56話 長男ヴァル
「ハルさん!」
僕は研究所の扉を勢いよく開けた。
「聞いてください!」
「その……これを見てください」
僕は持っていた絵本を差し出した。
ハルさんはそれを受け取り、表紙に目を落とす。
「……『終焉獣ヴァルグレイア』?」
「はい!」
「せんしんシャールさんが言っていた、世界の脅威です!」
「それで僕……」
「落ち着いてください」
ハルさんは静かに僕を制した。
「まずは最初から順番に話してください」
「何があったのですか?」
◇◇◇
僕が最初から最後まで説明し終える頃には、ハルさんは額に手を当て、深く頭を抱えていた。
机の上には、淡く白い光を放つ箱。
その隣には、禍々しい黒い結晶。
魔術師であるハルさんには、それがどれほど危険な代物なのか理解できるのだろう。
「つまり……」
ハルさんは慎重に言葉を選ぶ。
「あなたは世界を滅ぼす可能性がある魔獣を発見し」
「その魔力核を捕獲して浄化し」
「さらに本体まで聖獣化する準備を終えた」
「そういうことですか?」
「はい!」
「…………」
ハルさんは深く息を吸い込む。
そして、珍しく声を荒げた。
「危険すぎます!」
研究所に声が響く。
「もし途中で失敗していたら、どうするつもりだったのですか!」
「もしこの物語が真実だとしても!」
「相手は神々ですら倒せず、封印することしかできなかった存在なのですよ!」
「あなた一人で何とかできる相手ではありません!」
「もし何かあったら……どうするつもりだったのですか!」
「……!」
僕は言葉を失う。
「ご、ごめんなさい……」
「なんだか分からないけど……」
「あの時は、早く何とかしなきゃって思って……」
「行かなきゃって……」
「それで……」
その時だった。
『それ、僕』
「……!」
聞き覚えのない青年の声が研究所に響いた。
僕は思わず辺りを見回す。
『ワタルを動かしたのは僕だから』
『あんまり怒らないであげてほしいな』
ハルさんの眉がぴくりと動いた。
「失礼ですが……どちら様でしょうか」
『鍛冶神ヴァル』
『創造神アルの長男』
『アローナとシャールの兄だよ』
研究所の空気が一瞬で張り詰める。
ハルさんは静かに姿勢を正し、一礼した。
「ヴァル様。」
「今回の件には、あなたも関わっていたのですか?」
『うん。少しだけ』
「少しではありません」
ハルさんは即座に言い返した。
「今回の件は見過ごせません!」
『で、でも……』
「『でも』も『だって』もありません!」
『……はい』
ヴァルの声が小さくなる。
しばらく沈黙が流れた後、ハルさんは僕へ向き直った。
「ワタルさん」
「はい」
「今後、世界規模の問題を一人で解決しようとしないと約束してください」
「何かあれば、まず私たちに相談すること」
「……はい」
「そしてヴァル様」
「人を導くためとはいえ、本人の意思を誘導して危険な場所へ向かわせるような真似は、二度となさらないと約束してください」
『うーん……』
「約束してください」
『……善処する』
「善処では困るのですが……」
ハルさんはこめかみを押さえ、大きくため息をついた。
するとヴァルは、気まずそうに話題を変えた。
『その箱だけど』
『放っておけば二週間くらいで聖獣が生まれるよ』
『魔力に溢れた所じゃないと生きていけないから』
『ラファエルの黒薔薇城で育てさせればいいよ』
『アローナのおもちゃでいけるでしょ?』
『それと、ヴァルグレイアは僕の魔力で作ったんだ』
『だから、その黒い結晶は僕の魔力そのもの』
『返してもらうね』
黒い結晶はふわりと浮かび上がると、淡い光を放ちながら泡となって消えていった。
『お詫びに、これあげる』
カキーン。
ハルさんの足元に装飾が細かく綺麗な鍵が落ちる。
『ガンナー王国の女王がダンジョン攻略してさ』
『鍵を取ったけど、ラファエルを解放する気ないみたいだからさ』
『貰って来た』
『集めてるんでしょ?鍵』
『これで許して』
そう言い残すと、ヴァルの気配は完全に消えた。
研究所には再び静寂が戻る。
「ふーーーーーーー!」
ハルさんは天井を見上げ、長く深いため息をついた。
「神様というのは……」
「どうしてこうも説明不足なのでしょうか」
その一言に、僕は苦笑いすることしかできなかった。




