37話 宗教
今日も朝から治療を求める人々が、治療所の前に長い列を作っていた。
「次の方、どうぞ」
診察室へ入ってきたのは、両目に大きな傷跡を残した若い男の人と、その付き添いの女の人だった。
番号札を確認し、僕は二人に椅子へ座ってもらう。
「この人は強盗に襲われ、両目を失いました。どうか女神アローナ様のお力で治していただけないでしょうか」
女性が頭を下げる。
「お願いします」
男性も震える手を差し出した。
『せいちゃん』はその手を優しく握る。
そして、祈りを捧げ始めた。
淡い光が男性の両目を包み込む。
しばらくすると、その光はゆっくり消えていった。
傷跡は跡形もなく消えている。
「終わりましたよ」
男性は恐る恐る目を開く。
「……見える」
「見える……!」
「ゼシカ!」
「イアン!」
二人は抱き合い、涙を流した。
「ありがとうございます!」
「本当にありがとうございます!」
何度も頭を下げながら、二人は嬉しそうに帰っていった。
「次の方、どうぞ」
今日も忙しい一日になりそうだ。
◇◇◇
日が沈み始めた夕方。
ようやく治療所の仕事が終わった。
「やーっと終わったな」
シオンが空になった薬箱や道具を片付ける。
「今日もよく売れたぜ!」
雑貨屋の方も大盛況だったらしい。
「せいちゃんもお疲れ様でした」
「ゆっくり休んでね」
せいちゃんは小さく頷くと、ユカリのリュックの中へ戻っていった。
「ユカリを部屋まで運ばないと」
「私がお手伝いします」
突然、声を掛けられた。
振り返ると、そこには白い服を着た年配の男性と、灰色の服を着た体格の良い男性、そして同じ灰色の服を着た少女が立っていた。
誰だろうか。
「え?」
灰色の服の男性が、眠っているユカリを抱き上げる。
「ちょっと! 待ってください!」
僕が止めようとすると、灰色の服の少女が前に出た。
「御使い様のお世話は、私にお任せください!」
「み、みつかい?」
「はい」
少女は真剣な表情で頷く。
「貴方方は女神アローナ様より神器を授かった選ばれし御方」
「女神様の御使い様でございます」
白い服の男性も一歩前へ出た。
「本日はここでお休みいただき、明日の朝、本教会のあるライトアル聖教国へご案内いたします」
「……」
頭が追いつかない。
今日はハルさんが城へ呼ばれていて、この場にはいない。
そんな時に……。
「待ってください!」
灰色の男性がユカリを抱えたまま、扉へ向かう。
ドアノブに手を伸ばした瞬間。
ふわり。
ユカリの身体が浮かんだ。
そして、扉が勝手に開く。
「え?」
一瞬の出来事だった。
僕は慌てて駆け込み、閉まる扉の隙間から中へ入り込む。
すぐに鍵を掛けた。
「シオン!」
「分かってる!」
いつの間にかシオンも部屋の中にいた。
シオンはユカリを肩に担ぎ上げる。
「まーくんを出せ!」
「開けてください、御使い様!」
ドンドンドン!
「御使い様!」
外から何度も扉を叩く音が響く。
僕は急いでリュックから『まーくん』を取り出した。
「まーくん、ごめん!」
「今すぐハルさんのところへ転移させて!」
まーくんは頷き、杖を振る。
その瞬間。
ドッ!
外から強烈な衝撃音。
「ギャアアア!」
「な、何故ですか女神アローナ様!!」
◇◇◇
ドササッ!
「ぐっ……」
「いてぇ……」
目を開けると、見覚えのある部屋だった。
でも、何かがおかしい。
視界が逆さまになっている。
どうやら、転移の勢いで床に転がったらしい。
「大丈夫ですか!」
ハルさんが慌てて駆け寄ってくる。
サミュエルさんの執務室だった。
ハルさんとサミュエルさんが、僕達を起こしてくれる。
「何があったんですか?」
ハルさんが心配そうに聞く。
「ライトアル聖教会の奴らが、俺達を攫いに来たんだよ」
シオンが服についた埃を払いながら答える。
「何ですって……!」
ハルさんの表情が険しくなる。
「手紙を送ったその日に、誘拐まがいの行動を起こすとは……」
サミュエルさんも驚きを隠せない。
「一体、何を考えているのでしょう」
僕には何が起きているのか、まだ理解できなかった。
ただ一つ分かることは。
僕達は今、女神アローナを信仰する教会から狙われているということだった。




