第5話
録音から1週間後。
「ねぇ。ウルカちゃん。聞いて?」
ハンバーガーの店のとある席に座った私は、目の前のウルカちゃんに声をかけた。
ウルカちゃんはオレンジジュースのコップに入ったストローを噛みながら、私を見て首を傾げる。
「あん?」
「これ……どういうこと?」
私は机に置いてあるスマホの画面を指差した。
その画面には、とあるSNSのアカウントページが表示されていた。
「私。確かに言ったよ?
ミックスするまで少し時間がかかるから、曲を配信する前に歌い手アカを開設した方がいいって」
アカウント名は、シンプルに「ウルカ」。
フォローは1件――ユカPだけ――で、フォロワーも少なく、開設ほやほやだということがわかる。
「うん。だから開設したんじゃん?」
「そうだよね。それで私のアドバイス通り他の歌い手さんとも交流してたよね。ほんとはフォローもしてほしかったけど、そこは問題じゃないの。――問題なのはこのポスト!」
ウルカちゃんのアカウントは開設したてで、ポストをしても数いいね程度。
だが、そのポストだけが、リプもいいねもリポストも異常に伸びていた。
――というより炎上していた。
「炎上させろ、だなんて言ってないよ!」
私は悲鳴にも近い叫びをあげた。喫茶店の中だから、多少声を抑えたけど。
ポストは、とあるアカウントのポストを引用したものだった。
そのアカウントは、チャンネル登録者数10万人の新進気鋭の歌い手さん。
引用しただけなら問題ない。
ただその内容がひどかった。
『ボカロPの曲がなかったら何もできない癖に調子乗ってんじゃねぇよ』
しかも運が悪いことに、そのポストを歌い手さん自身が、
『なに? こいつ(笑)』
と引用した結果、大炎上。
彼のファンからの罵詈雑言や彼のアンチによる擁護の声がリプライに連なるようになってしまった。
「だけどこいつ調子に乗ってるじゃん」
ウルカちゃんは反省の色もなく、机にあるポテトを摘む。
「自分は曲作れない癖に。ユカPさんをバカにしてさぁ」
「そのリプは私も知ってるよ。けど仕方がないことだから」
「はぁ? なんでこんなやつ人気なの?」
ウルカちゃんが訝しげな顔をして首を傾げてる。
ウルカちゃんの気持ちもわかる。
ウルカちゃんは私のアドバイス通り、定期的にポストしたり、色んな歌い手さんに交流してくれていた。
そんな時に、この人がウルカちゃんにリプを送ってきたのだ。
『どんな歌を投稿する予定なんですか(笑)』
ウルカちゃんは何の疑いもなく『トウキョウ・エロティカ』を歌った旨を伝えたが、するとこの人は遠回しにその曲を否定するようなリプを送ってきた。
『うわ。なにこれ……初めて聴いた。とてもじゃないけど僕は歌えないなぁ。ウルカちゃんももっと別の人気のある歌にした方がいいと思うよ。初心者なんだし(笑)』
それがウルカちゃんの地雷に触れたらしい。
まぁこの歌い手さんが私の曲を聴いて、引き気味になる気持ちもわかる。
だってエロキモすぎるから。
ウルカちゃんにも優しさのつもりでアドバイスを送ったのだろう。
ウルカちゃんにとってはありがた迷惑だったようだけど。
「会ったら絶対しばいてやるのに」
「……冗談に聞こえないからやめてね。それだけは」
怒り心頭のウルカちゃんに私は苦笑いしつつ、やんわりと宥める。
「とにかく! 交流はいいんだけど、変に喧嘩売らないでね!」
配信前なのに変なバイアスがかかったら、せっかくの『歌ってみた』も台無しだ。
「チッ……わかったよ」
ウルカちゃんは舌打ちをすると、そっぽを向く。
不機嫌そうだが、とりあえずわかってくれたみたいだ。
「ところでウルカちゃん。そろそろミックスが終わりそうなんだけどさ――――」
このまま話していたらウルカちゃんの機嫌がますます悪くなりそうだから、別の話題を切り出そうとした瞬間――――。
「はぁ!? ユカP? 誰それ?」
近くで私の名前を叫ぶ声が聞こえた。
見ると、私たちと同い年くらいの男の子数人が近くのテーブルでスマホをいじりながら話していた。
「昔バズったボカロPだって」
「うわ。歌詞エッロ……」
と言ってもスマホから音は聞こえない。
曲は流さず、歌詞だけ見ているのだろう。
男の子達は食い入るように見ていた。
「でもこの歌詞、リアリティなくね?」
「ギャハハ! 確かに! なんか経験なさそう」
「見ろよ! こいつ、俺らと同い年だって!」
「マジで!? 恥ずかしくないんかな」
「絶対根暗ヲタクじゃね?」
「こんな歌、絶対人前で歌いたくないわぁ〜!」
……………………。
「帰ろっか。ウルカちゃん」
「お、おい……ユカPさん……?」
私はそれ以降、ウルカちゃんに何も言わずトレーを持って立ち去った。




