第六話 カイト、怒る
翌日の午前中には捜索隊の人たちが全員戻ってきた。昼ごろになると村の人達が集会所に集まってきて、建物の中はいっぱいになった。
昨日、僕が通された畳の部屋に背の低いテーブルが並び、集まった村人達の前で村長とフィー、僕が横に並んで座る。フィーは夢で見たときのフード付きのローブを着ている。今はフードはかぶってないけど、いかにも魔法使いだ。
村長が話し始めた。
「捜索隊の方々、ご苦労じゃった。途中、森の中で妖精に出くわした者もいたようだが、無事でなによりじゃ。そういえば昨日の夜、森の中で小規模じゃが魔力爆発があったようじゃな。少し妖精の機嫌を損ねてしまったのかも知れん」
あれ?昨日の夜はミミは僕といたハズなのに・・・。あとでミミに聞いてみよう。
「・・・カイト殿は偶然にもこのコード村を見つけ、訪れてくれた。しかし昨日は夕暮れ前だったこともあってまだ何も話しておらん。さっそくじゃが、カイト殿を呼んだ理由と今までのこと、そしてこれからのことを、フィーから話してもらおうと思う。今日話す内容には今まで発表しなかった重大なことも含まれる。他の村から移ってこられた方も知らぬことが多いと思うゆえ、いっしょに聞いてほしい。では、フィー。よいかな?」
フィーは軽くお辞儀をして、話し始めた。
「はい。ご存知の方が多いと思いますが、カイトさんに分かるように事の始まりから話していきます。
このコード村の北、二十デパスのところにホピ村という村がありました。
六年ほど前・・・。その村の巫女のヒュルムが突然『世界を支配する』と言い出し、巫女の強い魔力を使い村を支配しました。その後近くの村を次々と攻め、自分を頂点とする王国を作り拡大していったのです。
私たちのいる世界『コロンドニア』では長い間、戦争は起きませんでした。
それは、『妖精』の機嫌を損ねるようなことをすれば、自分たちが消されてしまうことを知っていたからです。六百年前に起きた『カラスコ戦争の悲劇』は人類史上もっとも多くの死者を出したとともに、妖精の力の強大さを示す出来事として、現在まで言い伝えられてきています。
ここ、コード村には、ヒュルムに村を襲われて移ってきた方もいます。
私はコード村の巫女として出来うるあらゆることを考えました。しかし、未来を予測する星の流れを変えることは出来ませんでした。星の流れを見るかぎり『コロンドニアはヒュルムに支配される運命』と、どうしても出てしまうのです。
どうやって、妖精たちの存在するこの世界を人間であるヒュルムが支配するのか。
それは、そのころの私には想像も出来ませんでした。
私は巫女としてできることの限界を感じました。でもあきらめるわけにはいきません。そこで、先祖代々マシメ家と対立してきた技術家系、イージー家に協力を求めました。巫女の自然界から得る魔力と、技術家系で築きあげた科学の力を合わせれば、流れを変える新たな何かが出来るのではないか、と。
イージー家の現当主、今そこにおられるタルマ殿は、この申し出を快く承諾してくれました」
フィーがそう言うと一人の痩せた男の人が立ち上がり、ペコペコと頭をさげた。昨日、森の中で僕を見て驚いた、あの人だ。おじさんというほどではないけど、見た目でフィーよりもずっと年上だと分かる。でも髪の毛はボサボサだし、どこかオドオドしていて落ち着きがない。
「彼のイージー家と私のいるマシメ家が協力しついに見つけた方法が、別宇宙の人間をコロンドニアに呼ぶことだったのです。そしてこれが、その結果生み出された装置。クロス・ユニバースです」
フィーがそう言うと、フィーと同じ格好をした女の人がそれを持ってきた。それは、僕の夢の中でフィーが両手をかざしていた、あの水晶のようなものだった。
