第三十五話 決着
その妖精がゆっくりと僕の前に降りてくるのを、ルーシーはただ呆然と見ていた。
「白の・・・妖精?」
僕は痛みに耐えながら震える声で聞く。瞳や羽根、髪の毛の色こそ違うけれど、白の妖精はミミにそっくりだった。
「遅れてすまない。またケガをさせてしまった」
妖精は少し悲しげな顔をしてやさしくそう言うと、僕の両足に片手を向けて、ミミみたいに水色の光を出して治療した。ゴキンッと音を鳴らして骨が元に戻る。
「キサマが、・・・・なぜここにいる!」
ルーシーがワナワナと震えながら白の妖精に言う。そして何かに気付いたように、
「なんだ? キサマ、その目の色は・・・・・。まさか・・・・、そうか、そういうことか。ハッハハ! ずいぶんと愚かなことをしたな、炎のレグラス・ルード! 始原の妖精がこの星の妖精と同化すれば、魔力の減衰からは逃れられんぞ! キサマはただでさえ剣を作り弱くなったというのに。クックックッ・・・・」
ルーシーは白の妖精を見て高笑いをする。
「闇のルーシー・メルサ。オマエは何も分かっていない」
白の妖精はそう言うと、ミミみたいに僕の頭の上に乗った。
『カイト、聞こえるか?』
あの深海のときと同じように、僕の頭の中に直接白の妖精が話しかけてくる。
「うん。聞こえるよ」
『私のことは「レグ」と呼んでくれていい。私が頭の上にいるときは言葉に出さずとも考えれば伝わる。ミミ・ファルムがここにいると思って戦い、ルーシーを討て』
『分かったよ、レグ』
頭の中でそう答えた。言葉だけじゃなくて、レグの感情までもが伝わってくる。不安なんて微塵もない絶対に勝利する確信。そして、少し複雑な感覚。レグのことをミミと同じように友達と思っていいということも、感覚で伝わってきた。
ルダ・マグラスの輝きがどんどん強くなる。僕自身も体中に力が湧いてきた。
「来い! ルーシー!」
「フッ、人間ごときが」
空高くへと僕は上昇する。
ルーシーも僕のあとを追って飛び上がった。
『カイト、ルーシーの攻撃は速く動けば当たりにくくなる。全力で飛べ』
『うん』
ゴォッという風を切る音が耳元でうるさく聞こえるほどに加速する。ルーシーは瞬間移動して僕のすぐ横や少し上に現れて攻撃してこようとしたけれど、僕はそのたびに避けてさらに上昇した。
頭の中にレグの考えてることが伝わってくる。
あの城でレグが本気を出したら、城が蒸発するだけじゃなくて城の周りにいる人間たちにまで被害が出てしまう。だから、本気を出してルーシーと戦うには、せめて雲の上まで行かなくちゃいけない。
僕とレグが雲に近づくと、先に昇った熱気で開いた穴がさらに広がった。青空が世界を包み、綿のような白い雲が下に広がって見えるところまで来て、止まる。
レグの考えている作戦が頭の中に映像として浮かんだ。
『ルーシーに瞬間移動で逃げられたら追うことは不可能だ。油断させた後、一撃で決めなければならない』
『うん、分かった』
ルーシーの現れる場所がさっきよりもはっきりと分かる。
来る、僕たちの斜め上!
レグの考えどおりに温度変化が起きた空間から少しずれた辺りに剣を振るうと、剣はルーシーの黒いシールドに弾かれ、空を切った。
ルーシーはシールドを消して僕たちから少し距離を置いて、
「シールドに傷も付けられないとは・・・・レグラス・ルードよ。たとえ私と同じ始原の妖精であっても、キサマは魔力の使い方を大きく間違えた」
自分の周りに黒くて三日月形の刃物のようなものをいくつかつくり、それとともに消える。
今度は僕とレグのすぐ右だ!
