50話 おうよ?
ここ数日。
あの不穏な話が嘘のように、アレス公国は平和だった。
治療所は患者が絶えず、目が回るほど忙しい。
シオンの雑貨屋も連日大盛況。
ユカリの魔物図鑑も、荒野やダンジョンで調査を続け、少しずつページが埋まっていた。
ただ一つだけ気掛かりなのは。
「ハルさん、まだ帰って来ないね」
「サミュエルさんとの話し合いが長引いてるのかな」
朝食を食べながら、僕はぽつりと呟いた。
その時だった。
テレビからニュースが流れる。
『臨時ニュースをお伝えします』
『先日開催された世界十か国会議において、ラファエル・グランデスバル陛下の封印解除が正式に承認されました』
「ソーマくんのお父さん、解放されるんだ!」
僕は思わず声を上げる。
「世界のみんな、よく認めたね」
シオンはピザトーストを頬張りながら肩をすくめた。
「魔王より強い脅威が来るんだろ?」
「だったら世界を守るために、魔王の力も必要って判断したんじゃねぇか」
「それ、いつ来るの?」
ユカリが首を傾げる。
「さあな」
「戦神シャールも、日にちは言ってなかったしな」
「うん」
「『世界を守ってみせろ』って言っただけ」
僕はコーンスープを飲みながら考え込む。
世界が滅ぶほどの脅威。
一体、どんな相手なんだろう。
胸の奥に、小さな不安が残った。
◇◇◇
「次の方、どうぞ」
診察室の扉が開く。
入ってきたのは、エルフの患者だった。
患者さんは車椅子に乗り、付き添い人に押されている。
「失礼いたします」
男性は丁寧に一礼すると、患者を椅子へ座らせた。
僕は息をのむ。
患者は右腕、右足を失い、両目は白く濁っていた。
「どうしますか?」
「失った手足を治したい」
「それと、視力を取り戻したい」
落ち着いた声だった。
「分かりました」
僕は頷く。
「せいちゃん、お願い」
せいちゃんは患者の左足に右手を添え、左手で胸元の首飾りを握る。
静かに祈りを捧げると、鮮やかな緑色の光が患者を包み込んだ。
光は失われた手足を形作り、やがて本物の手足へと変わっていく。
続いて白く濁っていた瞳にも光が宿る。
やがて光が消えると。
そこには、五体満足の姿で座る患者がいた。
「……見える」
患者はゆっくり目を開き、自分の足を見下ろす。
何度も足を動かし、握った手を見つめる。
「……元に戻った」
隣にいた男性は涙を流しながら、その姿を支えた。
「王よ……!」
感極まった声が漏れる。
患者は静かに微笑み、僕へ向かって一礼した。
「感謝する」
そう言って立ち上がるが、久しぶりに自分の足で歩くためか、少しふらつく。
男性に支えられながら、二人は診察室を後にした。
「……おうよ?」
僕は小さく首を傾げた。
廊下からは。
「王がお元気になられた!」
「奇跡だ!」
そんな声が聞こえてくる。
どうやら、すごい人だったらしい。
でも。
患者は患者。
誰だろうと患者の個人情報には触れないよ。
僕は次のカルテを手に取った。
◇◇◇
その日の夕方。
再びテレビからニュースが流れる。
『臨時ニュースをお伝えします』
『かつての大戦で重傷を負い、長年療養していたシスカビナ大森林の統治者、グエン・シスカビナ総長が、本日二百年ぶりに健康な姿を公の場で披露しました』
『失われていた部位も完全に回復し、視力も取り戻したとのことで、国内では歓喜の声が広がっています』
『奇跡の復活に、民衆は「森の王が帰ってきた」と涙ながらに祝福しています』
ニュース映像には、歓声を上げるエルフたちの姿が映し出されていた。
「……やっぱり、王様だったんだ」
僕は少し驚きながらも、小さく笑った。




