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花を食べる鬼が最後に手にした花は

某所の短編コンテスト用に書いた時代物人外パロです。

暗くて重いので、苦手な方はご注意ください。

私は書いていてめちゃくちゃ楽しかったです。

 朝起きたら、住処にしている小屋の前に、縄で縛られた娘が転がされていた。



「いやいや、何してんだ……?」


「ど、どうかひと思いに、お召し上がりください!」


「はあ?」



 娘は泥と痣だらけの顔を、涙でぐしゃぐしゃにしていた。


 ……なんなんだ?


 ともかく縄を解いてやると、娘は震えながらその場に座り込んだ。


 粗末な衣から痩せ細った腕や脚が覗いていて、顔以上に痣だらけで、見てるだけで痛々しい。



「えっと、なに?」


「どうか、わたくしの村をお救いください。そのためなら命の一つや二つ」


「話が見えねえ……」



 少なくとも娘に害はなさそうだったから、家の中に入れてやった。


 手製の粗末な小屋だけど、少なくともこの娘の衣よりは、よほどマシだと思う。


 娘は澪と名乗った。


 俺が住む山の麓の村に住んでいるらしく、最近は米や野菜が不作で、生きるのにも事欠くらしい。



「はあ……だから、山の上の鬼に娘を捧げることで不作をなんとかしてもらおうって……? 俺にそんな力ねえよ?」


「えっ、ですが……」


「俺はただ山に住まうだけの花鬼だからさ。そりゃ花畑は拵えてあるけど、俺の腹を膨らせる分しかねえし」



 一口に鬼と言っても種類がある。


 花鬼は、肥沃な土地の気を摂取して生きる。


 そりゃ人間と比べりゃ身体はデカいし寿命も長いけど、人間の土地をどうこうする力はない。


 ないが……。



「つうか、村の畑が不作なのは、土の扱いがなってねえからだろ」


「土の扱い……?」


「植えるときの間隔は詰め過ぎだし、植物の相性も考えてねえ。水やりだって、植物ごとに必要な回数が違うだろ」


「そう……でしたか……」


「そういうわけだから、帰ってもらっていいか?」



 腹も減ってるし。


 畑に水やりに行って、養分を吸ってきてえ。


 しかし澪は困った顔のまま、その場に座り込んでいた。



「あの、人間は食べないのでしょうか?」


「食わねえよ。人間なんて雑食な生き物食ったら、腹壊すだろ」


「こちらに置いていただくことはできませんか」


「邪魔だ」


「そ、掃除します。料理も、ご入用とあらば夜伽でもなんでもしますので……っ」



 俺は澪を見つめた。



 貧相だし汚いし、見てるだけで可哀想で、全然そういう気にならない。



「間に合ってるんで……」



 丁重に断ったつもりなのに、澪はボロボロと泣き出してしまった。


 えー、なんなんだよ。


 細っこすぎて、外に投げ捨てたら死にそうだ。


 土に血を吸わせたくないから、穏便に出てってくれねえかな。



「いや、帰れよ」


「帰れません……帰るところなんて……」



 嫌だなあ。


 土にこんな不味そうな涙を吸わせたくない。



「あー、もう。人間、何食うんだよ」


「えっと、粟か稗をいただければ……」


「付いて来い」



 俺は立ち上がって、小屋を出た。


 小屋の裏手に周り、干してあった花と実を澪に見せる。



「この中で食えそうなものある?」


「……えっと」


「これ、冬に向けた保存食なんだけど、この中に人間が食えるものがあるかって聞いてんだよ。あれば勝手に食え。けど、食って減ったら補充しろ」


「……良いのですか」


「お前が何でもするっつったんだろうが。自分が食う分くらい、自分でなんとかしてくれ。俺も朝飯にする。それが終わったら畑の場所教えるから、手入れを手伝え」



 言い終えると、澪はまたボロボロと泣き出した。



「ありがとうございます……あの、お名前を教えてください」


「ミズキ」


「ミズキさん。よろしくお願いします」



 澪の顔は痣と涙で汚かったけど、笑ってる分、転がされてたときよりだいぶマシだった。


***


 澪は予想の十倍くらい、働き者だった。


 朝は俺より早く起きて洗濯や飯の用意をするし、繊維の扱いを教えたら、あっという間に自分で衣服を用意するようになった。


 小屋も澪に手伝わせて少し広くできたし、ゴザや布団も、丈夫なものに作り直せた。



