17話 一人か大勢か
『黒の人形使い殿
サミュエル・アレス国王への面会を許す。
明日の午後、登城せよ。
アレス公国王室』
「……何か、すごい人から手紙が来たんだけど」
僕は豪華な封筒を眺めながら呟いた。
「今更かよ。無視しろよ」
シオンは興味なさそうに答える。
「ありがとうございました〜」
隣のスペースでは、今日も雑貨屋が営業中だった。
食料品、衣料品、医薬品、農具。
様々な商品を取り扱っている。
最初は小さな店だった。
けれど、海底神殿攻略の噂が広まるにつれて少しずつ客が増えていき、今では週五日営業でも忙しいほどになっていた。
もちろん、販売する商品や数は荒野のギルド長に許可をもらった範囲だけだ。
「何言ってんだい、このクソガキが!」
突然、治療台から怒鳴り声が響いた。
「サミュエル様を、あのカミーユの馬鹿王子と一緒にするんじゃないよ!あの方は立派なお人だ!」
「おばあちゃん、怒ると腰に響くよ」
僕は苦笑する。
今、おばあちゃんは僕とせいちゃんの治療所に来ていた。
僕たちは海底神殿の一件以降、噂が広がったことで治療所を開くことになった。
ただし、週三日だけ。
せいちゃんは毎日でも治療したいみたいだけど。
でも、一度魔力を使いすぎて倒れたことがあるから、無理はさせないことにしている。
その後ろには、区画を仕切って作った小さな闘技場がある。
ここでは荒野のギルド監修のもと、週に一度、冒険者たちへ訓練を行っている。
相手は、まーくんとけんくん。
ランクは関係ない。
強くなりたい者なら誰でも参加できる。
もちろん、ユカリの戦闘訓練も兼ねていた。
「とにかく、国王様からの呼び出しなんだから失礼のないようにするんだよ!」
治療を受けながら、おばあちゃんが僕に言う。
「国王様の命令は絶対だからね!」
『国王様の命令は絶対……か』
僕は手紙を見る。
なぜだろう。
まだ何も起きていないのに、お腹が痛くなってきた。
◇
翌日の午後。
僕たちは、迎えに来た王家の馬車へ乗り込んだ。
「すごい……!」
ユカリは目を輝かせる。
絵本に出てくるような立派な馬車。
初めて見る王族の乗り物に、ユカリは大はしゃぎだった。
反対に僕は、これから何を言われるのか不安で仕方がない。
シオンだけは、いつも通りだった。
「眠い……」
馬車の中で大きなあくびをしている。
やがて王都へ到着する。
巨大な石造りの門を越え、城の中へ案内された。
通された部屋は、とても豪華だった。
でも、派手な装飾で飾られた部屋というより、仕事をするための落ち着いた空間という印象だった。
用意されたクッキーと紅茶をいただき、少し緊張がほぐれた頃。
扉が開いた。
「遅れて失礼した」
白い騎士服をまとった男の人が入ってくる。
そのまま机へ向かい、椅子へ座った。
「私がアレス公国国王、サミュエル・アレスだ」
……怖そうな人だ。
でも、どこかあの王子とは違う。
「君達が我が兄が呼び出したという子供達か」
「俺は違うけどな」
「こら、国王に対して失礼だろ!」
国王の後ろに控えていた騎士が小さな声で叱責した。
「構わない。無礼は承知だ」
王さまは右手を上げて騎士を制止した。
王さまは立ち上がり、僕達に向かって頭を下げた。
「我が愚兄が申し訳ないことをした。本当に、すまなかった」
「え」
突然の謝罪に僕は驚いた。
謝られるなんて思っていなかった。
「元の世界に帰してやりたいが、方法は、恐らく無い」
「アレス公国で君達を保護しよう」
「えと、呼ばれたのは僕と妹です。シオンは途中で仲間になりました」
僕は意を決して思っていた事を聞いてみた。
「あの、あの人は『勇者召喚』て言っていましたけど、僕達は勇者なんでしょうか」
「分からない。が、噂で聞く限りではそうではないかと思う。魔術大国ですら持っていない強力な魔道具を所持し民衆に売り捌いているらしいではないか」
「軍や政治に利用しようたって俺達は国に協力なんてしないぜ。今まで散々好き勝手やっといて今更協力しろなんてふざけんな」
シオンが静かに怒りをあらわにした。
「当然だ。私は勇者の力を軍事利用しようなどとは思ってはいない。だが、ただ全てを許容するわけにはいかない。世の中には色々あるのでね」
「君達が運営している雑貨屋と治療院についてだが、これからは私の許可がないものは販売させないし活動させない」
「市場が混乱するような物は売ってないぜ。荒野の商人ギルド長に許可を貰った物と数しか売ってねぇし、治療所だって無闇に治してねぇ。アンタらに迷惑は掛けてねえよ」
シオンが腕を組み、真っ直ぐサミュエルを見据えた。
サミュエルは静かに頷く。
「それは報告を受けている。君たちがルールを守って営業していたことも、ギルド長が責任を持って管理していたことも知っている」
「だったら何でだよ?」
「理由は一つだ」
サミュエルは机の上に置かれた地図を広げた。
「荒野のギルド長が管理できるのは、この周辺だけだ。しかし、君たちの力はすでに一つの地域では収まらなくなっている」
地図には、荒野を中心に南に荒野の塔の街、西の海岸に新しい
神殿の街が築かれていた。
「海底神殿の一件で『黒の人形使い』の名は各国へ広まった」
指先が街から街へと移動する。
「これから先、君たちの治療を受けたい者、魔道具を買いたい商人、力を利用しようとする貴族や他国の使者まで訪れるだろう」
「……」
「その全員を、荒野のギルド長一人で管理できると思うか?」
シオンは言葉に詰まった。
確かに、今でさえ依頼人や冒険者が家を訪ねて来ることが増えている。
「ギルド長が悪いと言っているのではない」
サミュエルは穏やかな口調で続けた。
「君たちの力が、ギルド一つでは管理できないほど大きくなったのだ」
僕は思わず口を開く。
「でも、僕たちは困っている人を助けたいだけです」
「分かっている」
サミュエルは迷いなく答えた。
「だから営業をやめろとも、魔道具を渡せとも言わない」
その言葉に、僕たちは顔を見合わせた。
「ただ、扱う物と販売する量、治療の方針だけは国にも把握させてほしい」
「どうして?」
ユカリが首を傾げる。
「例えば、この国中に無料で回復薬を配れば薬屋は仕事を失う。家を何百軒も建てれば大工は食べていけなくなる」
「みんな困っちゃう……?」
ユカリが僕を見上げる。
「そうだ」
サミュエルは優しく微笑んだ。
「君たちは人を助けたい。その気持ちは立派だ」
「だが、一人を助けた結果、百人の生活を壊してしまっては、本当に人助けと言えるだろうか」
部屋が静まり返る。
「私は君たちの力を恐れているのではない」
サミュエルは僕たち一人一人を見つめた。
「この国を守る責任がある」
「君たちを縛るためではなく、君たちの力で国が混乱しないよう、一緒に考えていきたいのだ」
シオンは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
そして、小さく息を吐く。
「……ふん」
「管理者を変えるっていうより、責任を国が持つってことか」
サミュエルは静かに頷いた。
「その通りだ」
「荒野のギルド長にも、これまで通り協力をお願いするつもりだ。私は彼の権限を奪いたいわけではない」
その言葉を聞いて、僕は胸につかえていたものが少しだけ軽くなった。