瞬間的に空気が冷えるのを感じその真ん中にルダ・マグラスを突き刺す。「ドンッ」という大きな音と共に雲の海が波打ち、衝撃波が広がった。これがレグの「本気」なんだ。
剣はルーシーのシールドの中央を突き破ってその体を突き抜けた。そのまま斜め上に切り裂く。
驚きのあまり動きを止めたルーシーにもう一太刀、今度は真横からルーシーの体を黒い三日月もろとも切り裂いた。
再び「ドンッ」という巨大な衝撃波が僕を中心に環となって広がり、雲が波を起こした。
「バ・・・カな・・・・・」
ルーシーの体と真っ黒な羽根が、上下に切り裂かれたところから黒い霧となって消えていく。
レグが僕の頭から離れて、消えていくルーシーに悲しそうに言った。
「終わりだ、ルーシー・メルサ。忌まわしい過去を捨て新しい自分と為れ。またいつか出会えたときは・・・・再び、友となろう」
レグの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ルーシーは黒い霧になって消えた。
「ねぇ、レグ。・・・・僕たち、勝ったの?」
青空の下、大きく丸い穴を開けた雲の上で、僕は剣を構えたまま言った。
「この星に害を為すルーシー・メルサは消えた。だが、我々始原の妖精に『死』というものはない。この宇宙のどこかでまた、新しく生まれてくるだろう。記憶をなくした新しい体で、自分が何者かも分からずに」
レグは悲しそうにそう言って、僕の頭の上に乗る。
レグがいま感じている悲しみや虚しさ、寂しさや悔しさ。そんな感情が一気に僕の中に流れ込んできて、じんわりと膨らみかけていた勝利の喜びはすぐに消えた。
レグにとって、ルーシーは敵じゃなかったんだ。
永遠と思われる時間をいっしょに過ごすことの出来る、数少ない仲間。この宇宙が生まれたときからいっしょに生きてきた、たった四人しかいない、始原の妖精の一人。
でもたとえそうでも、道を間違えたルーシーとこの星に生きるたくさんの生命を救うには、こうするしかなかった。
もしレグのこの気持ちを言葉で説明されたとしても、たった十年しか生きていない僕には理解できなかったと思う。直接僕の中に流れ込んでくるこのレグの感情は、僕にとってはあまりにも重くて、大きくて、悲しくて・・・・。
「ん、・・・んぐ、・・ひっ・・・」
いつのまにか僕は泣いていた。涙を拭う仕草に気付いて、レグがサッと頭から離れる。
「すまない。心のコントロールがおろそかになった」
そう言うと、レグは目をつむり胸の前で手を組んで、何かお祈りをするような姿勢をとった。
真っ白に輝いていたレグの羽根と髪が徐々に青色に変わっていき、さらに色を変えていく。そして色の変化が止まったところで、目を開けた。
瞳の色は変わらずに水色のままだけど、「これが本当の私の姿だ」と言うレグは、燃えるように真っ赤な羽根と長い髪、そして水色の瞳を持った妖精に変わっていた。
あれ? これって、もしかして・・・・・。
「ミミと、色が正反対だね?」
まだ少し涙声の僕に少し笑って、
「そうだ。私は炎のレグラス・ルードであり、同時に水色のミミ・ファルムでもある」
レグはうれしそうに言った。
「え? あ・・・えっと、・・・・良く分かんない」
レグはまた僕の頭の上に乗って、
「あとで皆のいるところで説明しよう。まずはセルメシオを解いてくれ。下に降りられん」
「あ、うん。・・・・ナーダ」
グン、と体が重たくなる。セルメシオを解いたせいで宙に浮くチカラがなくなったんだ。今は頭の上のレグが僕を浮かせてくれている。
「みんなは無事だよね?」
「万が一のことを考えてシールドを張っておいた。何も問題はない」
大きく開いた雲の穴を通過して地面に向かう。
下に見える氷のピラミッドは上の半分以上が溶けてなくなり、城の周りの雪も解けて茶色い地面がところどころに見えている。
城と森の間のオマール号が降りた辺りに、赤くて大きい球体が、夕焼けの太陽みたいに輝いていた。




