第三十七話 村の賢者
コード村に帰ってきてから一週間がたった。
「すみませーん。フィーファ・マシメの妹の、テルファ・マシメですぅ」
コード村の端っこから二軒目。平屋建ての家の玄関先で、肩までの水色の髪を後ろの左右で結んだテルファが、いつもどおり控え目な声で言った。
この一週間、僕とフィーの妹のテルファは、ソラのお供をしながら村の家々を一軒ずつ回っている。
テルファは僕やソラの一つ年下の女の子で、人見知りするせいで僕がコード村に来たばかりのときには部屋にこもって顔を見せてくれなかった。今は、他の村の正式な巫女であるソラに興味津々なのと、大好きなコノハお姉さまが帰ってきてうれしい、ということで、手伝ってくれている。とは言っても、「コノハお姉さま」はまだオマール号の治療カプセルの中で眠ったままだ。
「あのー、いませんかぁ?」
「なんじゃ、また留守かぃ」
ソラはフィーに貸してもらった魔法使いみたいなコード村の巫女の服を着て、両手を腰に当てて言った。
「妖精を畏れるのは分からんでもないが、水色のミミ様から村人全員がずっと逃げ続けていたとはのぅ。何度も言うようじゃが、ホントに驚いたわぃ」
ポラリス村で僕が言ったことをソラはちゃんと覚えていた。だから、ミミが危険な妖精じゃないってことをこうして一軒一軒説明して回っているんだ。僕もいっしょなのは、今回の戦いの話をするときに伝説の剣「ルダ・マグラス」があったほうがいいからだ。これを持ち歩けるのは、人間では僕だけだから。
ソラと同じように巫女の服を着たテルファが振り向き、
「ポラリス村では妖精から誰も逃げないというのは本当ですか?」
ソラの顔をのぞきこんで言った。
「ワシの村では誰も逃げん。それが水色の妖精ならなおさらじゃ。ポラリス村にいる茶色の妖精デルノ・スワン様も、生まれ変わりのときにはいろいろと悲しい事故があったがの。悪気がないのは分かっておるからの。逃げるわけがない」
いかにも当然、というような言い方だ。
「あとは、となりのナンお婆さんの家で最後です。もうコード村にある家の全部を回ったことになりますよ?」
誰もいない家の玄関先を離れ、となりの家に向かう。
「回ったと言っても実際に話せたのは半分くらいじゃろ。もう一周しなきゃならんのぅ。水色の妖精から逃げる必要などケシツブほどもないのじゃ、とな」
「だいじょーぶですよぅ。もうソラさんの話を知らない人はいませんよ? 村じゅうすごい噂なんですから」
「噂じゃと? どうせ話の内容よりもタヌ耳のことばかりじゃろうて。一軒目のオッサンなぞワシのタヌ耳しか見ておらんかったからの」
ソラは歩き出したテルファの後ろでタヌ耳を撫でる。
「んー・・・・。あ、でも、今度のナンお婆さんは違いますよ? 村長よりも年上で、村の人たちからすごく尊敬されてるんです。すっごい人なんですよぉ~」
うれしそうにテルファは両手を合わせた。
「おヌシは何かというとすごいすごい言うからのぉ。そんなに言ってると『すごい』の価値も落ちてくるわぃ」
「むぅぅー」
と頬っぺたをふくらませながら、テルファは歩く。
となりの家の玄関前まで来ると、さっきと同じようにテルファがあいさつをした。
「すみませーん。フィーファ・マシメの妹の、テルファ・マシメですぅ」
その家の玄関の周りには色とりどりの花がいくつも咲いていて、コード村が春だってことを思い出させてくれた。花のいい香りが辺りに漂っている。
ガラガラっと引き戸が音を立てて開くと、中から白髪のお婆さんが顔を出した。きれいな白髪を後ろで一つにまとめている。お婆さんは僕たちを見て、
「あらあら。やっと私のところまで来てくれたのね。どうぞ上がって、妖精のお話を聞かせてくださいな。お茶くらいしか出ませんけどねぇ」
やさしそうに笑いながら僕たちをうながす。テルファがソラを見て、
「ほら、もう知ってるでしょ? 妖精の話だって」
「うむ」
そう言われて、ソラは「んなもん分かってたわい」とでも言いたそうにうなづいた。
コード村にあるたくさんの家に上がらせてもらったけど、どの家も中は似たような作りになっていた。
どの家でも、玄関で履き物を脱いで細長い廊下を歩くと畳の部屋に通される。そこには丸く背の低いちゃぶ台があって、出てくるお茶はいつもあのメロン味のお茶だ。
ナンお婆さんはソラの話をウンウンとうなづきながら聞いていたけれど、話の内容はもうほとんど知っているみたいだった。
「私が若いころにねぇ、ソラさんの言う『事故』がこのコード村でも起きたのよ。それまでは妖精に出合ったことのある村人なんてそんなにいなかったし、妖精に何かをされたなんて話も聞いたことなかったから、『妖精を見たら逃げる』なんて言葉は、どこか遠い村の話のように思っていたのよね。でもある日、実際に村人が殺されてしまうと、みんなが無条件に警戒するようになってしまったのよ」
ナンお婆さんの話し方はとてもゆっくりとしていて、僕たちはじっくりと言葉が終わるのを待った。