装置といってもスイッチや計器類はどこにもない。野球のボールくらいの大きさの真っ黒な球が、転がらないように白い台座に乗っているだけ。見ただけではそれが何をするものなのかさっぱり分からない。
「これに私の魔力を注ぐことで別宇宙との間に扉を開くことが出来ます。ただし、それは四年間に一度訪れる、別宇宙との空間位相が重なり合っている二ヶ月間だけです。ですので、カイトさん」
「え?・・・あ、はい」
急にフィーが真剣な表情でこっちを向くから、びっくりした。
「今回はすでに位相が重なってから十五日間ほど経っています。あと一ヵ月半以内に自分の世界へ帰らないと、カイトさんが戻れるのは四年後になります」
時間に限りがあるなんて、考えてなかった。
「一ヵ月半・・・・」
「はい。一ヶ月半です」
フィーはまたみんなの方を向いて話し始める。
「四年前、初めてこのクロス、・・・私たちはクロス・ユニバースを単にクロス、と呼んだりしますが・・・私たちはこのクロスを使い、星の流れを変える能力をもっとも強く持つ人間を見つけました。それが、カイトさんだったのです。
しかし、実際にはカイトさんの姉上であるコノハさんが来てしまいました。どうしてそうなったのかは、コノハさんのお話から分かっています。
私たちは再びクロスを使ってカイトさんを呼ぼうとしましたが、コノハさんの強い反対にあい断念しました。コノハさんは『そのかわり、カイトではなく私が戦います』と言い・・・。
クロスには『戦士召喚術』が施してあります。くわしくは省きますが、扉を通過するときに将来必要となる能力がその人間に備わるように術がかけられています。
コノハさんの場合、人間離れした身体能力に加え、・・・後から分かったことですが、ヒュルムの魔法を無力化する能力が備わっていました。
戦略、戦術的理由から、私とコノハさん、戦士ジャン・ドット、技術者タルマ・イージーの四人で北のヒュルムの城に向かいました。
すべてを二ヶ月以内に終わらせ、コノハさんには無事に戻っていただくハズでした。しかし、予想外のことが度重なり二ヶ月はあっと言う間にすぎ、戦いは長期化してしまいました。
半年ほど前、ついに城の内部に潜入し、ヒュルムを追い詰めることができ・・た。しかし、そこ・・・で・・・・」
フィーが黙ってしまい、集会所のなかは静まりかえった。フィーはまるで急に声が出なくなったみたいに、青白い顔で口をパクパクさせている。額に汗がにじみ、かすかに体が震えている。
「そこから先は、私が話そう」
金髪に青い瞳、それでいて忍者みたいな格好をした人が立ち上がって言った。背が高い。女の人みたいにキレイな顔だけど、放つオーラが明らかに周りの人たちとは違う。腰の左右にはそれぞれ、鞘に収まった短刀があった。
その人は前に出てきてフィーと僕の間に座った。
「ジャン・ドットだ。フィーはまだそのときのショックを引きずっている。続きは私が話そう」
さっきフィーが言ってた戦士ジャン・ドットだ。年はたぶんフィーと同じか少し年上くらいだと思う。
「ヒュルムを追い詰めたとき、彼女を背後で操るすべての元凶が姿を現した。黒の妖精だ」
ザワザワと集会所の中がうるさくなった。かまわずにジャンは続ける。
「妖精に出会ったときはどうすべきか、我々は幼少のころから教えられている。戦士として育てられた私も例外ではない。黒の妖精を目の前にして、私とフィー、タルマは考えるより先に走り出していた。この反応はコロンドニアでは当たり前のことだ。
しかし、コノハは違う。コノハにとっては、早く戦いを終わらせることが最優先だったのかもしれない。彼女は逃げなかった。彼女にも、もっと妖精のことを話しておくべきだった・・・」
それは、つまり・・・お姉ちゃんを置いて逃げたってこと?
