シオン……」
「ハルさん……」
僕は三人の名前を呟く。
そして。
「帰らなきゃ」
その瞬間、世界が真っ白になった。




