69話 時の指輪
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。
「ここは……?」
見慣れない部屋だった。
「僕の部屋……?」
そう呟いた瞬間。
『やっと起きたね』
「え?」
どこからか、男の人の声が聞こえた。
『僕は鍛冶神ヴァルだよ』
「ヴァルさん……?」
『そうだよ』
『君、あれから六十年も眠っていたんだよ』
「……六十年!?」
思わず飛び起きる。
「六十年って……!」
「でも、僕、どこも変わってないですよ!」
鏡を見る。
そこに映っているのは、眠る前と変わらない僕の姿だった。
『それは、こういうこともあろうかと思って、肉体時間を止める仕様にしたからね』
「肉体時間を……?」
『そういうこと』
『それより』
『どうだった?』
『僕が作ったダンジョンは』
「……」
僕は思わず黙り込んだ。
「ダンジョンって……」
「僕が倒れた、あの場所のことですか?」
『そう』
『君たちが楽しそうにダンジョンへ行っているのを見て、僕も作ってみようと思ったんだ』
『それで、どうだった?』
『楽しかった?』
『面白かった?』
ヴァルさんの声が妙に期待に満ちている。
「……あれは」
「ダンジョンじゃありません」
『え?』
「ただの無差別攻撃だと思います」
『む、無差別攻撃!?』
「何の前触れもなく、突然眠らせるなんて……」
「それ、罠じゃないですか」
『ダンジョンって、罠のことを言うんじゃないの?』
「誰がそんなこと言ったんですか!」
『え?違うの?』
「違います!」
「とにかく、元の時代に戻してください!」
『あ……』
ヴァルが何か言いかけた、その時だった。
ガチャ。
「……?」
ドアが開く。
そこに立っていたのは、十五歳くらいのシスター服を着た少女だった。
「誰?」
少女は僕を見るなり、目を大きく見開いた。
そして。
「お母さーん!」
「ワタルくん起きたー!」
「え?」
少女は慌てて部屋を飛び出していった。
「ちょ、ちょっと!」
「何を言ってるの!?」
すると、今度は四十代くらいの女性がドアを開けた。
「……」
女性は僕を見る。
「……本当に?」
「お母さーん!」
「ね?言ったでしょ!」
「マジで!?」
「俺も見せて!」
「父さんにも会わせてくれ!」
次々と人が部屋へ入ってくる。
見たことのない人ばかりだ。
「え……?」
「誰……?」
すると、最初に入ってきた少女が嬉しそうに名乗った。
「私はリリー!」
「ユカリおばあちゃんの三番目の孫だよ!」
「俺はシエル。二番目の孫!」
「俺はリオ。一番目の孫!」
「そして俺はレオン」
最後に、背の高い男性が名乗った。
「ユカリとシオンの一人息子だ」
「私はその嫁さ」
隣にいた女性が笑う。
「……」
僕は呆然とした。
「六十年経ってるっていうのは、本当だったんだ……」
「何を騒いでるんだ、お前ら」
低い声が聞こえる。
さらに二人の老人が部屋へ入ってきた。
「お兄ちゃんの部屋で、何騒いでんの?」
「……」
僕はその二人を見つめた。
「ユカリ……?」
そして、もう一人。
「……シオン?」
ユカリと思われるおばあさんは、僕の顔を見た瞬間、両手で顔を覆った。
そしてその場に崩れ落ちた。
「お兄ちゃん……」
「……」
「お前、いつまで寝てんだよ!」
シオンが怒鳴る。
昔と変わらない口調だった。
ただ。
姿だけは、すっかり変わっている。
背が高く、体格も逞しい。
白髪の混じった髪。
深く刻まれた皺。
「シオン……」
「……なんだよ」
「おじいちゃんになったね」
「馬鹿野郎!」
シオンが顔を真っ赤にする。
「六十年だぞ!」
「そりゃ、じいさんにもなるわ!」
僕はユカリを見る。
「ユカリも……」
「家族がいっぱいできたんだね」
「お兄ちゃん……」
ユカリの目から涙が溢れる。
「ハルさんは?」
僕が尋ねると、部屋の空気が少しだけ静かになった。
「ハルは……」
シオンが答える。
「十年前に死んだよ」
「……そうなんだ」
「六十年だもんね」
僕は小さく呟いた。
カラン。
何かが床に落ちた。
「……?」
拾い上げる。
「指輪?」
銀色の指輪だった。
すると。
『それは「時の指輪」』
「ヴァルさん?」
『ダイヤルを回せば、時間を進めたり、戻したりできる』
「時間を……戻せる?」
『そう』
『それを使って、なんとかしてね』
『迷惑を掛けちゃったお詫び』
『じゃあね!』
「ちょっと、ヴァルさん!」
返事はなかった。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
おばあちゃんになったユカリが、心配そうに僕を見る。
「ヴァルさんが、時戻しの指輪をくれたんだよ」
「やっぱり神々の仕業だったか!」
シオンが叫ぶ。
リリーが両手を組み、目を輝かせる。
「私は時の女神ジーン様派!」
「俺は戦神シャール様派だな」
「俺も、じいちゃんみたいに剣神になるんだ!」
背の高い青年、シエルが言った。
「僕は鍛冶神ヴァル様派だな」
リオも口を挟む。
「ハルじいちゃんが、よくヴァル様に迷惑を掛けられたって言ってたけど……」
「魔道具職人にとっては、やっぱり神様だからな」
「ふふっ」
家族の会話を聞いていると、不思議な気持ちになった。
僕が眠っている間にも、みんなは生きていた。
笑って、泣いて、家族を作って。
六十年という時間を歩いてきたのだ。
「はーい!」
その時、明るい声が響いた。
「スープができたよ!」
部屋に入ってきた女性が、湯気の立つスープをテーブルへ置く。
「ありがとうございます」
僕は椅子に座った。
「いいんだよ」
女性は優しく笑う。
「いっぱい食べて、元気になりな」
「はい」
スプーンですくって、一口。
温かい。
優しい味だった。
空っぽだった胃に、温かいスープがゆっくり染み込んでいく。
「……美味しい」
僕は久しぶりの食事を、ゆっくり味わった。




