28話 先生!
午前の診療が終わり、お昼休憩を取っていた頃だった。
先ほどの兄妹が、もう一度僕たちを訪ねてきた。
「僕の話を聞いてください」
深くフードをかぶったまま、そう言うと黙り込んでしまう。
妹は不安そうに兄の袖を握っていた。
「どうぞ、入って」
僕が声をかけると、二人は顔を見合わせて、小さく頷いた。
テーブルに座ってもらい、オレンジジュースを出す。
見慣れない飲み物に最初は警戒していた二人だったが、ユカリが「おいしい!」と嬉しそうに飲む姿を見ると、おそるおそる口をつけた。
「……!」
目を丸くしたかと思うと、ごくごくと一気に飲み干してしまう。
「おかわりいる?」
「……はい」
少しだけ笑顔になった二人にジュースを注ぎ足し、僕たちも席についた。
兄妹はゆっくりとフードを外す。
そこには、人間とは違う二本の角があった。
「僕はグランデスバル魔大国第一王子、ソーマ・グランデスバルです」
「こちらは妹の、王女エミリアです」
「王族に縁があるな、俺たち」
いつの間にかユカリの隣へ座っていたシオンが苦笑する。
二階で魔道具の研究をしていたハルさんも、いつの間にか階段を降りてきていた。
ソーマは深く頭を下げる。
「お願いがあります。僕たちを……魔大国を助けてください」
「『黒の人形使い』の皆さんが魔王復活のために封印の鍵を集めているという噂を聞きました」
「もちろん、魔王を復活させてほしいわけではありません。封印された理由も理解しています」
「ですが今、魔大国は深刻な病に苦しんでいます」
「魔王が発する瘴気による病、そして度重なるスタンピード……国は限界です。」
「どうか先ほど見せていただいた浄化の力で、魔大国を救ってください!」
「いいですよ」
僕はすぐに答えた。
「え……?」
ソーマは目を見開く。
「本当に、いいんですか?」
「うん」
僕は窓の外を指差した。
そこではユカリとエミリアが楽しそうに追いかけっこをして遊んでいる。
「あの二人、もう友達だから」
「友達が困っていたら助けたいよね」
「な、シオン」
「ワタルがそう言うなら、俺は別に構わねぇよ」
ソーマは目に涙を浮かべた。
「ありがとうございます」
「ダメです」
静かな声が部屋に響いた。
全員の視線がハルさんへ向く。
ハルさんは一度目を閉じ、小さく息を吐いてから口を開いた。
「お気持ちは分かります」
「ですが、この場でお約束することはできません」
ソーマの表情が曇る。
「ど、どうしてですか……?」
「理由は三つあります」
ハルさんは一本目の指を立てた。
「第一に、ワタルさん達はまだ子どもです。危険な場所へ私の判断だけで連れて行くことはできません」
二本目。
「第二に、魔大国の現状を私は確認していません。本当に瘴気が原因なのか、それとも別の問題なのか、調査が必要です」
三本目。
「そして第三に」
ハルさんは真っ直ぐソーマを見つめる。
「私はサミュエル・アレス国王より、ワタルさん達の特別保護補佐官を任命されています」
「国外で大規模な活動を行う場合は、陛下への報告と各国との調整が必要です。」
「独断で国境を越えれば、救援ではなく軍事介入と受け取られる恐れがあります」
ソーマは唇を噛み締めた。
しかし、ハルさんは穏やかに続ける。
「ですが、見捨てるつもりはありません」
「すぐにサミュエル陛下へ報告します」
「調査隊を派遣し、原因を確認しましょう」
「浄化が必要だと判断されれば、私たちも必ず協力します」
「ただし、それはワタルさん達を安全に守れる準備が整ってからです」
ソーマはしばらく俯いていたが、やがて深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「希望を捨てずに済みます」
こうして、ソーマ兄妹は魔大国へ向かう準備が整うまで、僕たちと一緒に暮らすことになった。
◇◇◇
翌日から、ソーマはユカリの戦闘訓練を手伝うことになった。
魔大国へ向かえるのは、ハルさんの話では早くても2週間後。
「それまで何もしないのは落ち着かないんです。」
そう言って、ソーマ自ら訓練への参加を申し出たのだ。
荒野のギルド長に相談すると快く了承してくれ、週一日だった訓練はしばらく毎日行われることになった。
ソーマは主に新人冒険者の指導を担当した。
最初は「魔族」というだけで距離を置いていた冒険者たちも、丁寧で分かりやすい指導を受けるうちに態度が変わっていく。
「先生!もう一度お願いします!」
「そこはこうするといいですよ」
気が付けば誰もが「ソーマ先生」と呼ぶようになっていた。
本人は照れくさそうに笑っている。
一方ユカリはというと、戦闘訓練よりもエミリアと遊ぶ方が楽しいらしく、休憩時間になるたび二人で走り回っていた。
治療所には相変わらず魔族の患者が訪れる。
しかし、王子と王女が角を隠さず堂々と暮らしている姿を見て、多くの魔族が驚いていた。
人間たちもまだ少しぎこちない。
それでもあの事件以来、魔族だからという理由だけで暴力を振るう者はいなくなった。
僕は窓の外で笑い合うユカリとエミリア、そして新人冒険者たちに囲まれて教えるソーマを見ながら思った。
このまま人間と魔族が、少しずつでも仲良くなれたらいいな。と。




