幕間① ルーク、主人の不在を嘆く
時は少し前に遡り、リディ様を見送った後のユードレイスにて。
俺、ルークは風呂カフェのカフェスペースにある机の上に突っ伏していた。しばらくすると、買い出しに行っていたリーナが帰ってくる。
リーナは突っ伏している俺にため息を吐いて、話しかけてきた。
「愚弟、何を落ち込んでいるの?」
「わかってるくせに……」
俺ははゆっくりと起き上がり、リーナの方を向いた。そして、キリッとした表情で告げた。
「リディア様がいなくて、寂しいんだよ!」
「そんな誇らしげにされても」
リーナはやれやれといった様子で肩をすくめ、俺の目の前の椅子に座った。
「リディア様が王都へ行く前は憎まれ口を叩いていたくせに。なんで、思っていることを素直に言わないんだか……」
「好きであればあるほど、素直になれないんだよ。リーナだって、好きな人ができれば分かる」
リディア様を好きに思うほど、大切に思うほど、好意を曝け出さないように憎まれ口を叩くしかない。だって、本音を話して、つい好意まで口にしてしまったら、リディア様が困るだろうから。今の彼女には恋人がいるんだから。
この気持ちはリーナには分かるまい。そう思ったのだが、リーナはこちらに視線を向けて、口を開いた。
「いるけど」
「え?」
「私にだって、好きな人くらいいる」
「えええええええええええええ⁈」
リーナがしれっと爆弾発言をした。リーナに好きな人がいたなんて、全然知らなかった。
俺のリディア様への気持ちはリーナにバレバレなのに、俺の方はリーナの好きな人を知らないなんて、不公平すぎる。
俺はすぐに彼女の方に身を乗り出して、聞いた。
「好きな人って、誰だよ⁈」
「レックスさん」
「えっ」
レックスさん、と俺はリーナの言った名前を心の中で反芻する。レックスさんって、確か……。
「……公爵家の執事長の?」
「そう」
「リディア様のお父様が幼い時から仕えてる?」
「そう」
「……ろ、60歳くらいじゃなかったっけ?」
「そこがいいんでしょ。あの落ち着き、包容力は彼にしか出せないものだから……」
「えぇー……」
俺が微妙な反応をすると、リーナは軽く俺の方を睨んだ。
「なに? なんか文句でもあるの?」
「いや、ないけど。意外だったっていうか」
「人の好みは人それぞれでしょ。それに、レックスさんの魅力は、ルークみたいなガキには一生分からないから」
「あ、はい」
これは相当拗らせてそうだ。というか、双子揃って片思いで終わりそうな恋をしているとか……顔だけじゃなくて、そこも似てるのかよ。
「……」
片思いで終わりそうという自分の言葉に、存外ショックを受けていることに気づいた。表では隠しているけれど、まだ全然好きなのだ。諦めきれないのだ。
「はぁ、なんでこんなに好きになっちゃったんだろうな……」
俺は天を見上げて独りごつ。そして、リディア様と出会った日のことを思い出し始めた……。
10年前。とある教会の孤児院にて。
俺とリーナは部屋の部屋の隅っこで身を縮めていた。理由は簡単。機嫌の悪い先生に目をつけられて、殴られないためだ。
俺とリーナは髪の毛と瞳が赤い。先生はそれを不気味だと難癖をつけて、俺たちをいつも殴った。
それを見た孤児院の子供たちも、俺たちはぞんざいに扱っていい存在だと認識したらしい。俺たちは日常的に物を壊す、食べ物を奪われるなどのいじめを受けていた。
他の子供たちが元気に遊ぶのを、リーナと二人でぼんやり見つめていると、俺たちに大きな影が覆い被さった。それが先生だと気づき、俺はリーナを隠すように一歩前に出た。
「先生。何かありましたか……っ、」
先生は俺の胸ぐらを掴み、忌々しげに口を開いた。
「気色悪いから、今日は物置部屋に引っ込んでろ。今日はお前たちが到底目にかかることができないような貴い方が来る日なんだよ」
そう言って、先生は俺たちの髪の毛を引っ張り、俺たちを物置部屋に放り込んだ。最後に「今日の飯は抜きだ」と言い残して、部屋の鍵を閉める。
「先生、機嫌悪かったな」
「そういう日もあるでしょ」
「そういう日ばっかりだけどな」
「……」
俺たちの間に沈黙が流れる。
物置部屋は暗くてジメジメしていた。ここにいるだけで気が滅入ってくる。俺とリーナは空腹に耐えながら、部屋の中でじっとしていた。
何時間が経っただろうか。
突然、物置部屋の扉が開かれた。先生の気が変わって出してくれることになったのかと淡い期待に顔を上げる。
しかし、そこにいたのは、意地の悪い顔をした子供たち数人だった。いつも俺たちに率先して意地悪をしてくる奴らだ。
孤児院の中でもリーダー格としての立ち位置を確立していた彼らは、ニヤニヤ笑いながら俺たちに近づく。
「おい、リーナにルーク。こんな日に閉じ込められて相変わらず可哀想だな」
「俺たちは貴族様からプレゼントをもらえたんだぜ。今日は貴族さまが視察に来てるからなぁ! お前らにはないみたいだけどな」
「仕方ないよなぁ! お前らみたいな気色悪い子供に何かをあげるなんておぞましいからな」
俺が彼らを睨みつける。言い返そうと口を開くが、後ろでリーナが俺の袖を引っ張った。リーナは静かに首を横に振る。やりすごせ、ということらしい。
「おい、言い返さないのか?」
「前に言い返して、俺たちにボコボコにされたから怖がってるじゃね?」
「あはは、あり得る〜。じゃあ、もう一回殴れば、面白いところ見せてくれるんじゃねーの?」
「それじゃあ、やってやりますか」
結局こういう流れになるのか。俺は後ろにいるリーナにささやいた。
「リーナは下がってろ」
「でも、ルーク」
「いいから。男の方が頑丈に出来てるんだよ」
俺が殴られる覚悟を決めた、その時だった。俺らに近付いていた子供たちに大量の水がかけられたのは。
バッシャアという勢いよく水がかけられ、彼らは呆然とする。
「は?! なんだよ、これ!」
「あら、ごめんなさーい。つい、魔法を使っちゃったわ」
クスクスと笑いながらこちらに近づく影。目を凝らすと、そこにいたのは、濃紺の髪色が美しい少女だった。