「……お前、思ったよりも便利だな」


「そう言っていただけると嬉しいです」



 澪はすっかり綺麗になった顔で微笑んだ。


 畑の手入れもずいぶん慣れた。


 水を引いたり、届かないところは桶やひしゃくで撒いていく。


 土地の養分を吸い過ぎないように間隔を開けるのも、植物同士の相性も、何度か説明したら、言われずともよしなにやるようになった。


 冬に向けた保存食もいつの間にか大量にこさえていたから、澪と過ごす冬は快適だったし、畑から戻ると小屋の中が温かいのもよかった。


***


「ミズキさんは、お魚は召し上がらないのですか?」



 何度目かの春先、菜花を俺に出しながら澪が言った。



「俺は花鬼だから、血が通ったもんを食うと腹を壊すんだ」


「そうですか……うまく焼けたのでお召し上がりいただきたかったのですが」


「俺はいいから、お前が食え。精をつけねえといけないんだろ」


「……はい」



 澪は大きくなった腹を、笑顔でさすっていた。


***


 ――そうして、数年後。


 まだ幼い娘の花菜と帰宅すると、小屋の中が荒らされていた。



「母様の血のにおいがする」



 花菜の口の端で、俺とそろいの牙が光った。


 澪によく似た黒い髪が、風でふわっと広がる。


 つないでいた手が強く握られた。



「そうだなあ。あっちの方だな」


「走らないの?」


「大丈夫。なにしろお前の母親だから」



 花菜の手を離し、何も言わないまま抱き上げた。


 連れて行くのが正解かはわからないけど、置いていく気にはならなかった。



 その村に行くのは、いつ以来だろうか。


 幼い頃に親父に場所を教わったとき以来かもしれない。


 単純に、人間の営みに興味がなかったから、遠目から畑の惨状は目にしてたけど、寄りつくことはしなかった。


 何十年かぶりに見た村は酷く荒んでいて、その中央で澪が磔にされていた。


 交差された杭に腕が結びつけられ、服は裂け、肌には打ち付けられた跡があった。


 周囲では、村民らしい男どもが棒きれを振り回して怒鳴っていた。



「村を見捨てた売女めが」


「鬼を垂らし込むなど汚らわしい!」


「なんのためにお前を鬼に差し出したと思っているんだ!」



 花菜に聞かせたくなかったけど、もう手遅れだ。


 俺の首にしがみつく花菜を、粗末な小屋の横に下ろした。



「ちょっとお前の母親を連れ帰ってくるから、そこでおとなしくしとけ」


「……あい」



 ゆっくりと村の中央に向かった。


 足音に気づいた澪が俺を見上げた。


 澪の前にしゃがみ込むと、彼女は静かに口を開いた。



「ミズキさん……ごめんなさい……」



 俺に気づいた男どもは、顔を青くして後ずさった。



「それは、何についてだ?」


「お夕飯の用意、できてなくて」



 つい吹き出すと、澪も同じように頬をゆるめた。



「それに、私、変なんです。こんなに打たれたのに……」



 澪は困ったように腕を振った。


 つながれていた紐がちぎれ、背後に刺さっていた杭がへし折れた。



「あんまり痛くないですし、怪我もすぐ治っちゃいました」



 ボサボサになった澪の髪を手で梳いてやると、すぐにさらりと流れ、夕日を反射して輝いた。



「そりゃお前、何年俺が精を注いだと思ってるんだ。まっとうな人間で、いつづけられるわけがねえだろ」


「……そうなんですか?」



 澪は目を丸くして俺を見上げた。



「なるほど、だから痛くもかゆくもないんですね。ふふ、力持ちです」



 自慢気に腕を曲げる澪だが、力こぶは全くない。



「つーか、なんでわざわざ掴まったんだよ」


「彼らの言うことも、理解できなくなかったんです。お腹が空いているだけですから」


「だからって、縛られてやらなくていいだろうが」



 ため息をついて周囲を見回した。


 確かに連中は痩せこけていて、手にした棒きれはその辺の枯れ木の枝を拾ってきただけに見えたし、畑が荒んでいるのも承知していた。


 澪の言うとおり、「お腹が空いているだけ」なのだろう。



「澪、お前はこいつらをどうしたい?」



 問うと澪は困った顔で辺りを見回した。


 男どもは青い顔で後ずさる。その腕も脚も澪と同様かそれ以上に細く痩けていた。



「私は怪我もありませんし、被害はお夕飯が遅れたことだけですから、放っておいてよいと思いますが」


