第三十一話 血痕
暗くまっすぐな氷の通路の途中で、左側に入っていける道がある。さっきの牢屋がある通路だ。今度は僕とミミも、みんなといっしょに入った。
中では柵を溶かされた牢屋が右手側にいくつも並び、溶けて流れた水が通路の黒く積もったホコリをまだら模様にしていた。まだ少し、あの独特なニオイが残っている。
気持ちが沈んで、ついうつむきがちになる。落ち込んでちゃダメだ。ルダ・マグラスを持っている僕には、僕にしか出来ないことがあるんだ。
顔を上げ前を歩くジャンとその背中のソラを見た。血に染まったソラの服が、僕を責めているように感じた。
忘れるな。忘れちゃダメだ。僕にはまだ、やるべきことがある。
僕たちは一番奥の一番大きい部屋に入り、そこで治療の続きをすることにした。
フィーとタルマさんが次々とポケットから下に敷く布や薬を出して自分たちの治療を始める。ジャンの背中から下ろされたソラはフラフラしながら布の上に座り、おぼつかないソラにタルマさんとジャンがオマールの水を飲むことをすすめた。
僕は、さっきミミが治してくれたから特に治療の必要はない。
懐中光で氷の牢屋の壁や天井、通路を照らしてキョロキョロしていると、ミミが僕の頭から左肩に移った。
「ここってイヤな雰囲気ね。血のニオイが染み付いてるみたい」
床は汚れて黒ずみ、壁には血のあとが残っている。確かに、雰囲気は最悪だ。
「うん。床が黒いのはたぶんホコリだと思うけど・・・・・・、あれ?」
牢屋の前の通路を照らしていて、不自然な黒い点があることに気がついた。
タルマさんが溶かした氷の水は傾斜のせいで、ほとんどが通路側に流れている。その水がホコリを押しのけて、少しだけきれいになった部分に黒く丸い点や線があった。
なんだろう?
ミミを肩に乗せたまま、通路に出てそこに懐中光を当ててみた。
黒い液体が落ちて固まったみたいに見えるけど、その周りは赤く縁どられている。血痕だ。
「血だわ」
左肩でミミが言った。
良く見ると、丸い点や線の血痕が通路の突きあたりの壁まで、点々と続いている。
「変だよね。どうして牢屋の中じゃなくて行き止まりの壁に向かってるんだろ?」
通路の突き当たりの壁まで行って下のほうに懐中光をあてて良く見ると、壁の下に潜りこんでいるように見える血痕もあった。
ミミが小さく、
「これじゃまるで、最近になってからここに壁を作ったみたいだわ」
不思議そうに言った。
もしこれが後から作った壁だとしたら、この突きあたりの向こうにも道が続いてるってことになる。
この向こうに、何がある?
考えた瞬間、湧き出すように鳥肌が立った。心臓の鼓動が早くなる。
なんだろう、この感じ。
何か、とても大事な、重要なものを目の前にして緊張するみたいな・・・・。
とても大切な何かを、忘れているような・・・・。
何かが引っかかる。でも、思い出せない。
「もしかして、牢屋に閉じ込められた人がここから逃げたのかな? それで、・・・・・後から壁を作った?」
「ヒュルムやアイツが、脱走できるような牢屋を作るかしら。逆に、向こう側から来る何かをこっちに来させないために作ったのかもしれないわ」
「向こうからくる何かって?」
「それは、分からないケド・・・・・」
僕とミミは念のためみんなにこのことを話して、二人だけで壁の向こう側に行ってみることにした。
剣をメルテにして壁に突き刺す。そのままグルリと半円に切って最後に蹴飛ばした。
氷の割れる音が周りに反響して、予想した通りに真っ暗な通路が現れた。
ジャンが僕たちのところまで来て、
「先に何があるか分からない。行くなら、そのままメルテを解かないで行ってくれ。私はあの三人だけをここに置いていくわけにはいかない」
「うん。分かった」
「もし何もなければ、あまり奥深くまでは行かずに戻って来い」
そう言って、ジャンはみんなのところに戻っていった。
ミミが僕の頭の上に乗り、
「この先には何かあるわ。そんな気がするの」
「うん。僕もなぜか、行かなきゃいけないような気がする」
左手に懐中光を持ち、右手にルダ・マグラスを握って、中に入る。
通路の中は牢屋のあるところよりもニオイがキツくて、鼻がおかしくなりそうだ。
メルテにしているルダ・マグラスと僕の体から出る白い光だけでも、ある程度先を見ることができる。気のせいかも知れないけど、ミミの水色の光がいつもより弱いような気がした。
「ミミ、体は大丈夫なの?」
「全然平気よ。問題ないわ」
まるで、僕が聞くことを分かってたみたいにミミは即答した。
通路の先に懐中光の光を向け歩き続ける。ずっと平らでまっすぐな道だ。床にはホコリが積もり、その上に落ちて固まった血痕は、奥に行くにしたがって大きくなっていく。
そのまましばらく歩き続けると道が左に折れていて、そこを曲がったところで僕はまた部屋を見つけた。柵がなく少し狭いその部屋が、この通路の本当の行き止まりだった。
そして、その床には真っ白な白髪を汚して横たわる、無残に殺されたお婆さんの死体があった。
懐中光で照らし、その姿に目を見張る。
「そう・・・か・・・・・」
隙間を抜ける風のように声は口から漏れた。
酷く痛んだ体と、力なく上を向く右手の手のひら。その手のひらの中にある物を見て、僕は確信した。
大きな声を出しそうになるのをこらえて、息が自然に荒くなる。
頭の上でミミが震えてる。ミミにもきっと、分かったんだ。
お姉ちゃんが、生きてるって。




