第七話 妖精の力
「ミミは、僕の友達だよ」
僕がそう言ったあと、ジャンもフィーも村長も、思考が停止したみたいに動きが止まった。沈黙を破ったのは踏まれてもがいていたタルマだった。
「あー、いたたたた。ひどい目にあいました」
タルマはボサボサの頭をかきながら言う。
「妖精と友達ですか。ははっ、なるほど。何も先入観を持たずに接すると、そんなことも起こるわけですね」
ミミは腕を組み、タルマを見て言う。
「アンタ、昨日森の中で『ほへひー!』とか悲鳴あげて逃げてたじゃない。今日はずいぶんと余裕ね」
タルマは乱れた服をきれいに直し、正座して両手をヒザの前の床につけた。
「恐れながら、ミミ様。私は臆病な人間です。虫けらのように殺されるかもしれないと思えば逃げ出します。しかしミミ様は今『覚悟を示せ』と言われた。あのとき、コノハ一人を置いて逃げてしまったことを後悔し、この半年間私は自分を責め続けました。いまミミ様からそう言われ、どうして逃げ出しましょう。このまま自責の念にかられ生き続けるくらいならば、勝利の可能性ゼロといえども、戦う覚悟があります」
さっきまでのオドオドした感じはまったくない。とても低く落ち着いた声だった。その眼は水色の妖精ミミ・ファルムをまっすぐに見つめ、そこに恐怖の色はなかった。続けてタルマはジャンのほうを向いて言う。
「そこにいる二人、・・・いえ、村長を含め三人も、言うまでもなく私と同じ覚悟かと」
ジャンは抜いていた左右の短刀を鞘に戻し、タルマと同じように正座して頭を下げた。フィーと村長もそれに続く。
タルマは言う。
「カイト殿、どうか分かっていただきたい。あなたの言うとおり、私たちは自分達の都合であなた方をこちらの世界へ呼び、協力を求め、姉上のコノハを危険にさらしている。あなたが怒るのは当然だ。しかし我々には、懸ける命はあってもコノハを救出する術がない。それはカイト殿、あなたが持っています。どうか私たちに協力してほしい」
クロス・ユニバースが僕に与えた力。僕にはよく分からない。
「もともと、僕は一人でもお姉ちゃんを助けに行くつもりでした。でも、一人で・・・」
そこまで言ったとき、ミミがチラっと僕のほうを見た。
「うん。・・・ミミといっしょに二人で行くつもりでした。でも・・・」
僕は一度区切って深呼吸をした。感情を落ち着かせたかった。
「・・・・さっきはごめんなさい。お姉ちゃんを助けるのが成功したら、僕も、あの、・・・手伝います」
最初はタルマを頼りない大人って思ったけど、今いる人たちのなかでは一番信頼できそうだ。
「ありがとう」
タルマはそう言ってまた頭を下げた。
僕の前でフワフワ飛んでいたミミは僕の左肩に座り、
「カイトがそうするなら私も手伝うわ。その黒の妖精ってヤツは知らないけど、私と同じ種族がからんでるなら放っておけないし」
みんなはミミの「手伝う」という言葉を聞いて驚いたようだったけど、すぐに表情が明るくなった。特にタルマは大げさなくらいに喜んだ。
「ありがとうございます。勝機が見えてきます!」
ジャンの後ろにいるフィーが、まだ少しかすれている声で話し始める。
「では・・・。村の皆さんはいなくなってしまいましたが、もともとお話しする予定だったことを、ミミ様とカイトさんにお話ししておきたいと思います」
僕はミミを左肩にのせたまま座る。
「ヒュルムに黒の妖精がついている以上、クロス・ユニバースで能力を身につけたカイトさんでも勝てるかどうか・・・正直に言いますと、予想がつきません」
「あの・・・聞いてもいいですか?」
僕は昨日からずっと気になってたことを質問した。
「妖精の力ってゆうのはどれくらい強いんですか?」
ここにいる全員が知っていることを聞くのは少し居心地が悪かったけど、知らないよりはいい。
フィーの手前にいるジャンが言う。
「妖精がその気になれば、星を丸ごと破壊できると言われている」
今度は僕が動きを止める番だった。
星を破壊?
それはどれだけの力なんだろう。学校の社会の時間に先生が「冷戦時には地球を数十回破壊できる核爆弾が世界にあった」って言ってた。妖精の力は核爆弾と同じくらいか、それ以上に強いってこと?
