第60話 コラボの危機
ユーリさんと風呂カフェ2号店を下見した数日後のこと。
私達は再び出版商会に足を運んでいた。そして、予想外の返事をもらった私は、思わず叫んでしまった。
「コラボできないとは、どういうことですか⁈」
「大変申し訳ございません。諸般の事情により、理由はお伝えできません……」
「そんな……」
私は言葉を失う。しかし、商会長さんも心から申し訳なさそうにしていて、悪意から断っているわけではなさそうだった。どうやら、やむを得ない事情があるようだ。
私が戸惑っていると、ユーリさんが口を開いた。
「どうしてもお願いすることはできませんか? 伯爵家としてもぜひノーディ商会とご縁を繋ぎたいと考えていますが」
しかし、ユーリさんの言葉に商会長さんは重々しく首を横に振った。
「……大変申し訳ございません」
彼は申し訳なさそうに頭を下げるばかりだ。これ以上食い下がっても、困らせてしまうだけだろう。
「分かりました。そしたら、またご縁がありましたら」
「はい。その時はぜひよろしくお願いします」
そう言って、私達は出版商会を後にしたのだった。後ろ髪を引かれる思いで、出版商会を振り返る。
「……急に何があったのかしらね」
「分からない。だけど、公爵家と伯爵家の子供からの頼みを断るということは……より強い力が動いているという可能性もあると思う」
「より強い力……」
パッと思い付いたのは、王家の力だった。
だけど、国王陛下は幽閉されてるみたいだし、王子は今は監視のもとで勉学に励んでいるはずだ。先代国王のことは信用しているし、言葉に嘘はないはずだ。先代国王が私のことを邪魔するとも思えない。
じゃあ、私達より強い力って……?
「考えても分からないわね。とにかく今回の案が潰えたんだから、他の案を考えなきゃ。お兄様との賭けに勝たなきゃいけないものね」
「そうだな。俺も一緒に考える」
「ありがとう」
そうして私達は公爵邸に帰って、作戦を考え始めた。
「うーん。やっぱり風呂カフェに興味がない人もお客さんになって欲しいから……誰か有名な人を呼ぶ?」
「オペラ歌手とかか?」
「そうねぇ。ただ風呂カフェで歌ってもらうってなると、お風呂とカフェでゆったりしてもらうっていうコンセプトから外れる気がするわね……」
うーん。やっぱり有名な人を呼ぶのは、騒ぎになってしまうからやめた方がいいかしらね……。
「「うーん……」」
私とユーリさんは無言になってしまう。
二人で無言で悩んでいると……そこへとある人物がやってきた。
「ふん。苦戦しているようだな」
「お兄様……」
私達の元に現れたのは、お兄様だった。彼はメガネの奥で、馬鹿にしたように目を細めた。
「出版商会から話を断られたんだろう? やはり、お前が風呂カフェを続けるのは難しいと思うぞ。たった一週間、俺が出した条件を達成するのさえ難航しているんだからな」
「まだ店が始まってもいないのに、結果は分からないじゃないですか」
「いや、分かりきっている。お前は俺の出した条件を達成できない」
私はムッとして、お兄様を睨んだ。しかし、お兄様は私の視線に臆することはなく、言葉を止めない。
「確かに、風呂カフェ1号店は注目され、繁盛しているかもしれない。だが、それは目新しかったからだ。そして、2号店には1号店が開いた時のような目新しさはないはずだ」
「……」
「1号店で満足している人間は、2号店には集まらないはずだ。よって、お前は俺の出した条件を達成できない」
お兄様は鼻で笑って、私の顔を覗き込んだ。
「いい加減、風呂なんか下らないものに執着するのをやめたらどうだ? 体を清潔に保つ水浴びは必要だが、お湯に浸かる意味が分からない。酔狂としか思えない」
私はお兄様の言葉に体を震わせた。
「これ以上、貴族としての恥を晒すのはやめろ」
そう言い残して、お兄様は私の元から去って行った。体を振るわせる私の肩にユーリさんが手を置く。
「リディアさん……」
「…………いわ」
「ん?」
「あの兄! お風呂を馬鹿にして許せないわ!!!!!!」
「………うん?」
ユーリさんが首を傾げるが、私は止まらない。
「お風呂に入ることを酔狂とか言いやがったのよ! あんなに癒されて素晴らしいお風呂を! 許せないわ!!」
「そ、そうだな。許せないよな」
「決めた! ぜっっったいにお兄様の出した条件を達成して、お兄様をお風呂に入らせてやる! そして、“お風呂は素晴らしいです。俺が間違ってました。ごめんなさい”って言わせてやるんだから!!」
「う、うん……」
私は拳を握って、闘志を燃やす。
「そうと決めたら、もう一度出版商会に話をつけに行くわ!」
「えっ? もう一度か?」
「ええ! お兄様に目にものを見せてやりたいもの! もう一度、頼むだけでもやってみるわ!」
私が一人で意気込んでいる横で、ユーリさんがポツリと呟く。
「……それにしても、なぜ小公爵様は出版商会に断られたことを知っていたんだろうな」
しかし、ユーリさんの呟きは私には聞こえなかった。
⭐︎⭐︎⭐︎
俺の名前は、アレクセイ・ハミルトン。リディアと話した後、すぐに俺は自室に戻った。
ふぅと息を吐いて、側に控えている従者に声をかける。
「それで、本当にリディアと出版商会のコラボの話はなくなったんだよな?」
「はい。確かに商会長様から承認をいただいております」
「なら、いい。まったく、最初に商会長から手紙をもらった時は驚いた」
俺は商会長から手紙が届いた時のことを思い出し、ため息を吐いた。
「公爵家が出版商会に融資をしていてよかった。コラボの話自体をなかったことにして欲しいという要求を通しやすかったからな」
「お言葉ですが、そこまでの妨害はやり過ぎだったのでは……」
「……ここで簡単に成功してしまえば、アイツはつけ上がる可能性がある。ここから先もずっと成功できるはずだと視野狭窄になるに違いない。それに……」
俺は机の上で手を組み、従者を鋭く睨んだ。
「リディアに“あのこと”を悟られるわけにはいかないんだ。分かっているだろう?」
「……承知しております。出過ぎた真似をいたしました」
俺と従者は頷き合った。
さて。できる限りの手は打った。
もうリディアはロマンス小説とのコラボのことは諦めただろうし、俺は「自分のこと」に集中するとしよう。
まさかリディアがもう一度交渉しに行くことなんてないだろうからな。




