47話 退く勇気
「ぐっ!」
ガキィン!
木剣が弾き飛ばされ、地面を転がる。
「どうした!もう終わりか!」
「へばってねぇで、早く掛かって来い!」
「くそっ!」
シオンは王宮の訓練場で、兵士から剣術の指導を受けていた。
ワタルたちには「市場を見てくる」と伝えて別れたが、その後、護衛を務めていた兵士に頼み込み、剣の稽古をつけてもらっていたのだ。
相手は、国王の許可を得て指導役を務める黒豹の獣人、ロータス・ハーバー。
鋭い眼光と引き締まった体躯から、一目で歴戦の戦士だと分かる。
訓練場の周囲では、若い兵士たちが手を止めて見学していた。
「おい、あいつ『黒の人形使い』の一人らしいぞ」
「本当か?思ったより大したことねぇな」
「俺たちの方が強そうだ」
そんな声も耳に入る。
だが、シオンには気にしている余裕などなかった。
ロータスの攻撃は一切止まらない。
剣だけではない。
蹴り。
体当たり。
砂を蹴り上げて視界を奪う。
実戦さながらの容赦ない攻撃が続く。
(これが……本物の戦いか)
息は上がり、腕は鉛のように重い。
それでも。
(一本だけ……一本だけでも取る!)
「ああああっ!」
最後の力を振り絞り、地面を蹴る。
一気に懐へ飛び込む。
「甘い!」
ガキィィン!
木剣はあっさり弾き飛ばされた。
そのまま腹へ軽く打ち込まれる。
「がっ……」
視界が揺れる。
体から力が抜け、そのまま地面へ倒れ込んだ。
そこで意識は途切れた。
◇◇◇
目を開けると、王宮の客室だった。
「目が覚めたか」
聞き慣れた低い声。
「ロータスさん……」
ロータスは腕を組んだまま立っていた。
「根性は認める」
「剣の腕だけならCランク程度はあるだろう」
少しだけ表情が緩む。
「だが、体力の限界まで戦うとは馬鹿者だ」
「これがダンジョンだったら、お前は今頃魔物の餌になっていた」
シオンは黙って聞いていた。
「戦う勇気も必要だ」
「だが、退く勇気も同じくらい大切だ」
「潔く負けを認め、生きて帰る。それも冒険者の実力だ」
「……はい」
自然と頭が下がる。
「今日は休め」
ロータスは部屋を出ようとして足を止めた。
「明日は今日以上に厳しくする」
一瞬だけ笑みを浮かべる。
「覚悟しておけ」
「……はい!」
その背中を見送り、シオンは大きく息を吐いた。
◇◇◇
「彼の言う通りです」
静かな声が部屋に響く。
「!」
シオンは飛び起きた。
「ハル……」
ベッド脇の椅子には、いつの間にかハルが座っていた。
「お前、砂時計塔に行ったんじゃなかったのか?」
「行きましたよ」
ハルは時計を見せる。
「今、何時だと思います?」
シオンも時計を見る。
「……零時?」
「ええ。日付も変わっています」
「……」
「ワタルさんもユカリさんも心配していましたよ」
「『まさか、ここまで無茶をするとは思わなかった』と」
シオンは苦笑するしかなかった。
「ロータス氏も仰っていました」
「体力が尽きるまで戦うのは、勇気ではありません」
「……分かってるよ」
照れ隠しのように布団を頭まで被る。
「まったく」
ハルは小さくため息をついた。
「明日は元気な姿を見せてあげてください」
「それと」
少し表情を引き締める。
「国王陛下より正式な依頼がありました」
「私たち『黒の人形使い』が、古代神殿ダンジョンの調査を担当します」
布団の中から勢いよく顔を出す。
「マジか!」
「いよいよか!」
「喜ぶのは構いません」
ハルは淡々と言う。
「ですが、ダンジョンを遊び場のように考えている人を連れて行くつもりはありません」
その言葉に、シオンは真剣な表情になった。
「……悪かった」
「油断なんてしねぇ」
「本気で挑む」
ハルは静かに頷く。
「その言葉を信じます」
「では、おやすみなさい」
部屋を出ていくハルを見送りながら、シオンは拳を握り締めた。
(今度こそ……)
(俺も、アイテム拾いは卒業だ)
古代神殿ダンジョンへの挑戦は、もう目前まで迫っていた。




