第1話
この歌を聴いた時、私はこれを世界に知らしめなきゃいけないと思った。
「もしかして、ユカPさん?」
「かひゅ……?」
その名前を聞いた瞬間、私の喉から変な音が出た。
――なんで、それを。
ユカPという名は私にとって黒歴史そのものだ。
それをよりにもよって、高校の音楽室で、しかも不良の浮狼さんの口から出てくるなんて。
「この音選びに弾き癖……絶対そうだよな?」
狼のような鋭い目つきで私をキッと睨みつける。
心臓がうるさい。バレた?
違う。偶然だ。そう思いたいのに指先の震えが止まらない。
――今日は月に一度あるかないかの創作意欲が爆発してしまった日だった。
ちょうど五限目の数学の授業中。発作が起きてしまった。
頭の中が音符に支配され、埋め尽くされる感覚。
この熱は一度冷まさないと家にすら帰れない。
だから放課後、こっそり音楽室に忍び込んで、ピアノを弾いていたら、突然、浮狼ウルカさんが入ってきたのだ。
ウルフカットの青みがかった黒髪で、耳に複数のピアス、首にチョーカーを巻いていて、おまけに目つきも鋭い。
学校では誰とも連まず一匹狼のようにひとりでいることが多い不良少女だ。
そんな人がなぜ私の前世を知っているのだろう。
「あんたに聞きたいことが……」
「ユ……ユカPなんて知りませぇーーん!!」
ほとんど悲鳴だった。
気づけば、私は椅子を蹴るように立ち上がり、逃げるように音楽室を出ていた。
「ま……待っ――ッ!」
背後から声が飛ぶ。
でも振り返る余裕なんてない。
足がもつれそうになるのを必死にこらえて、廊下を全力で走った。
あれはもう消し去った過去のはずだ。
よりにもよって学校一の不良にバレるなんて。
とにかく逃げ切るしかない。
――そう思っていたのに。
「おい……」
1週間後、私は浮狼さんに壁まで追い詰められ足ドンされていた。
「やっっっっと捕まえたぞ。1週間も逃げやがって」
両手をブレザーのポケットに入れながら、鋭い目つきで私を睨んでくる浮狼さん。
人気のない校舎裏で逃げ場を失った私はついに浮狼さんに捕まってしまったのだ。
「何? 私なんか悪いことした? 意味わかんないんだけど」
制服からタバコの残り香が漂ってくる。
浮狼さんは、夜の繁華街にある怪しげなお店から年上のヤバめの人たちと一緒に出てきたのを目撃された噂がある。
「で? なんで逃げたんだ? 宇崎ユカ」
「ひぇ……」
だ、ダメだ。本名までバレた。殺される。いや、社会的に抹殺される。
こうなったら伝家の宝刀ジャパニーズドゲザを披露するしかない。
「おい……なんで土下座?」
「お、お願いします……なんでもしますんで、どうか見逃してください……」
「見逃す? なんのことだ?」
浮狼さんは首を傾げとぼけてくる。
あぁ。焦らして。
もしかしたら私がこうして狼狽えているのを楽しんでいるのかもしれない。
「あ、あの。私がその……。中学の時……ぼ、ボカロ……」
「あ? なんだって?」
「ひ、ひぇ! いや。だから。その……私が元JCボカロPだったことですぅぅ!」
「は? なんで見逃さなきゃならないんだよ?」
終わった。お母さん。今までありがとうございました。
「とにかくこれではっきりしたな。ユカPさん」
「……うぐぅ」
お願い。その黒歴史を言わないで。
恥ずか死ぬから。
「まさか同じ高校にいたなんてな。1週間逃げ回った落とし前、きっちりつけさせてもらわなきゃなぁ」
浮狼さんの口角が不気味に吊り上がる。
そして、浮狼さんはブレザーのポケットに突っ込んでいた手をゆっくりと取り出した。
――殴られる……!
ギュッと目を瞑る。
だが、一向に痛みが来る気配がない。
恐る恐るゆっくりと目を開けると、目の前にあったのはメモ帳とサインペン。
そして頬を赤らめた浮狼さんの顔だった。
浮狼さんは小刻みに震える唇をゆっくりと動かした。
「サ、サインを……くれ……ください……」
「………………え?」
予想外の言葉に目を丸くする。
「えっと……殴るんじゃないんですか?」
「は? なんで殴らなきゃいけないんだよ?」
「え……だって。逃げてたし……」
「それはムカついたな」
「ひぃ……!」
私はすぐに防御姿勢を取る。
「だから殴らないって!」
浮狼さんは困ったようにガシガシと頭を掻くと、
「あ〜もう!」
と吹っ切れたように叫んだ。
そして、手を伸ばし私の頬を掴むと、顔をグイッと近づけた。
「要するにだな!!」
浮狼さんの頬は赤く、うるうると瞳が震えていた。
「あんたのことが好きなんだよ」
お読みいただきありがとうございます。
初ラブコメ。初百合作品となります。短い話ですので、ぜひお楽しみください。
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