第2話
歌詞がエロすぎるボカロP。
そう調べただけで今でも、私の名前はごまんと出てくる。
私がボカロに熱中し始めたのは中学校に入学してすぐだった。
音楽制作ソフト特有のリズムや曲調にすっかり心を奪われたのだ。
それからはひたすらボカロを聴き漁る日々。
ついには私が作ってみたいと思うようになった。
両親に土下座して頼み込み、20歳までの誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを貰わないという条件と引き換えに、中学生ではとても買えないような高価な音楽制作ソフトやキーボードを買ってもらった。
そこから独学で地道にDTMを勉強し、曲を制作し動画配信サイトに投稿するようになった。
どうやら私はそこそこボカロPの才能があったらしい。
初めて出した曲は割と色んな人に聞いてもらったし、感想も頂けた。
けれど当時は中学生。
中学生なんて承認欲求の塊だ。
もっと聞いてほしい。もっと感想がほしい。
そう考えた私はあろうことか『エロ』に手を出してしまった。
恋愛経験ゼロの中学生の無い頭から捻り出し、メロディアスな曲調にエロくてセクシー(当社比)な歌詞を乗せて配信した。
案の定、バズった。
再生数は跳ね上がり、登録者は一気に増え、通知は鳴り止まない。
コメント欄は流れ続け、もはや自分でも追えない。
「ドュフ……ドュフフ……ハヒ……」
達成感で我を忘れて、気持ち悪い笑いを出していたことを今でも覚えている。
それでも私の承認欲求は満たされることはなかった。
ついにはライブ配信にまで手を出してしまった。
リスナーに向けて私の想いのタケを語りたくて、とにかく褒められたい。
だからスマホを私に向けて配信開始のボタンを押した。
――それが終わりの始まりだった。
もちろん顔出しはしていない。
いくら私でもそのくらいの危機管理はある。
兎のお面を付けて何があっても顔は映らないようにした。
身体はセクシーだけれど年齢がわかりづらい格好にした。エロい歌詞として有名だからさすがにそこは一貫性を持たせたかった。
そこまでは問題がない。
ただその時が初めての配信だった。
配信の知識がなく、グリーンバックや背景加工を失念していたのだ。
――結果。
『え? 制服!?』
『制服だ! 壁にかけてある』
『ユカPさんって学生なの?』
『中学生!? 高校!?』
『JC!! JC!!』
『通りで処女臭がすると……』
『これは未経験www』
『ハァハァ……女子学生……』
『何? おじさんが手取り足取り――――』
『制服特定しますた。〇〇中学です』
「は、ははは……」
――――――――。
――――――。
――――。
――。
「あ……あぁぁぁぁああああ――!!!!」
「な、なんだ」
突然奇声を上げた私に浮狼さんは驚いたように目を丸くした。
「い、いえ。ちょっとした発作です」
しまった。思い出してしまった。
あの配信以来、学校では大騒ぎ。
ユカPは誰だ、と卒業まで話題になり、全然関係ない人がそうなんじゃないか? って疑われたりしていた。
幸い、私は陰キャでボッチだったから特定されずに済んだ。
けれど、それがもう情けなくて……嫌で……。
――もう二度とボカロPなんてやらない。
そう心に誓ったのだ。
(ん? でもちょっと待って……)
「あ、あの……浮狼さん?」
「なんだ?」
「つかぬことをお聞きしますが、さっき私のことを、
す、好きって言いました?」
「あ?」
「あ、ごめんなさいごめんなさい。なんでもないです」
そうだよね。浮狼さんが私みたいな人を好きだなんて言うはずないもんね。
陰キャだし、ボッチだし、何より同性だし。
「あぁ。言ったぞ」
私みたいな人を好きなんて――――。
「どひゅぇぇぇええ!?」
「うるさいなぁ! なんだよ!?」
耳を塞いで鬱陶しそうに私を睨む浮狼さんに、私は萎縮する。
「あ、いえ。すみません……まさか告白されるとは思ってなかったので」
「……好きなものを好きと言って何が悪いんだよ」
浮狼さんは拗ねたようにぷいっとそっぽを向く。
髪の毛の隙間から見える耳も若干赤い気がした。
「トウキョウ・エロティカ」
「ヒグッ……!!??」
「脳内セクシーランデヴー」
「ヒョエ……ッ!!??」
その名前は私がユカPとして作った曲のタイトルだ。
「ユカPさんが作る曲はどれも最高だった……でした。
こんなセンスの塊みたいな曲を同い年が作ってるって知ってすごく興奮したんだ。
……歌詞はよくわからなかったけど」
(……歌詞はよくわからなかったんだ)
浮狼さんは少し寂しそうな目でこっちを見る。
「なぁ。ユカPさん。どうして辞めちゃったんだ?」
「そ、それは……」
「いや。言いづらいことだったら別にいいよ。
けれど――」
そう言うと、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「私の言うことは聞いてもらうから」
「へ?」
「何故だか知らないけど、ユカPさんは知られたくないみたいだから……」
「ひぃぃぃ……!」
「なんでもしますって言ってたよね?」
自分でも一気に顔が真っ青になるのがわかる。
いったい何をされてしまうのだろう。
けど断ったら――。
「じゃあ……」
そう言って、浮狼さんがポケットに手を入れた瞬間。
――――キーンコーンカーンコーン。
タイミングがよく、学校の予鈴が鳴り響いた。
「チッ……」
浮狼さんは面倒臭そうに舌打ちをする。
「もう授業か。仕方がない」
――た、助かった……?
「今夜20時」
「へ……?」
「駅前の繁華街にあるバー『ウルフ』に来て」
それは浮狼さんが目撃されたという怪しげな店の名前だ。
「もし拒否したら……わかってるよね?」
浮狼さんは邪悪な笑みを私に向けると、踵を返し立ち去ってしまった。
「は……はは……」
今になって膝がガクガクしてきた。
力が抜けて、ズルズルと壁を背に座り込んでしまった。
終わった。
さようなら。私の平穏な高校生活。




