第65話 お風呂をバカにする奴は許さない……お兄様のこともね。
「おいおーい。このカードになんの価値があるんだよ。というか、知らない小説のコラボフードとか興味ねぇんだけど〜!」
店内に大きな声が響き、人々の視線がそちらに向けられた。
視線を向けた先にいたのは、若い男性客だった。彼の目の前には若い女性客がおり、男性の方を嗜めている。
「ちょっとやめてよ」
「なんだよ。お前が行きたいって言うから付き合ったけど、大したことないじゃん。結局、風呂っていうのもよく分かんなかったし、あんなの熱いだけじゃん。火傷するぞ〜?」
その言葉に私は静かにブチ切れた。すぐさま彼らの元へと寄っていく。
「お客様。何の話をされているのでしょうか?」
相手はお客様だからね。あくまで丁寧に、だ。だけど、「怒っています」という感情を滲ませた笑顔も忘れずに。
しかし、男性客は悪びれずに口を開いた。
「だから〜、お風呂も小説も大したことないし、こんなに騒がれる意味が」
「お客様」
私は無礼を恐れず彼の言葉を遮り、スッと真顔になった。
「お風呂は素晴らしいです。お客様はちゃんとお風呂に入られましたか? 少し足をつけただけで、全身入られてないのではないのですか? 確かに最初に足を入れた時はお湯の熱さにびっくりするでしょう。しかし、風呂カフェのお風呂はお客様が一番“気持ちいい”と感じる温度を保てるように魔法を使っております。そのため、全身浸かった瞬間に感じる温かさには絶対に感動するはずなんです。必然なんです。もはや運命なんです。更にお風呂に入ることでリラックスでき、一日の疲れを取ることができる。お風呂以上の娯楽なんてありません。何よりお風呂に入ると、疲労回復、肩こり腰痛の軽減など健康的な効果もあります。そもそも……」
エトセトラエトセトラエトセトラ。私がお風呂の素晴らしさを語ることで、お客様は唖然とし口を挟む隙もない。
彼が完全に気圧されているのを確認して、私は付け足した。
「あと、クレア先生の小説は面白いです」
私の言葉に、お兄様がピクリと反応しているのが横目に映った。
「ここにいるのは、そう感じている方ばかりですよ」
私がそう言うと、初めて彼は周りからの苦々しげな視線に気づいたようだ。
かなりのお客さんがクレア先生の小説目当てで来てるからね。彼はこの場にいるほとんどの人を敵に回したようなもの。
彼は逆上し、声を荒らげた。
「俺は! 恋人が俺を放ったらかして、小説に夢中になってるから気に入らないんだよ! 一緒に楽しもうと思ったのに、良さがまったく分からないし……っ」
癇癪でも起こしたように、彼は私の肩を押した。突然のことに私の足はよろめく……が、倒れる前に私の体を支えてくれたのは、ユーリさんだった。
「横から失礼する。ウィギンズ騎士団団長のユーリだ」
「き、騎士団⁈」
「人の好みはそれぞれだとは思うが……、だからといって楽しんでいる人を不快にさせる必要性を感じない。それから、女性への暴行も見逃せない。すぐに店を退去してもらおう」
「な……っ」
口をぱくぱくさせる彼の腕を、そばにいた女性が取る。
「ほら、早く行くわよ」
「でも……」
「こんなに迷惑をかけて、まだ駄々をこねる気⁈ それから、帰ったら話があるから。覚悟してなさい」
恋人である女性の言葉にショックを受けたのだろう。男性は大人しくなり、すごすごと帰っていった。
マナーの悪いお客さんを追い払ったことで、周りのお客さんから拍手が巻き起こる。
私が頭を下げていると、後ろからユーリさんの声がかかった。
「リディアさん、大丈夫か? 何か怪我は……」
「あはは。さっき押された時に、ちょっと足を挫いちゃったみたい。だけど、だいじょ……」
「それは大変だ!」
ユーリさんはそう言って、私を抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「⁈」
「医者のところまで運ぶ」
「ちょ、ユーリさん⁈ 私は大丈夫よ⁈ 店もあるし……ていうか、お客様が注目してるから!」
「だが、大怪我を負ったのに……」
「全然大怪我じゃないわよ!」
騎士団に入ってるユーリさんは、怪我に見慣れてると思うんだけどな……。おかしいな……。
私がそんなこと考えていると、お兄様がやって来た。
「その状態でお前が店にいても迷惑だ。帰るぞ」
「えっ、でも」
「店長のマークに許可をとった。人手も足りてるから抜けても大丈夫だそうだ」
「……ありがとうございます?」
お兄様がそんなことをしてくれるなんて思ってなかったから、驚いてしまった。
私達の会話を聞いたユーリさんが「よし、じゃあ行こう」と言って、私をドアのところまで抱え運ぶ。……目立っているから、結構恥ずかしいわね。
店の外に出ると、すぐそこには馬車が止まっていた。なんとお兄様が呼んでおいてくれたみたいだ。
「人を使って医者も呼んでいる。屋敷に帰ったら、ちょうど着くはずだ」
「お兄様がどうしてそこまで……」
ただの捻挫だと思うし、冷たいお兄様がそこまでしてくれるのも珍しいっていうか……。
私が疑問に思っていると、お兄様は苛立たしげに視線を逸らした。
「勘違いするな。さっきの礼だ」
「……礼?」
「さっき俺の小説がバカにされた時、お前が庇っただろう。……まあ、風呂のついでだったみたいだが」
お兄様は私のおでこを、人差し指でぐりぐりと押した。
「今度は、風呂への熱意と同じくらい俺の小説を褒められるようにしとけ。いいな?」
「はい……」
私が呆然としながら頷くと、お兄様は「ふん」と鼻を鳴らす。ちょうど屋敷に着いたので、お兄様はすぐに降りていってしまった。
「お兄様って、もしかして……」
「ん? どうしたんだ?」
「いいえ、何でもないわ」
私は首を振って、曖昧にユーリさんに笑いかけた。
そして、そんな出来事があった数日後……。ついにお兄様との勝負がついたのだった。




