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第四話 崖の下にて

 気持ち悪い。

 僕は浮いてるのか、それとも倒れているのか・・・

 ぐるぐると世界が回っているような感覚。

 どこか遠くから、女の子の声が聞こえてくる。

「ちょっと!何なの?早くどきなさいよ!」

 でも体が動かない。

「ほら、ちょっと!もうー」

 ドンッ!

 背中を叩かれた。

 そのせいか、意識は少し戻ってきたけど、まだ視界はボヤけている。水色の蝶の飛ぶ姿がうっすらと見えた。

「私の上に落ちてくるなんて、アンタ相当ドジね」

 え?蝶がしゃべった?

 急に両足に激痛が走る。

「つっ、あ、・・・あぁ!」

 痛すぎてまともな声にならない。

「あら、アンタ足が折れてるじゃない。痛い?ふふっ、いたぁーいのぉ?」

 蝶は僕が苦しんでいるのを楽しむような口調で言った。

「いっ・・・た・・はぁ、・・・い!」

「治してあげても良くってよ?私の言うことを聞くなら」

 早く、治せるなら早くして!

 僕は無言で何度もうなづいた。

「なら、足を治しても私から逃げないって約束して」

「わ、・・・ぁ、・・・分かった、から!」

「もし逃げたら、殺すわよ」

 蝶は脅すようにそういうと「何か」をした。

 そのとたん、本当に痛みは消えてしまった。意識も、視界もはっきりした。

 僕の目の前には、蝶・・・ではなく、水色の羽根と長い髪、赤い瞳を持った、手のひらサイズの女の子がいた!

「え・・・・」

「あら、ほんとに逃げないのね。それとも怖くて動けないのかしら」

「よう・・・せい?」

「そうよ、妖精。水色のミミ・ファルム。まさか、知らないわけじゃないでしょ?」

「えっ・・・と・・・知らない」

 妖精は「んっ」とつまったあと「まぁいいわ」と言って去ろうとする。

「ねぇ、待って。ここってどこなの?」

 僕は崖から飛び降りてからどうなったんだろう?

 ずいぶん長い間眠っていたような気もするし、そうでないような気もする。

 フワフワと浮きながら妖精は振り向く。

「どこって・・・」

 怪訝(けげん)な顔で、

「コロンドニアのファルムの森よ。アンタこそ、どこから来たのよ。私のこと知らないなんて、まぁ・・・ウソでもどうでもいいわ。約束どおり逃げなかったんだから、殺さないでおいてあげる。あとは勝手になさい」

 面倒くさそうに言うと、森の中に行ってしまった。


 改めて周りを見わたす。

 雪はどこにもない。僕の背中にはあの崖があり、僕の前には、あのスキー場と同じように森があった。あの場所がそのまま春になったら、きっとこんな感じだろう。もし妖精に出会わなかったら「時間を飛び越えた」と思ったかもしれない。

 そうだ。ここは異世界だ。妖精がいるような、異世界なんだ。

 じんわりと実感がこみあげ、小さくガッツポーズをした。

 僕が来れたってことは、お姉ちゃんも四年前ここに来たはずだ。今まで「お姉ちゃんは生きてる」と口で言ってきたけど、それは感覚でしかなかった。でも、今はもう違う。


 さっきまで痛かった両足は見るからに痛々しかった。スキーブーツの足首より下がボロボロに折れて、というか、砕けてなくなっている。靴下が丸見えだ。板は見当たらない。

 僕はふくらはぎを締め付けているブーツの残りを外し、腕に結び付けていたスニーカーを履いた。ニット帽を脱いでダウンジャケットのポケットに入れる。

 少し、頭の中を整理しよう。

 スキー場でいきおいをつけて崖から飛び降りた。そこまでは覚えてる。

 気づいたら両足を骨折した状態でここにいた。あの崖の上から飛び降りただけで、スキーブーツってこんなに砕けるもんかな?


