第三十六話 ミミとレグ
地上に降りてレグが赤い球体を消すと、中にいたみんなが姿を現した。
みんなは元気で、フィーはもう完全に回復したみたいだった。お姉ちゃんは僕のダウンジャケットと青いマフラーに包まれたまま、ジャンに抱きかかえられてまだ眠っている。
ソラはジャンの足につかまりながら辛そうにしてるくせに、僕とレグを見るとマシンガンのように言葉を浴びせてきた。
「レグ様レグ様! 聞きたいことがあるんじゃ! おおぅカイト、やったの!やったの!」
興奮するソラをなだめながら、僕たちはオマール号に入る。
まずはお姉ちゃんをフィーの部屋の治療用カプセルに寝かせた。「治療用カプセル」というのは、普段はフィーの部屋の床下に収められている一人用の細長いベッドで、フィーのベッドにあるスイッチを押すと床下から出てくる仕組みになっている。ベッド全体が透明なカプセル状のものに包まれていて、カプセルの横にある計器類が中の患者の状態を常にチェックし、的確な治療をしてくれるらしい。
カプセルを見ながらタルマさんが、
「オマールの癒しの水が偶然できたときには、もうこのカプセルを使うことはないだろうと思ったのですが・・・・。作っておいて良かったです」
腕を組み感慨深げに言った。
カプセル横のメーターやランプが動いたり光ったりし始めると、カプセルの中に泡がブクブクと出始めてベッドごとお姉ちゃんを覆い、泡はうまい具合にお姉ちゃんの顔をよけて体を包んだ。
お姉ちゃんをじっと見つめていたフィーが何か思い出したようにソラに声をかけ、二人で部屋を出て行く。
少しして戻って来ると、ソラはもう普通に歩けるくらいに回復していた。癒しの水を飲んで来たみたいだ。
「私とソラさんで、ホピ村の方々に薬をわたしてきます。私たちにはもうあまり必要ないですから」
フィーがそう言うと、ジャンが護衛のために二人について出て行った。
ふいにレグがカプセルの計器類まで飛んで行き、計器類をじっと見ていたタルマさんに話しかける。
「私はミミ・ファルムの目を通してタルマ殿の作ったものを今までいくつか見てきたが、どれも興味深い。この治療カプセルというのもただの魔法とは違うものだな」
タルマさんは少し緊張しながら、僕には分からない難しい言葉を使ってレグにいろいろ説明し始めた。レグには分かるのか、時々うなづきながら聞いている。
僕は泡に包まれて眠るお姉ちゃんの顔を、ただ静かに見つめていた。
フィーたちが帰ってくるまでそれほど時間はかからなかった。
出て行くときパンパンになっていたフィーとソラのハーフコートのポケットは、帰ってきたときにはぺったんこになっていた。
みんながクロスの部屋に集まってテーブルを囲むと、フィーはみんなの前に癒しの水が入ったコップを置いて回った。
話したくて仕方がないのをずっとガマンしていたソラが、イスに座るなり癒しの水をイッキ飲みして鼻息も荒く話し出した。
「カイト、カイト、にゃはは、おヌシの言ってたとおりじゃった! ミミ様は死んでなんかおらんかった、眠っているだけじゃった!」
レグが僕の前でフワフワ浮きながら、
「ミミ・ファルムは私の中でまだ眠っている。目覚めるまでは時間が必要だ」
「どういうことなの?」
僕には良く分からない。
「なんじゃカイト、おヌシ知ってて言ったんじゃないのか?」
首を振ると、
「そうか。いやーしかし驚いたわぃ。あのな、城の外に出てな、オマール号の前まで来たときに急にミミ様が赤く光りだしたのじゃ。灰色だった羽根も髪も急に赤く光りだして目をパッと開いて浮き上がり、『私はレグラス・ルード。時に白の妖精と呼ばれる者だ』と言ったんじゃ!」
バンッバンッとテーブルを叩く。レグの言い方をマネたところがおかしくて、フィーがクスっと笑った。
「それでな、赤から青へ、そして白へと色を変えたんじゃよ!」
たはーっ、くぅー、と変な声を出したと思ったら、興奮を隠さずにハァハァしながら、
「白の妖精じゃぞ! 白の妖精! 普段は赤い色をしておられるのであれば、そりゃワシらが六百年間捜し回っても見つけられんわい!」
「私の場合、魔力の放出の度合いによって色が変わり、最も強いときには白くなる。六百年前、多くの人間たちに見られたときはルーシーと戦っていたゆえ、白く強く輝いていた」
