第三十四話 セルメシオ
大広間まで出来るだけゆっくりと歩いた。
みんなは今どの辺だろう? みんな、ミミが死んでしまったと思ってすごく落ち込んでいた。
いつミミは目を覚ましてくれるかな? ミミが目を覚ましたら、ソラは今度はきっとうれし泣きするんだろうな。
ここで黒の妖精を倒せばみんなでコード村に帰れる。今までミミを怖がってばかりだったコード村の人たちも、僕たちの旅のこと、戦いのことを知れば、きっとミミを受け入れてくれる。少し時間はかかるかもしれないけど、分かってくれるハズだよ。だって、ミミは自分の命を削ってでも人間を助けようとする「水色の妖精」なんだから。
タルマさんに渡された水色のウズラのタマゴが光ったのは、大広間の入り口のドアに着く少し前だった。
入り口の大きいドアはまた閉められていて、隙間からかすかに光が漏れている。
僕はソラの言葉を思い出した。この出入り口には仕掛けがしてあって、ここを破壊されると空間のつなぎが外れて、中にいる人間はここに戻ってこれなくなる。ルーシーだけは瞬間移動できるから問題ない。確か、そう言っていた。
一度深呼吸をしたあと、思い切り蹴ってドアを開けた。でも中には入らずに、入り口手前で剣を構えた。
入り口近くの雪には血がついていて、少し先の奥には僕やフィー、ジャン、そしてお姉ちゃんのフリをしていたヒュルムの足跡が、そのまま残っていた。見える場所にルーシーはいないけど、僕やみんなのことはどこかで見ているハズだ。
出入り口を壊して空間のつなぎを外す前に、やっておかなくちゃいけないことがある。ルーシーがみんなのところじゃなく僕のところに来るように、仕向けなきゃいけない。
僕は出来るだけ大きな声で叫んだ。
「ルーシー、聞こえるか! 僕が持ってるこの剣は、オマエを倒すために作られた剣だ! オマエはここで僕に倒されるんだ! オマエの黒く汚れた羽根を、この剣で真っ二つにブッタ切ってやる!」
ルダ・マグラスを構えなおし、唱える。
「セルメシオ」
とてつもない光と熱。扉も壁も床も、巨大な爆発音とともに一瞬で蒸発した。
僕の全身とルダ・マグラスは強い光と熱を放ち、体は宙に浮く。
僕を中心にほぼ球形に周りの氷がなくなって、さらに溶けた水が下のほうでボコボコと沸騰している。見上げると、頭上の天井はどんどん溶けて高くなっていき、あっと言う間に城の一番上まで続く、大きくて長い穴が開いた。
水蒸気を含んだ熱気が開いた穴から勢い良く空へと昇っていく。ほんの数秒間で熱気は城の真上の雪雲に穴を開け、さらに雲を巻き込んで上昇していった。
視線を前に戻すと、そこには溶けて入り口をなくした氷の部屋が広がっていた。部屋は広く、奥行きも幅も五十メートルくらいある。部屋のあちこちには太い氷の柱があって、大人の身長の三倍くらいの高さの天井を支えていた。これが、本当の大広間なんだ。
ドアを壊され空間を遮断された黒のルーシーは、瞬間移動でここに戻ってくるハズだ。ルーシーはさっきみたいに人間から言われたことなんてないだろう。ルーシーは絶対に来る。
剣を構えたまま、僕はそのときを待った。
大広間に漂う湯気がフワリと揺らぐ。雪山のときと同じように、まず黒い霧の竜巻が現れ、その中からルーシーが現れた。
「この魔力。・・・・ずいぶんと懐かしい。その剣はヤツが作ったあのルダ・マグラスだったか。まさか本当に使える人間が現れるとはな。しかし、だからといって人間ごときが私を倒そうなどと、思い上がりも甚だしい」
ルーシーは吊り上った細い目をさらに細くして、
「フッ、それにしてもおもしろいものを見せてもらったぞ。クックッ・・・。人間を助けて自分が死ぬとは、なんという愚かな妖精だ」
ミミのことを、声をあげて笑う。
「ミミは死んでなんかない。眠ってるだけだ」
僕は静かに落ち着いた声で言った。ミミをあざ笑うルーシーの言葉を聞いても、僕の心はまったく乱れない。自分でも不思議なほどに落ち着いている。
「異世界から来たオマエは妖精の最期を知らんのだろう。私が今までどれほどの妖精を殺してきたと思う。皆、あのように魔力を使い果たして色を失い死んでゆくのだ。どの妖精も同じようにな」
ルダ・マグラスから出る光と熱のせいで、剣の向こうのルーシーの姿がゆらゆらと揺れて見えた。
「別に、オマエに信じてもらおうなんて思ってないさ。ミミは死んでない。また目を覚ます。それだけだ」
「始原の妖精をオマエ呼ばわりとは、どこまでも恐れを知らぬ人間よ。その減らず口、今すぐ命乞いに変えてやろう!」
ルーシーが消えた。背後に気配を感じ、振り向きざまに剣を振るう。剣は黒い羽根の斜め上を、音を立てて通り過ぎた。
「なるほど。さっきより反応が速いな。しかしまだまだだ」
次の瞬間にまた姿を消し、今度は上に現れる。僕は頭で思うだけで自由に空中を移動できた。
メルテのときと違って、周りの空気の温度変化を敏感に感じ取れる。ルーシーが姿を現す直前、その辺りの空気が冷たくなる。そこを目掛けて剣を振る。
ボッ、ボゥッと、剣を振るごとに火のついた松明を振り回してるみたいな音がした。
ルーシーが黒い矢を何本も空中に作り、僕へと飛ばてくる。それを剣で薙ぎ払う。
僕がルーシーを追って空中を移動するたびに、周りの氷が音を立てて蒸発した。
何度か同じようなやり取りを繰り返した後、ルーシーは舌打ちした。
「面倒だが、瞬時には殺さん」
矢が僕の周囲を球形に取り囲み、いっせいに向かってくる。ルーシーのいた方向に向かい飛んでくる矢に剣を振りながら突っ込んだ。左腕と右の太ももを刃がかすり血が滲む。
「他愛無い。ヤツの作ったルダ・マグラスも、こんな人間の子供に使われたのでは役に立たんだろう」
またルーシーが消える。でも今度は辺り一面に空気の温度変化が起きて、何人ものルーシーが僕を取り囲んだ。
『一つ』
無数のルーシーが同時にそう言うと体の周囲全体に温度変化が起き、次の瞬間には僕の右ひざに黒い矢が刺さって足は逆方向に折れた。
『二つ』
同じように左ひざをやられる。激痛に息を止めて、
『みっ・・・』
ルーシーが三度目の攻撃をしてこようとした直前、城全体が揺れ、僕より上にある氷すべてが轟音と共に吹き飛んだ。
無数にいたルーシーは一つにまとまり、警戒するように上を見上げる。
僕も痛みをこらえながら上を見ると、細かく砕けた氷と水煙のなかに、白く光る何かが浮いていた。
ゆっくりと近づくそれは、輝く羽根とキラキラ光る長い髪、力強く水色に光る瞳を持った、真っ白な妖精だった。