 崖の上の方を見上げたとき、森の中から悲鳴が聞こえた。


「妖精だ、逃げろ!」

 何人かが一斉に声をあげ、森の中を走る音がする。

 一人の男の人が、ガサガサ、バキ、という音といっしょに木のかげから飛び出してきた。

 僕もびっくりしたけど、向こうも僕を見て驚いたみたいだ。目をまん丸にして固まってしまった。

 そこへ、さっきの妖精がフワフワと飛んでくる。

「なによもう、最悪。やんなっちゃう」

 男の人は目をまん丸にしたまま首をまわして妖精を見ると「ひっ」と叫んで行ってしまった。

 妖精はブツブツ文句を言いながら僕のほうへ来る。。

「まったく!空から降ってきたのにはつぶされるし、森ではアイツ等に会うし、なんて日なのかしら!」

「ねぇ。えーっと・・・。名前なんだっけ?」

 ため息をつく妖精に話しかけてみた。

「さっき言ったでしょ。ミミ・ファルムって。アンタ、人間のくせに少しなれなれしいんじゃない?」

「みんなみたいに逃げたほうがいい?」

 フワフワと浮いて水色に淡(あわ)く光る妖精は、すごくキレイでかわいい。

「そ、そんなことないわよ。逃げるなって言ったのは私でしょ。まったく、なに言ってるのかしら」

「ねぇ、ミミ」

「ミ・・・ア、アンタ。いきなり名前で呼ぶなんて、本当に私が怖くないの?」

 ミミは僕の顔の前でフワフワ浮きながら言う。

「怖くないよ。足を治してくれたのに、なんで怖がると思うの?」

 逆に聞かれて、ミミは「んーっ」と言葉につまってしまった。

「こんなに人間と話をするなんて生まれて初めてだわ。アンタ、名前は?」

「僕は紫暮(しぐれ)カイト。カイトって呼んでよ」

「じゃぁ、カイト・・・」

 そう言ってミミは腕を組み、しばらく何か考えていた。そして、

「特別に、アンタを私の手下にしてあげるわ」

 ふんぞり返って言った。

「ええー、手下ぁー?」

 「手下」なんて言ったら悪役の子分みたいだ。僕は心からイヤな顔をした。

 ミミは驚いてこっちを見る。

「な、なにイヤがってんのよ!妖精の手下なんて、人間がそう簡単になれるもんじゃないでしょ!」

「んー、良く分かんないけど、友達でいいじゃん」

 ミミは「あきれた」とでも言いたそうな顔だ。

「アンタ、どこまで怖いものなしなの。妖精と人間が友達?そんなの、聞いたことないわ」

「じゃぁ、僕が手下だったらミミは親分だね。ねぇ、おやびーん」

 ちょっとフザケてみた。

「クッ・・・・あぁんもうっ、分かったわよ!『おやびーん』なんて呼ばれたら私の威厳が地に堕ちるわ!」

 ミミは「ふぅっ」とため息をつき、両手をヒラヒラさせて続ける。

「ハイハイ、友達ね。それでいいわ。人間に恐れられる最強の魔法種族が、人間と友達。それはそれでまぁ・・・」

 そこまで言うと、少し笑った。


 そうか。魔法だったんだ。ミミは魔法で僕の足を治してくれたんだ。でも、どうしてここの人たちはミミから逃げるんだろう?

 このミミが本当に人間を殺すなんてとても思えない。でも、人を殺したことがあるの?なんて、さすがに聞けない。もし「ある」と答えられたら、どう返していいのか分からないから。


「さっき足を治してくれたのも、魔法なの?」

「そうよ。感謝しなさい」

 ミミは胸をはる。

 僕は立ち上がって、その場で足踏みをした。

「うん、大丈夫みたい。ありがと」

「当然よ。私が治したんだから」

 ミミはさらにのけぞった。

「あのさ、僕のお姉ちゃんなんだけど、紫暮(しぐれ)コノハって女の子知らない?僕と同じで妖精を怖がらないと思うけど」

「今まで私を見て逃げなかった人間は、アンタが初めてよ。それに人間のことは知らないわ。知ってるのは悲鳴の種類くらいね」

「あはは・・・」

 苦笑いしか出ない。


 それから、僕がこことは違う世界から来たこと、四年前にいなくなったお姉ちゃんを捜しにきたこと、夢の中の女の子のことを伝えた。

「ふーん、そうなの」

「あんまり驚かないんだね」

「人間のやることだもの。興味ないわ。どうせ、その夢に出てきたって女が何かしたんでしょ」

「その女の子のこと・・・知らないよね?」

「ええ。でも、四年前・・・。確かに、ここら辺の人間たちが騒がしい時期があったわ」

「え、そうなの?」

「森を抜けたところに人間たちの村があるから、行けば何か分かるかもしれないケド・・・行ってみたら?」

 ミミは視線をそらし、チラリと僕を見た。それは「私は行きたくない」というふうだった。でも、出来れば案内してほしい。

「ねぇ、僕をそこに連れてってよ」

「私が行ったらとんでもない大騒ぎになるわ!」

「村に入るときに隠れてば、大丈夫だよ」

「んー。そうねぇ・・・」

 しばらくミミは考えて、

「私、生まれてからずっとこの森から出てないし、そろそろ飽きてきてたし・・・まぁ、いいわ。行きましょ」

「ありがとう!」

「別に、アンタのためじゃなくて、私が森を出てみたいって、それだけよ」

 そう言ったけど、なんだかうれしそうだった。

「森からずっと出てないって言ってたけど、ミミって今何才なの?」

 得意気にミミは言う。

「ピッチピチの七十二才」

 驚いた。

「もしかして、お婆ちゃん?」

「お、お婆ちゃんじゃないわよ!人間といっしょにしないで欲しいわ!そういうアンタはいくつなのよ?」

「十才」

「はぁ?十才?なにそれ、幼虫?」

「よ、幼虫じゃないよ!人間は幼虫になんてならないもん!」

 ミミはお腹をかかえて笑った。

「あはは、知ってるわ。お婆ちゃんなんて言われたから、仕返しよ」

「な、・・・もう」

「さ、行きましょ」

 ミミはやっぱりなんだかうれしそうだ。

 僕たちは森の向こうの村に向かって、歩き出した。

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