第4話
「『歌ってみた』のやり方を教える? 私が……?」
歌い手さんがボカロを歌う『歌ってみた』。
私もボカロPの端くれだ。
そのやり方くらいは知っている。
私の曲も何度かいろんな歌い手さんに『歌ってみた』してもらった。
けれど私の知識なんて、ネットや本で調べたくらいの知識だ。
教えられるほどのものじゃない。
「一応、風呂場で録音してみたんだけど、全然上手くいかないんだ」
けれどウルカちゃんは切実そうに私を見る。
「えと……ミックス師とかに頼まなかったの?」
「ミック……寿司? 寿司なんか頼んでないけど」
「ちが……そうじゃなくて……あ、じゃあ機材は?
マイクとかDAWとか」
「ダウト? 嘘だって言いたいのか」
「ちが……そういうことじゃなくて……」
「とにかく! 単なる録音じゃダメってことはわかってる。けど何が足りないのかわからない。このままじゃユカPさんの曲を汚してしまう」
ウルカちゃんはおそらく基本的なところからわかっていないのだろう。
確かに『歌ってみた』をするには様々な知識が必要だ。
録音やミックス、それにマスタリングは基本。
できればハモリも撮っておきたい。
それは調べなければわからないものだから仕方がない。
ただ今ひとつだけ言えることといえば――。
「とりあえず、私の曲を歌うのはやめな――ッ!?」
「――それは断る」
ウルカちゃんはグイッと顔を近づけてそう答えた。
狼のように鋭い目つきに私は緊張のあまり身体が強張る。
「私はユカPさんの曲だから歌ってみたいの。ユカPさんの曲が好きだから」
「……えぇ。でも。あの曲は……」
――もうほんと歌詞がR指定だから。
学生が歌っていい曲じゃない。だから私は強い意志を持って断ろうとしたが……。
「なんでも言うこと聞くって言ったよね?」
「は、はい……」
ガンギマリしたウルカちゃんの眼光に、私の心は早々に折れてしまった。
★★★
――週末。
「うわ……ここがユカPさんの聖域か……」
「そんな良いところじゃないからね?」
私はウルカちゃんを家にお招きすることになった。
さすがにウルカちゃんが風呂場で録音したやつを使うのは、いろんな意味でノイズがある。
最初から録ってもらった方が効率がいい。
それなら、一応基本的な機材も揃ってるしうちで、ってことになった。
「すげー。マイクもキーボードもある。このパソコンに映ってるのがDAWってやつ?
壁もなんかデコボコしたのが貼ってあるし……」
自分の部屋を魔改造した世界でひとつだけの私専用スタジオだ。
ウルカちゃんは感心を隠さずキョロキョロと私の部屋を観察していた。
なんだかちょっと気恥ずかしい。
「ん? ここは?」
「――ッ! ダメ!!!!」
私はそう叫ぶと、ウルカちゃんとカーテンを閉めた本棚の間に立つ。
我ながらボクシングチャンピオン並みの身のこなしだった。
「ここは開けちゃダメ。ぜったいに!」
この奥には私がユカP時代に参考資料のために集めたありとあらゆるエッ◯な本や小道具があるのだ。
――ウルカちゃんにはまだ早い。
「わ、わかった……」
私の精一杯の眼光に怯んだウルカちゃんは、手を下ろし戸惑いがちに頷いた。
「じゃあさっそく録音しちゃおっか?」
「おぉ……ついにか。でも録音って何すれば良いんだ?」
「うーん。そうだね。とりあえずヘッドホン付けてこのマイクの前に立ってくれる?」
ウルカちゃんはゴクリと唾を呑み込むと、コンデンサーマイクの前に立った。
「ゲイン調整したいから、声だしも兼ねてひとまず歌おっか。
曲はなんだっけ? Ad○さんのレディメだっけ――?」
「ユカPさん? さすがに怒るよ」
「ひぃ……じ、冗談だよ。ははは……」
(半分本気だったけど)
仕方なく私はスペースを押して、『トウキョウ・エロティカ』のオフボーカルを流した。
念のため録音もつけておいた。
曲がながれると、ウルカちゃんの雰囲気が変わった。
不良少女からまるでプロのアーティストのような顔つきになっていた。
私はオーディオインターフェースのつまみを掴みつつ、ウルカちゃんの歌声を待つ。
ウルカちゃんの息を吸う音がヘッドホンを通して聞こえてきた瞬間。
「――ッ!!」
身体にゾクゾクと電流が走った。
私の曲の1音1音に魂が宿っていく。
耳を塞ぎたくなるようなエロティックな歌詞でも、ウルカちゃんのハスキーな声が乗ると洋楽のおしゃれな曲に聞こえてくる。
初めてウルカちゃんの歌を聴いた時の興奮が蘇る。
ジャズのようなグルーヴのある歌い方だが、ボカロへのリスペクトも感じる表現。
いったいウルカちゃんは何回この曲を聴いてきたのだろうか。
どれだけ一音一音を研究してきたのだろうか。
歌詞は恥ずかしいけれど、それ以上に感動する。ウルカちゃんの声は私の理想そのものだった。
「ユカPさん、どうだった? ……あれ? どうしたんだ?」
曲が終わった後。私は知らぬ間に机に突っ伏していた。完全ノックアウトだ。
「おーい。ユカPさん?」
ウルカちゃんが私のヘッドホンを外して声をかける。
「ユカPさん、耳が赤いんだけど? 大丈夫?」
「な、なんでもない。うん! だ、大丈夫。うん」
首を傾げているウルカちゃんから、私は慌ててヘッドホンを奪い返し耳を隠すように装着する。
「よ、よかったよ。ウルカちゃん、やっぱりうまいね。声出し充分?」
「?? 相変わらずおかしなやつだな。うん。充分だよ」
「じゃあさっそく録音しちゃおっか。何テイクか録るけど疲れたら言ってね」
はやる心を抑え、冷静を装ってウルカちゃんに声をかけた。
今この部屋はウルカちゃんのライブ会場だ。観客は私だけ。
――次はどんな歌を聴かせてくれるのだろう。




