第五話 異世界の村
森の中の道は踏み固められていて、意外に歩きやすかった。
時々、木々や葉の隙間から日の光が斜めに射し込んで空気がキラキラと光る。あちこちで名前の分からない花が、土の道の両端に色をつけていた。
となりでミミがフワフワ浮いていなければ異世界に来たとはとても思えない。
時計は持ってこなかったけどたぶんもう夕方近いと思う。三十分くらい歩いたころ、森の出口が見えた。
「なんか僕、緊張してきちゃった」
「今さら何言ってんのよ。とにかく私がいっしょだってバレたら大騒ぎになるんだから、うまくやりなさいよ」
ミミは僕のダウンジャケットの内側に隠れる。歩いてたら少し暑くなったけど、ミミがいる左胸のあたりだけなぜか涼しい。
森の出口から少し坂を下った先に村が見えた。異世界に来たはずなのに、日本の田舎の風景とあまり変わらない。藁葺き屋根や赤い瓦の屋根の家があり、道はまっすぐ村の中につながっている。
ミミに気を付けながら、僕は村に入っていった。すると、
「ちょっと、そこの方。もしかして紫暮カイトさんかい?」
いきなり、時代劇に出てくる商人みたいな格好の男の人に呼ばれた。白髪まじりのおじさんだ。
「あ、はい。そうですけど・・・」
なんで僕の名前知ってるんだろう?
「やっぱり。その風変わりな格好はそうじゃないかと思ったんだ!」
村人はうれしそうに言う。
「まったく、捜索隊のやつらは何やってるんだかねぇ。どうぞ、こちらへ。村長のところに案内します」
言われるまま、その人について行く。
小さい声でミミに話しかけた。
「なんで僕のこと知ってるのかな?」
「そんなこと私に聞かないでよ。分かるわけないでしょ?」
ヒソヒソ声が聞こえたのか、村人が「どうかなさいましたか?」と聞いてきた。
「あ、いえ、なんでもありません」
ミミと村の中で話すのはやめておこう。
その人の後について歩いていると、小さい子や女の人たちとすれ違った。男の若い人はあまりいない。すれ違ったうちの何人かが、僕を見てあわてて走っていった。
案内されたのは「集会所」と門に書いてある建物だった。中には少し広めの畳の部屋があり、奥に長い白髪と白ヒゲのお爺さんが、あぐらをかいて座っていた。
すすめられるまま座布団に座る。
「あなたを捜しに捜索隊が出ているのですが、どうやら行き違いになったようですな」
お爺さんはヒゲにかくれた口をモゴモゴさせながら言った。
「村長、私はマシメ家の方を呼んできますので」
僕を案内してくれた人がお爺さんに言う。
「ああ、フィーならそろそろ、噂を聞いて来るじゃろうて」
割ぽう着姿の女の人がお茶を持ってきてくれた。普通の緑茶と思って口に含んだら、メロン味で甘かった。
ドタドタドタ・・・・
入り口から音をたてて女の子が飛び込んでくる。
「来ましたか!カイトさん」
あの女の子だ!
今はフードをかぶってないけど、夢の中で僕を呼んでいた女の子。声と雰囲気で分かる。
息を切らしながら、その女の子は僕を見て目をウルウルさせる。
「良かった。今度こそ本当にカイトさんだ」
夢の中ではフードにかくれていたけど、この子もミミと同じ水色の長い髪をしている。実際に見てみると僕より少し年上みたいだ。
「フィーファ・マシメといいます。フィーとお呼びください」
「あの・・・はい。紫暮カイトです。あの、夢で・・・」
どう説明すればいいんだろ、と考えていたら、フィーが話し出した。
「はい、分かっています。私が『戦士召喚術』でカイトさんを呼びました。話せばとても長くなるのですが・・・」
フィーはチラッと村長のほうを見て、頷いた。
「今日はもう日が暮れますので、ゆっくりお休みください。ここにも泊まるための設備がありますが、もし良かったら私の家に来ていただいても結構です。お姉さんのことも含めてすべては明日、捜索隊のみなさんが戻られてからいっぺんにお話しします」
僕は「お姉さん」という言葉に反応した。
「お姉ちゃんは今、どこにいるの?」
「え?」
フィーは少したじろいで言いにくそうに、
「え・・・あの、北のほうにいます。ここからだと、歩いて二十日間ほどかかります」
念を押す。
「大丈夫、無事、なんだよね?」
フィーは僕のほうを見ないで、話すかどうか迷ってるみたいだった。
「えと・・・あの・・・・」
村長が立ち上がり、割り込んできた。
「重要なことはすべて明日お話しましょう。私としてはマシメ家に泊まることをお勧めしますが、どうなされますかな?」
ミミが僕のお腹のあたりをつつく。
「あ、あの、今日はここでいいです」
「うむ。では、念のため警備の者を二名残します。夕食はいま持ってこさせましょう。どうぞ、ゆっくりお休みくだされ。フィー、捜索隊を呼び戻してください」
フィーが頷く。
「はい。明日の午前中には皆さん揃うと思います」
気づけばもうすっかり外は夕方の赤い色に染まっていた。
村長とフィーが出て行き、夕飯が運ばれてくる。焼き魚と白いごはん、それに味噌汁とサラダ。本当にここ異世界なの?って思っちゃう。
村の真ん中の広い道には木で出来た電柱みたいなのがあるけど、電線は見当たらない。しばらくして辺りがすっかり暗くなり、電柱の上のほうに付いてるトイレットペーパーの芯みたいなのが光って夜道を照らした。そのトイレットペーパーの芯は部屋の中にもあって、壁のスイッチを押すと明るく輝く。そっくりだけど、やっぱりどこか違う世界だ。
食事が終わり、割ぽう着姿の女の人が出てきて片付けてくれた。片付け終わるとその人も自宅に帰っていった。
テレビがあるわけじゃないし、やることがない。寝るには少し早いような気もしたけど、部屋の照明を消す。
集会所の窓は大きくて外が良く見える。空には星が輝いていた。
「ここにもオリオン座があるのかぁ」
僕はダウンジャケットのなかのミミに話しかける。
「ねぇ、もう誰もいないよ」
ミミは出てきて「うーん」と大きく伸びをする。
「あー、やっと開放されたわ。明日もこんな感じなのかしら」
ミミは夜に見ると余計に明るく、水色に輝いている。
「そんなに明るいと警備の人に見つかっちゃうよ」
「ああ、そうね」
そう言うと、ミミは光るのをやめた。
「明るさって変えられるの?」
「光ろうとしてるわけじゃなくて、魔力が強すぎて外にあふれちゃってるの。だから、やめるのは簡単よ」
押入れを開けてみたら布団や寝巻き、タオルが何枚か入っていた。どこまで日本と同じなんだろう?
僕が布団にもぐると、ミミもなかに入ってきた。
窓ごしに星を見ながら、僕たちは眠った。




