7話 『おもちゃ箱』
「……はぁ」
「初めてだ」
「こんなに美味い飯を……腹いっぱい食ったのは」
言葉と同時に、涙があふれた。
止めようとしても止まらない。
左手で目を押さえ、肩を震わせる。
「……」
兄は何も言わず、静かに待っていてくれた。
やがて涙が落ち着いた頃、兄は穏やかに笑う。
「僕はワタル」
「こっちはユカリ」
「改めてよろしくね」
「……ああ」
それ以上、言葉は出なかった。
俺は声を上げて泣き続けた。
◇ ◇ ◇
「シオン・ジル様」
「冒険者登録が完了しました」
「こちらが冒険者カードになります」
受付嬢から受け取ったカードには、大きく『F』の文字が刻まれている。
「どうも」
周囲の冒険者たちがざわつき始めた。
「おい、あれ……ラプランじゃねえか」
「本当だ」
「火傷が消えてるぞ」
「でも白い髪はそのままだな」
『気にするな』
『もう気にしない』
俺はカードをしまうと、ワタルへ声を掛けた。
「おい」
「武器屋に行くぞ」
「武器屋?」
俺はワタルの腰に差した剣を指さした。
「そんな剣で魔物が倒せるか」
ワタルは少し困ったように笑う。
「これ?」
「『おもちゃ箱』っていうアプリで買った剣なんだ」
「火を吹くらしいよ。」
「ユカリの人形も、このアプリで買った物だから」
「たぶん普通の武器より強いと思う」
そう言って、黒い板を取り出した。
「これがスマホ」
画面を俺に向ける。
「……」
「いや」
「見せられても分からねぇ」
「でも、人形と同じ所で作られた物なら信用できる」
「よし」
「その店まで案内してくれ」
ワタルは首を横に振った。
「お店じゃないんだ」
「ここ」
画面を指差す。
「この『おもちゃ箱』っていうアプリの中で買うんだよ」
指で画面を滑らせる。
すると絵が次々と切り替わっていく。
「……っ!」
俺は思わず息を呑んだ。
「何だ、この板」
「絵が動いてる……」
その時だった。
周囲の視線に気付く。
気が付けば、多くの冒険者がスマホを囲んでいた。
「おい!」
「その板、見せてくれ!」
一人の冒険者が手を伸ばす。
「ワタル!」
俺は反射的にユカリを抱き上げ、ワタルの腕を掴んだ。
「逃げるぞ!」
三人でギルドを飛び出す。
人気のない路地まで走り続け、ようやく足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
俺はワタルへ振り返る。
「それ」
「人前で見せるな」
「絶対に」
真剣な声だった。
「珍しい物ほど奪われる」
「お前らの人形も」
「そのスマホも」
「命を懸けてでも欲しがる奴が出てくる」
ワタルは少し考え込み、静かに頷いた。
「……分かった」
それから俺は、スマホの使い方を教えてもらった。
思っていたより単純だ。
板を触るだけで商品を選べる。
「なるほど」
「こうか」
俺は『おもちゃ箱』を操作し、一振りの片手剣を購入する。
淡い光と共に、青白い剣が現れた。
《氷結の片手剣》
試しに近くの鉄パイプへ斬りつける。
パキッ。
切り口から白い霜が広がり、あっという間に鉄パイプ全体を氷で覆い尽くした。
「……」
俺は静かに剣を鞘へ納める。
「期待以上だな」
ワタルも感心したように剣を見つめている。
「よし」
「行くか」
「ダンジョン」
「うん」
ワタルが笑う。
「ダーンジョン!」
「ダーンジョン!」
ユカリは嬉しそうに飛び跳ねながら、二人の前を元気よく走っていった。
こうして三人は、初めてダンジョンへ向かうのだった。