ソラは座布団の上に正座して背筋をピンと伸ばして言う。
「さっきも言ったが、そのころのミミ様はまだ生まれ変わったばかりで魔力のコントロールが出来なかっただけなんじゃ。巨大なチカラをうまく使えずに、周りのものを傷つけてしまわれたのじゃろう。人間のことを好いてくださるミミ様が、そのときどんな気持ちであられたか・・・・。想像すると、ワシは胸が苦しくなる、締め付けられるような気持ちじゃ。
その事故にあった村人の遺族が納得するのは難しいことかも知れん。じゃが、すべての妖精が人間に敵意を持っているわけではない。水色のミミ様は、人間にやさしい妖精たちのなかでも最も人間を大切にしてくださる妖精なのじゃ」
ナンお婆さんはお茶を一口すすってやさしく微笑み、僕たちの誰も予想しなかった言葉を口にした。
「ソラさんはその『難しいこと』を乗り越えてこられたのねぇ。そんなに小さな体で、大人たちといっしょに、乗り越えてこられたのねぇ」
「え?」
ソラだけでなく僕とテルファも驚いて、声が出た。ナンお婆さんは続ける。
「ソラさん。あなたも、遺族なのでしょう?」
ソラは一瞬ビクッとなり、
「そう、じゃが・・・・・、なぜ、それを知っとるのじゃ?」
「あなたの言葉には、経験に裏打ちされた重みがあります。それに、茶色のデルノ様が生まれ変わったばかりというお話と、あなたがその若さで村の巫女をつとめているところから考えれば、分かります。巫女はその土地の持つ魔力の影響を、最も強く受けて生まれた女性がつとめますから・・・」
お茶を一口すすり、ふうっと息を吐いて、
「その美しく茶色い髪と瞳は、土地が持つ茶色の妖精の魔力の影響でしょう。そしておそらく、あなたのお母様が先代の巫女をつとめておられた。デルノ様の生まれ変わりのときに悲しい事故が起き、まだ幼いソラさんを急遽巫女にせざるを得なかったのでしょう」
ゆっくりとそう言うと、ナンお婆さんはまたお茶をすすった。
ソラはしばらくナンお婆さんの顔を見つめてから、
「その・・・とおりじゃ。ワシが四つのとき、母上はデルノ様のお世話をしている最中に事故で亡くなられた」
両腕をピンと伸ばし、小さく肩を震わせる。
「でも、ワシは、デルノ様を恨んでなどおらん。デルノ様のおかげで作物も良く育ち、村は安泰なんじゃ。皆もそう言っておる。デルノ様のおかげで、今までも、これからも、ポラリス村は平和に栄えていくんじゃ! じゃから、ワシは・・・、ワシは・・・・・」
「ソラ・・・・」
今にも泣き出しそうなソラの顔を見て、僕は固く握りしめたソラのコブシの上に、手のひらを乗せた。
ソラはお母さんだけじゃない。双子のお兄さんも、二年前に事故で体をなくしてしまった。かろうじてタヌコの体で生きているけど、それが悲しくなかったわけはないんだ。こんなふうに、手を握ったり、普通に話したりすることさえ出来なくなってしまったんだから。
ナンお婆さんが立ち上がってソラのとなりまで来て、座る。
そしてソラの肩をそっと抱いて、
「あなたは立派です。本当に立派です。私など、長生きしているばかりであなたの足元にも及びません。あなたのお話は、私がコード村にしっかりと根付かせてみせます」
ギュッと、ソラを抱きしめた。
「私の体にも、実は巫女の血が流れているのよ。もう亡くなった姉が、四代前の巫女をやっていたの。私も八十才を過ぎて、水色だった髪の毛は白くなってしまいましたけどね。もし、私があなたの役に立てることがあったなら、いつでも言ってくださいね。まぁ、年ですから、そんなに長く手伝えないかもしれませんけどね」
そう言ってナンお婆さんは少し笑い、立ち上がって、さっきいた場所に戻る。
ソラは両方の手をぎゅっと握って歯を食いしばり、何かをこらえるようにしたあと「にゃははっ」と笑った。
「それは心強いですじゃ。では、ミミ様とレグ様のことはもう心配いりませんの。これからワシはまた、ポラリス村に戻って巫女を続けますじゃ。世話のかかる兄上も村にはおりますしの。村長も皆も、ワシがいないとダメなんじゃ」
笑った顔に一粒だけ涙が流れたのを、さっとソラは腕で拭う。誰にも涙は見せたくない、そんな仕草だった。
ナンお婆さんの家を出るころには、お婆さんとソラはお互いのことを「ナンちゃ」「ソラちゃ」と呼ぶほどに仲良くなっていた。
「んでわな、ナンちゃ! またそのうちゆっくり話そうな!」
「ソラちゃ、またね。楽しみにしてますよ」
そんなあいさつを終えて花に囲まれた玄関を出る。
「最後にナンちゃと話せて良かったわぃ」
テルファがうれしそうにまた両手をあわせて、
「でしょう、ナンお婆さんはみんなから慕われているんですよ。ホントにすごい人なんです」
スキップして前を行く。
そのとき、ソラが着ている服からフィーの声がしてきた。
『みなさん! コノハさんが目を覚ましそうです。至急、オマール号まで来てください!』
僕たちは顔を見合わせ、
「カイト!」
「うん!」
「コ、コノハお姉さまが!?」
オマール号に向かって走り出した。




