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第57話 嵐、巻き起こる



 兄の名前は、アレクセイ・ハミルトン。公爵家の長男で、跡継ぎとして執務を行なっている。


 お父様譲りの銀髪を持ち、フレームなしの眼鏡の奥では青く冷たい瞳が鋭く光っている。


「久しぶりだな、リディア」

「お兄様……」

「風呂カフェというものを始めたそうだな?」

「はい。ユードレイスで始めました」


 私の返答にお兄様は鼻で笑った。


「相変わらずの放蕩っぷりだな。貴族の自覚というものがまるでない。お前も貴族としての務めを果たしたらどうだ」

「ですが、風呂カフェは人気になっていて……」

「だから、なんだと言うのだ」


 お兄様はツカツカと私の前まで足を進め、至近距離で私を睨んだ。


「貴族の娘として生まれた者の義務とはなんだ? 少しでも条件のいい相手に嫁いで、その家の女主人として家を切り盛りすることだろう。決して風呂カフェを始めることではない」

「アレクセイ、言いすぎだ」

「父上は黙っていて下さい」


 みかねたお父様が口を挟むが、お兄様はそれを許さない。彼は再び私に視線を戻した。

 

「そもそも店が失敗したらどうする? 経営が困難になったら? 莫大な借金が残ったら? 王太子にも婚約破棄され、慰謝料で始めた店すらも失敗した“貴族令嬢の売れ残り”として、後ろ指を刺されるぞ」


 お兄様の言っていることは、悔しいけれど正論だ。前世の日本ならいざ知らず、ここは王族と貴族が権威を持つ世界。貴族の娘が店を始めることなど前代未聞だし、リスクは高い。失敗したら、私に行き場などなくなるだろう。


 それでも私は……。


「俺の話は分かったか? 分かったなら、風呂カフェなどやめて、無難な貴族家に嫁いで……」

「いやです」

「……何?」

「嫌って言ったんですよ、お兄様」


 私はべーと舌を出した。貴族らしくない振る舞いに、お兄様が思いっきり眉を顰めた。


「私は風呂カフェを始めることが夢だったんです。諦めることなんてできません。世界中にお風呂を広めるっていう夢を叶えたいんです」

「失敗しても、か?」

「やらないで人生を終えるより、挑戦して失敗した方がよっぽど後悔が残らないですから」

「……そこまで言うなら」


 そこで、お兄様は私の顎を指で持ち上げた。彼は挑戦的な視線を私に向ける。


「そこまで言うならば、新規店舗が開店してからの一週間で、ユードレイス店での一週間の売り上げの五倍を叩きを出せ」

「は⁈ 五倍⁈」

「そうすれば、お前が店を続けることを認めてやる。達成できなかった時は、公爵家に連れ戻し、王都に屋敷を持つ適当な貴族に嫁がせる」

「ユーリさんとは……」

「確かにウィギンズ伯爵家は名家ではあるが、王都から遠く、リディアを俺の監視下に置けないから反対だ。お前が何かやらかさないか、見張っていなければならないからな」

「……」


 つくづく、貴族としての体裁を気にする兄だ。本当に私とは考えが合わない。


 しかし、これはチャンスだ。お兄様にこれ以上文句を言われないようにするための。


 私は力強く頷いた。


「分かりました。お兄様の提案を受け入れます」

「リディア、そこまでする必要はないだろう。アレクセイもそこまでにして……」

「お父様、大丈夫ですから。私は私の道を進むし、もしその道に障壁があるなら乗り越えたいんです」


 私はお兄様の目を力強く見つめ返した。


「絶対にお兄様の言う条件を達成します。その代わり、達成できた時は今後の私の行動について二度と口出しをしないで下さい」

「やれるものなら、やってみろ」


 兄はようやく私の顎から手を離し、部屋から去って行った。


「ふん、お兄様も大概じゃじゃ馬じゃないのよ」


 私はやれやれと肩をすくめ、ユーリさんの方を向いた。


「ユーリさん、居心地悪かったわよね? ごめんなさい」

「いや、全然大丈夫だ。それより何も助けに入らなくて申し訳ない」

「恋人の家族に口出しするのって、かなり難しいことだから気にしないで」


 私達がそんな会話をしていると、頭を抱えた父が口を開いた。


「……リディア、私を頼れと前から言ってるだろう。私は息子を止める手伝いもさせてもらえないのか……」

「だって、あの提案を飲まなければ、お兄様は今後もことあるごとに私に文句をつけてきますよ。なら、ここで徹底的に叩き潰して黙らせた方が早いですもの」

「じ、実の兄を叩き潰す……」


 お父様が「困った娘だ」とばかりに頭を抱えている。


「まあ、でもお父様をまったく頼らないというわけではないんですよ」

「……どういうことだ?」


 私はにっこり笑いながら「お願い」のポーズをして、首を傾げる。


「公爵家が融資している出版商会の担当者を紹介して欲しいんです」

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