「カイト殿、すまない。我々には、成すすべがなかったのだ」
ジャンは僕のほうを向いて座りなおし、頭を下げた。
ジャンが何を言ってるのか理解するのに、少し時間がかかった。そして、
「・・・・・・・すまない、じゃないよ」
ジャンみたいな、見るからに強そうな人が何言ってんだよ。怒りが僕のなかで膨張した。
「そっちが勝手に呼んだくせに、何言ってんだよ!」
僕は立ち上がりたくさんの人たちの前で、目の前のジャンとフィーに怒鳴った。
「お姉ちゃんはもともと全然関係ないじゃないか!それでも、ここの人たちを助けるために戦ったんだろ?三年半も・・・。僕だってお姉ちゃんに会いたかった。お姉ちゃんだって早く戻りたかったはずだよ。友達も家族もいないこっちの世界に来て・・・、それでも、自分とは関係ない、あなたたちのために戦ったんじゃないか!そのお姉ちゃんを置いて、どうして自分たちだけ逃げて来れるんだよ!」
フィーがジャンの後ろで涙を流す。
「ごめん・・・なさい、ごめ・・なさ・・い・・・・」
村長はフィーの肩を抱き、
「カイト殿、アナタの姉上を救えるのは戦士召喚術を受けたアナタだけなのだ。どうか気を静めてくだされ。今のアナタには、未来を切り開く能力が備わっているはずじゃ」
集会所に集まっている人達の視線が立ち上がった僕に集まっている。こんなにたくさん大人の人達がいるのに、自分達では戦おうとしない。僕は苛立った。
「半年前って言ったよね。お姉ちゃんがまだ無事だってどうして分かるの?」
フィーが涙に濡れた顔を上げて言う。
「このクロス・ユニバースには、呼び出した戦士の生体と、精神の情報が記録されています。その戦士が自分の世界に戻るか、死んでしまうと、自動的に記録が消えます。・・・コノハさんのものは消えていません」
フィーのその声は、今にも消えてしまいそうなほどに小さく、かすれていた。
ジャンは表情を変えずに僕の目を見て、
「私達はすでに覚悟を決めている。必ずコノハを助け、ヒュルムを倒す。でも、カイト殿。それにはアナタの能力がどうしても必要なのだ。どうか、いっしょに戦っていただきたい」
そう言うと、また頭を下げた。
フィーと目が合う。フィーは涙をぬぐい僕を見据え、視線をそらそうとしない。
「覚悟・・・ですか?」
僕が聞くと、フィーはうなづいた。
そのとき、僕のダウンジャケットの左胸の辺りが青白く輝きだし、部屋の照明が一瞬まぶしく光ったと思うと「パシュッ」という音とともに焼け落ちた。
「ならばその覚悟、いまこの場で示しなさい!」
ミミの声が集会所に響き渡る。
集まっている人達の表情が恐怖に歪んだ。
ミミはダウンジャケットの裏から、まぶしく光り輝いて出てきた。
「ぅわああああああああああああああああああ!」
集会所の中はパニックになった。たくさんの人達が一気に出口へ向かい、叫びながら逃げていく。逃げる途中で転び、後ろから来た人に踏まれる人もいた。お互いにぶつかりあい、転び、振り向きもしないでただ前だけを見て走って行く。
僕はとても醜いものを見たような気がした。
集会所のなかは急にさびしくなった。残ったのは僕とジャン、フィー、村長、そして技術者タルマの五人だけだった。
ミミは輝きを少し抑えた。
戦士ジャンは左右の短刀を抜き、それぞれ逆手に持ち構えている。フィーと村長はジャンに守られる形になってたけど、それでもミミをしっかりと見据えている。技術者タルマはお腹や顔を踏まれたみたいでひっくり返ってもがいていた。でも、こちらに背を向けてはいない。
「なるほどね。覚悟というのはマンザラ嘘でもなさそうね。これで私を見て逃げなかった人間はカイトだけじゃなくなったわ」
ミミは満足そうだった。
ジャンが二本の短刀を構えミミから目を離さずに僕に聞く。
「カイト殿、これは一体どういうことなのか、説明していただけないか」
ミミは自分を見た人間たちが驚き、大騒ぎになることを嫌がっていた。僕がたくさんの人たちの前で立ち上がってるときに出てくれば、こうなることは分かっていたはずだ。なのに、自分から出てきた。それはきっと、僕のためだ。
説明しろと言われたら、僕のセリフは決まってる。
「ミミは、僕の友達だよ」




