33話 お母さん
「お母様?」
エミリアはそっと扉を開け、部屋の中を覗き込んだ。
正面に置かれた大きなベッドでは、一人の女性が医師の診察を受けている最中だった。
邪魔をしないように、エミリアはユカリと共に扉の近くで静かに待つ。
しばらくして、医師が診察を終えた。
「もう心配はありません」
「病の痕跡も、瘴気による影響も残っておりません」
「後は体力を戻すために栄養を取ることです。ただ……今の魔大国の状況では、それが一番難しいのですが」
医師は苦しそうに目を伏せる。
「ありがとうございます、先生」
王妃は深く頭を下げた。
「こうして再び誰かと話せるまで回復できたのは、先生のおかげです」
「とんでもございません」
医師は首を横に振る。
「突然、瘴気が消え、長く苦しんでいた病まで治るなど……私には到底説明できません」
「これはきっと、神のお力でしょう」
「それよりも、その奇跡を起こしてくださった方々へ、どうか感謝をお伝えください」
医師の言葉に、王妃は扉の前に立つ娘の存在に気づいた。
「……エミリア?」
「エミリア!」
王妃の瞳に涙が浮かぶ。
「エミリア……!」
両腕を広げ、娘の名前を呼ぶ。
「お母様!」
エミリアは涙を流しながら駆け寄った。
ベッドに乗り、母の胸へ飛び込む。
「お母様……!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ずっと会いたかったです……!」
二人は互いを抱きしめながら、涙を流し続けた。
しばらくして、エミリアは振り返る。
「お母様」
「この子を紹介します」
「私のお友達……ユカリさんです」
扉の前に立つ小さな少女へ視線を向ける。
「あなたが……」
王妃は優しく微笑んだ。
「『黒の人形使い』……そして、エミリアのお友達のユカリさんですね」
「……」
ユカリは少し俯き、抱えているぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう」
「エミリアと友達になってくれて」
「あなたのおかげで、私達はもう一度家族に会うことができました」
「どうか、こちらへ来てください」
ユカリはゆっくりと王妃の近くへ歩いていく。
「あなた方が私達を救ってくださると……どこかで信じていました」
「アレス公国が、魔王を」
「お母様」
エミリアが静かに遮る。
「ユカリさんはまだ小さいです」
「難しいお話をしたら、困らせてしまいます」
「あ……そうでしたね」
王妃は優しく笑った。
「ごめんなさい、ユカリさん」
そして。
王妃はゆっくりとユカリを抱きしめた。
「本当に……ありがとう」
「エミリアの大切なお友達になってくれて」
ユカリは驚いたように目を丸くする。
けれど、その温かさに少しずつ力が抜けていく。
今まで知らなかったもの。
優しく抱きしめてくれる温もり。
心配してくれる声。
ユカリは初めて、本当の「お母さん」のような存在を知った気がした。




