66話 エマ・サリエルさんの旅行記
夕食が終わると、ハルさんがテーブルの向かいに座り、僕たちを見渡した。
「皆さん、長い修行お疲れ様でした」
労いの言葉に、思わず背筋が伸びる。
「ですが、これで終わりではありません」
「皆さんが行った修行は、ほんの初歩の初歩です」
「まだ始まったばかり。むしろ、これからが本番ですよ」
「勉強を怠らないようにしましょう」
「はーい!」
ユカリが元気よく手を挙げる。
「はい」
「ん」
僕とシオンも頷いた。
「そして、いよいよダンジョンへの挑戦ですが」
「ダンジョン!」
ユカリの目が輝く。
「おっ、ついにか!」
シオンも嬉しそうだ。
「どこへ行くんですか?」
「バロックです」
「ハルの実家か」
「はい」
ハルさんは微笑んだ。
「実は兄のヨルから、新しいダンジョンが出現したと連絡がありました」
「調査も兼ねて挑戦してみないか、と」
そう言うと、少し意地悪そうに笑う。
「どうです? 挑んでみますか」
「やる!」
「研修の成果を見せてやるぜ!」
「やってみます」
三人の返事を聞いたハルさんは満足そうに頷いた。
「では、出発は明日です」
「今日は早く休みなさい」
加護のおかげもあるのだろう。
それに、何度もダンジョンへ潜ったことで、最初の頃のような恐怖はもうなかった。
◇◇◇
「さすがバロック。魔法の国ですね」
僕は一冊の本を開き、読み上げる。
「これは旅行家エマ・サリエルさんの旅行記です」
『国境を越えた瞬間、私はその光景に思わず息を呑んだ。
街中に立ち並ぶ建物は白い石造りで統一され、屋根や窓には青や紫の水晶石が埋め込まれている。
通りのあちこちには細く高い水晶塔がそびえ立ち、先端で輝く巨大な魔法石が街全体へ魔力を供給していた。
夜になると街灯の代わりに無数の光球が宙へ浮かび、幻想的な光で街を照らす。
道路には魔力で浮かぶ荷車が静かに行き交い、人々は生活魔法を当たり前のように使っていた。
街の中央には世界最大の魔法学院が建ち、その周囲には魔道具店や魔法書専門店が軒を連ねる。
剣と騎士を誇るフレナリア帝国とは対照的に、この国は魔法と知識によって栄えていた。
ここは世界最高峰の魔法国家、バロック魔術大国だった』
僕は本を閉じた。
「以上、エマ・サリエルさんの旅行記からの抜粋でした」
少し間を置いてから続ける。
「残念ながら、それは戦前のバロックの姿です」
「戦争で多くの魔法使いが命を落としました」
「今では魔法を使えるのは、王族や貴族、それに魔法学院で才能を認められた一握りの者だけです」
「国民のほとんどは魔法を使えません」
ハルさんは車を運転しながら静かに話した。
「魔術大国なのに、魔法を使えないのか」
後部座席のシオンが驚いたように呟く。
「ええ。全盛期に比べれば、魔法技術も大きく衰えました」
「ですが、白い石造りの街並みだけは今も変わらず、美しいですよ」
その時だった。
「皆さん、見えてきました」
ハルさんが前方を指差す。
窓の外を見ると、白い街並みが朝日に照らされて輝いていた。
遠くから見たバロックは、まるで一つの巨大な水晶のようだった。
一体どんな国なのだろう。
僕は胸を躍らせながら、その景色を見つめていた。