「あらーん。カイトちゃんは今さらビビッちゃったのかしらぁ?」
耳元で突然ミミが話し出すから体がビクッてなった。
「そ、そうじゃないよ。驚いただけ。それより、耳に息吹きかけるの禁止!」
ミミは肩から僕の頭の上にフワフワと移動する。
妖精を見たらまず逃げるっていう村の人たちの気持ちが、少し分かったような気がする。もう一つ僕は質問した。
「妖精はこの世界に何人くらいいるんですか?」
今度はタルマが答える。
「はっきりとしたことは分かっていません。ただ、妖精を研究することに村の全員が命を懸けている特殊な村があるという話を、旅人から聞きました。ここから六十デパスほど南東に行ったところです。フィーが話そうとしていたことと重なりますが、いいですか、フィー?」
フィーがうなづき、タルマが続ける。
「私たちは、その村、ポラリス村といいますが、そこに行けば黒の妖精に関する何か有益な情報を得られると考えています。六十デパスですから、普通に歩いて移動していてはそれだけで二ヶ月終わってしまいます。短時間で移動できる乗り物が必要と考え、そのためにクロスに続き開発したものが村の東の出口に置いてあります」
タルマは話し終わると、ニヤリとした。
村長が後を続ける。
「その乗り物、えー名前はオマール号といったかな。それに乗って、明日ポラリス村へ出発する予定ですじゃ。ここまでは、カイト殿が来てから滞りなくことを進めるため、予め計画されていたことじゃが、ポラリス村でどんな情報が得られるかは分からん。その先はそれから考えねばならん」
村長がフィーに目で合図し、フィーが話し出す。
「はい。話す予定だったことはこれで全部です。でも、村の人たちにも計画のことだけでなく、ミミ様とカイトさんのことを話しておかないといけません。今後に差し支えると思うので・・・」
「そうじゃな。ワシらで一軒一軒まわって説明したほうがいいじゃろう。ジャンとタルマも手伝ってくれ。皆が村から出てなければいいがのぉ」
そう言って村長は三人を連れて集会所から出て行った。
僕とミミは集会所で待ちぼうけだ。ミミは頭の上から僕に話しかける。
「お姉さんがいる場所が分かって良かったじゃない。これも私のおかげね」
僕はミミを頭にのせたままその場に寝転がった。「キャッ」とミミが声をあげる。
「んもう、動くなら先に言いなさいよ!」
「うーん。なんか疲れちゃった。年上の人たちにあんな風に怒鳴っちゃったの初めてだよ」
ミミは僕のお腹の上あたりをフワフワと浮いている。
「ねー。そうでちゅねー。カイトちゃんがんばりまちたねー」
「何その言い方。子供扱いしないでほしいね」
「なによ、まだまだアンタ子供じゃない。子供扱いされてトーゼン!」
ミミからそう言われて、僕は言い返せなかった。
考えてみれば、お姉ちゃんとフィーやジャン、タルマは、三年以上もいっしょに戦ってきた仲間なんだ。三年間という時間は、もしかしたら家族のように強いキズナを作ったのかもしれない。その証拠に、フィーはお姉ちゃんを置いて逃げてしまったときのことを話すことさえ出来ない。どれだけ深く後悔したら、声に出すことすら出来なくなるんだろう。
ジャンやタルマだって、強く後悔したからこそ命を懸ける覚悟まで出来るんだ。そんな人たちに怒鳴るなんて、・・・なんて僕はバカなんだ。
胸のあたりがチクチクと痛んだ。
て、痛っ、あれ?
「ミミさん。・・・何をしているのかな?」
ミミは小さい手の先に光るトゲみたいなものをつけて、服の上から僕の胸を突付いていた。
「アンタにも心の痛みを教えてやってんのよ」
「え、なんでそんな、あ、ちょっ、痛っ!」
手を振り上げて「この幼虫!」と言いながら最後の一刺しをした。
「ほんの冗談よ。フン!」
痛いのは冗談にならないよ。
ミミは光るトゲを消して、腕を組む。
「なんで怒ってるの?」
「怒ってなんかないわよ! アンタが『もともと一人で行くつもりだった』なんてバカ言うから、ちょっと、そう、その・・・ちょっとイラついただけよ!」
もしかして、ミミはさみしかった?
僕は素直に「ごめん」と言って、
「でも、ちゃんとそのあと『二人で』って言い直したでしょ?」
「ん。まぁ、そうね。アンタ、私と、その・・・トモダチって言うなら、私がいること忘れないでよね」
ミミは恥ずかしそうにプイっと、お腹の上で向こうを向いた。