「レグ様、ぜひポラリス村に来てくだされ! 村総出で歓迎いたしますじゃ!」
レグはうなづいて、
「ミミ・ファルムが目覚めた後、行かせてもらおう」
ソラとは対照的に落ち着いた声で言った。
「ミミが目を覚ましたら、レグは消えちゃうの?」
僕が聞くとレグは振り向いて、
「いや、もう大丈夫だろう。お互いに自由にこの体を使えるハズだ。・・・・・私とミミは、百年ほど前に出会い、七十年ほど前に一つになった」
どうしてミミと一つの体になったのかを、話してくれた。
ミミとレグは出会ってからの三十年間、ずっと行動を共にしていた。
レグは、自分の生命を犠牲にしてでも他の生命を助けようとするミミに驚き、興味を持ち、すぐに仲良くなったという。
「しかし我々始原の妖精と違い、この星の妖精はレナートするたびに記憶が消えてしまう」
「レナートって?」
「人間たちが言うところの『生まれ変わり』というものだ。レナートしても記憶が消えることのない私やルーシーからすれば、羨ましい限りなのだが・・・・」
ルーシーもレグも、記憶が消えないことによって孤独を感じ、苦しんできた。自分以外のものが自分だけを置いて老い衰え、時と共に変化していく。出会いと別れ、周りから孤立していく感覚を、生まれてからの長い間繰り返し受け続けてきた。それは、たとえ強大なチカラを持つ始原の妖精でも対抗できないモノだった。
「何年か行動を共にしていて、私はミミが心配になった。自らを犠牲にして他を助けるミミ・ファルムは、いつか、自分以外のものを救うために死んでしまうのではないか、と。その心配はいつからか、ミミ・ファルムを永遠に守っていきたい、という気持ちへと変わっていった。そして七十二年前、ミミの寿命が尽きレナートしなければならなくなったとき、私とミミは確認しあった。ミミ・ファルムは私と過ごした記憶を失いたくないと言い、私はこれからも続く永き時間をミミと共に過ごし、ミミを守っていきたい、と言った。そして、魔力の結晶のタマゴを二人で作り、その中に二人で入ったのだ」
「では・・・、」
フィーが前かがみにテーブルに乗り出して、
「七十年ほど前にファルムの森で見つかった水色の妖精の涙と赤い妖精の涙は、そのときのミミ様とレグ様のものだったのですね!」
レグはうなづき、続ける。
「二人の妖精が、しかも始原の妖精とこの星で生まれた妖精が一つの体になるとどうなるのか・・・・。保障などなかった。結果、レナートが終わったとき、ミミは言語以外の記憶・・・・、私のことを含めたレナート前の記憶のすべてを、忘れてしまっていたのだ」
レグが僕の左肩に飛んで来て、座る。僕は癒しの水を一口飲んだ。
「私はミミの目と耳を通して、この七十二年間にミミが経験してきたこと、感じてきたことを知っている。レナート前の記憶がないミミは七十二年間、非常に悲しく孤独な時間を過ごしてきた。私が中にいることにも気付かずに、ひたすら孤独と闘ってきた。・・・・・私がやっと外部と接触できたのは、ミミとカイトがルダ・マグラスを取りに海の底へと行ったときだ。ミミのシールドがセルメシオのルダ・マグラスに触れて、ミミが気を失ったとき。ミミが気を失っている間だけ、カイトと話すことができたのだ」
タルマさんが驚いて、
「カイト君が言っていた、頭の中に直接声が聞こえたというあのときですか!」
「そうだ」
「頭の中に直接・・・・。ああ、すみません。私たちの世界では、魔法や魔力でそういったことは出来ないハズでして・・・・」
タルマさんがボサボサ頭を掻く。僕が少し笑いながら、
「でも、出来てるよ?」
と言うと、
「うーん。こりゃあ、まいった。魔法学の根底がくつがえってしまうよ」
頭をかかえて言った。
僕が左肩のレグをチラッと見て、
「ねぇ、レグ。今回はミミが魔力を使い果たしたから、出てこれたっていうこと?」
聞くと、レグは僕から離れてコップの横にフワリと降りて、
「そういうことだ。ミミを守りたいという私の願いは、普通ならミミが死んでしまうような状況になって、ついに叶った。皮肉なことだ」
「でも、もうミミが目を覚ましても大丈夫なんだよね?」
レグはうなづいて、
「ミミは眠る間際に私のことを思い出してくれたようだからな。これから私たちは、常に共にある」
赤く光る羽根と長い髪を揺らして、水色の瞳でうれしそうに笑った。




