第三十二話 ミミの告白
僕はその場からすぐにみんなのところへと走り出した。
「ミミ、分かったよ!」
「そうね。繋がったわ、現実と」
ミミの言葉を少し変に思ったけど、そのまま転びそうになりながらみんながいる部屋に入った。
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、生きてるんだ!」
どう説明すればいいのか分からなくてストレートにそう言った。みんなが僕のほうを向いて、不思議そうな顔をする。
「いいから来てよ!」
タルマさんが、フィーが、ソラが、ゆっくりと立ち上がる。ああんもう、すごくじれったい。
ジャンがソラをおんぶして、タルマさんがフィーに肩を貸した。
僕がタルマさんとフィーのほうを向いて、
「フィーはまだ歩けないの?」
と聞くと、フィーはタルマさんから離れニコッとして、
「この通り、大丈夫ですよ!」
びっこを引きながら、二、三歩歩く。フィーが僕に気を使って無理してるのが分かった。
「ごめん、フィー。ゆっくりでいいからさ、タルマさんといっしょに来て」
フィーは何か言いたそうにしたあと、「はいっ」っと答えた。
剣をナーダにしてみんなに合わせゆっくりと歩き、奥の部屋まで案内する。大きな声を出さないように、とだけ言って。
汚れた床に横たわるお婆さんを見たみんなは驚いて、
「ヒュルム?!」
と、ほとんど同時に言った。
この人が、ヒュルム?
頭の中で、今まで見てきた景色が流れる。
大広間にいたお姉ちゃん・・・・時間の流れが違う穴・・・・殺されたヒュルム・・・・。そして、コロンドニアに来る二週間前にスキー場で見つかった、白骨死体。
そうか。きっとたぶん、そういうことだ。
連想ゲームみたいに今までのことが繋がって、目で見たり頭で考えたことよりも、僕自身が感じた感覚のほうが正しかったことに気がついた。
「どうして、こんなところでヒュルムが殺されてるの・・・・・?」
フィーが片手を口に当てながら、ささやくような小さな声で言う。
違う。このお婆さんはヒュルムだけど、ヒュルムじゃない。
なぜなら、あの夢のなかで僕がされたのとまったく同じことを、されてるんだ。
その体には何かで突き刺された穴がいくつもあり、顔は左目がつぶされている。ボロキレのような服には、血が噴き出したあとがある。
そして・・・・・・。
右手の手のひらの上には、水色に今も光る、ガラス玉がついたネックレスがあるんだ。
絶対に忘れない。間違えるわけがない。僕の六才の誕生日に、お姉ちゃんにあげたあのネックレスを。お姉ちゃんが僕を助けて消えたあの日に、身につけていた、あのネックレスを!
ミミが僕の頭から離れ、死体にしか見えないヒュルムの体を治療し始めた。
驚くみんなに、僕は出来るだけ小さい声であの夢の話を始めた。音が伝える空気の振動だけでも、痛みを感じるあの夢の話を。
夢の中で僕は一度だけ現れたヤツに左目をつぶされ、体を何度も突き刺されたこと。そいつは僕に、呪いで眠ることも死ぬこともできずに千年の間苦しみ続ける、と言ったこと。そして、去り際に僕のことを「シグレ・コノハ」と呼んだこと。
「だから、この人はヒュルムだけど、ヒュルムじゃない。お姉ちゃんなんだ」
僕がそこまで言うと、おんぶされてるソラがジャンに何かを言って床に降りた。ソラはジャンの足につかまりながら、まだ少し苦しそうにして話し始める。
「夢が、現実と繋がったか。フフッ。ありえぬハズのことが次々と起きるのぉ」
ソラはニヤリと笑ったあと深呼吸して、
「つまり、コノハとヒュルムの魂の入れ替えじゃな。今はタヌコの体を持つ、ワシの兄と似ているの。兄の場合はデルノ様のやさしき施しで、タヌコの魂と同居しておるが・・・・・。黒の妖精はヒュルムとコノハの魂を入れ替えたあと、『千年の呪い』をコノハにかけたのじゃろう。ヤツが『千年の呪い』を使ったことは歴史書にもあるゆえ、間違いなかろう」
ソラが、ヒュルムの体を治療し続けるミミを見て、みんなの視線もミミに移った。
ミミは何度も明るく水色に輝きヒュルムの体を治療し続けている。でも、見る限りでは何も変化は起きてなかった。
ミミは一度「ふぅ、」とため息をついて、
「普通のやり方じゃダメみたい。・・・・・やるしかないわね」
独り言をつぶやく。右手の人差し指の先に水色の刃のようなものを作り、それで自分の左手首を切ってヒュルムの口に突っ込んだ。
「ミミ様、何をされますか!」
ソラが驚いてミミの近くに駆け寄る。
ミミはソラには答えずに、血を流す自分の手首を見ながら話し出した。
「私ね、ポラリス村にいるとき、カイトとソラが話してるところを聞いてたの。私の前世体が、こうやって人間を助けたっていう話を、隠れて聞いてたのよ」
「ミミ様・・・・・」
ソラが僕のチカラの解析をしたときのことだ。あのとき、ミミは僕とソラの話を盗み聞きしていた。
「ごめんなさい。今さらだけど・・・・・」
ミミが悲しそうな顔をする。
「ミミ、ソラのタヌ耳はミミの気配をちゃんと感じてたんだよ。本当は、僕もソラも知ってたんだ。でも、僕たちからそれを言っちゃうと、ミミを傷つけちゃうかもって思って言えなかった。だから、全然気にしなくていいんだよ」
ソラが黙ったままうなづく。ミミはまだ手首から目をそらさずに、
「私、他にもカイトに隠し事してるの。あのね、私・・・・・」
続きを言うことを何度かためらいつつ、意を決したように話し出す。
「私、ルダ・マグラスを取りに深海に行ってから、変わったの。カイトの頭の上に乗ると、カイトの考えてることが分かるようになったのよ。だから、カイトが私のことどんなふうに考えてくれてるかとか、どんなにお姉さんのことを大事に想ってるかも、すごく、すごく、もう、痛いほど、伝わってきて・・・・・」
ミミの頬を涙が伝わり、ヒュルムの口の中へと落ちていく。
「ごめんなさい。心の中が読めちゃうなんて知られたら、嫌われちゃうんじゃないかって、怖くて言い出せなくて。私はアンタに『隠し事するな』なんて言ったくせに、私はこんなに隠し事ばかりしていて、ホントに、ごめんなさい」
右手で涙を拭う。
「大丈夫だよ。僕は、そんなことでミミのことを嫌いになったりしない。全然、大丈夫だよ」
できるだけやさしくそう言うと、ミミは安心したように小さく「ありがとう」とつぶやいた。
ヒュルムの体からシュウシュウと湯気が出始める。
「ミミ様、これ以上続けたら命にかかわります! もうお止めくだされ」
ソラが真剣な眼差しでミミに言った。ミミはうなづいてヒュルムの口から左手を出して、傷口を右手でなぞって塞ぐ。
ヒュルムから出る湯気は止まらずに出続け、部屋の中はどんどん白く曇って真っ白になり、ミミやソラの姿も見えなくなった。
しばらくしてシュウシュウという音が止み、今度は上のほうから少しずつ湯気が薄くなっていく。そしてしゃがんでいるソラやその近くに浮くミミの姿が見え始め、ついに床まで見えてくると、そこには十才のときのままの、お姉ちゃんの体が横たわっていた。