「そうか」



 目の前の澪を抱き寄せ、薄い背中を撫でた。


 その温かさに、安堵する。



「だが、俺はお前に向けられた悪意を捨ておけないんだ」


「ミズキさん……?」



 ぽかんとする澪に微笑んでから、花菜を呼んだ。


 男どもが手を伸ばしたが、俺の娘が人間ごときに捕まえられるわけがなかった。



「花菜、母さんと一緒にいられるか?」


「あい、りょうかいです」


「そうか、了解してくれるか」



 勇ましい顔で俺を見上げる花菜の頭を一つ撫でた。


 同じように、まだぽかんとしたままの澪の頭を撫でてから、俺はその向こうへ目をやった。


 そして、地を蹴った。


 男どもの前で腕をふるうと、逃げ損ねた数名が顔を歪ませ、そして弾けた。

 同時に手が届かなかった人間から悲鳴が上がったから、そちらに一歩踏み込む。


 悲鳴を聞いて小屋から出てきた人間がさらに悲鳴を上げ、崩れ落ちたり、走り出してつまずいたりした。


 それらがすべて静かになったら、粗末な小屋に腕を叩き付け、村内に動く人間がいなくなるまで、俺は足を止めなかった。


***


「ミズキさん」


「……うん」



 いつの間にか夜が更けていた。


 鬼である俺は夜目が効くから、気づかなかった。


 花菜と手をつないだ澪が無表情で俺を見上げていた。



「悪いな。お前の故郷、亡くなっちまった」



 澪は無言のまま、辺りを見回している。


 これで愛想を尽かされちまっても、まあ、しゃあねえよなあ。


 黙ったまま、澪の沙汰を待った。



「母様」



 しかし、それより先に花菜が声を上げた。



「お腹空いた」


「……そうよねえ。帰りましょうか」


「いいのか」


「子どものお腹を空かせたままにはできませんよ」



 きっぱりと言った澪は母親の顔で、俺がちぎって捨てた中にも、そういう顔をしていた人間がいた気がした。



「そりゃそうだ」


「父様も、手えつないで」


「汚えから、つないでやれねえなあ」


「畑仕事の後より?」


「うん」


「ミズキさんは川で汚れを落としてから帰ってきてください。……ちゃんと、帰ってきてくださいよ。私の故郷と母だけじゃなくて、夫までいなくなったら困ります」


「母?」


「ええ。ともかく、お願いします」


「……うん。わかった」



 家の前まで二人を送ってから、川で体を流した。冷たかったし、人間の血を川や土地に吸わせたくなかったけど、まあ、俺の自業自得だ。


***


 きれいにしてから帰ると、花菜が口の周りを芋でべちゃべちゃにして振り向いた。



「おかえりなさい、父様」


「うん、ただいま。」


「おかえりなさい、ミズキさん」


「……ただいま、澪」



 情けない声が出た。


 澪は笑いながら、俺の顔を布巾で拭った。


***


 その後、澪は時折一人で村の跡地に通うようになった。


 俺が殺した人間たちの墓地を作っているらしい。



「ろくでもない村でしたが、だからってほったらかすのも後味が悪いので……偽善なんですけど」


「手伝おうか?」


「いえ、これは一人でやります。だってミズキさん、反省してないじゃないですか」



 そう言って、俺にも花菜にも手伝わせなかった。



「別に反省しなくていいです。同じ事が起きたら、同じようにしてもらってもいいです。ただまあ、私はあなたの妻なので、夫のやらかしの後始末をしているだけです」



 澪はそう言って肩をすくめた。


 その顔には泥も痣もなくて、ただただきれいだったけど、どうしても俺には指先につく泥を落としてやることができなかった。


 村にあった鋤や鍬も俺が全て壊してしまったし、澪はそれらの修理を受け入れなかったから。


 それといつからか一つだけ、丸い人間の頭ほどの石が家の裏に置かれていた。


 花菜がたまに花を乗せていて、澪が村に行っていて不在のときに聞いたら、理由を教えてくれた。



「この石、母様と同じ匂いがするから」


「……そうか」



 ならば、俺は手出しすべきではないのだろう。


 娘と、義母だったものに背を向けた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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