第6試合 決意
春休みも終わろうというころ、もうすぐ4月。高3、最終学年になる。
その日。
夕食の後、母がお茶を淹れ終わるのを待ってから、俺は切り出した。
「話があるんだけど」
母の手が、急須を置く途中で止まった。
長年一緒にいれば、こういう間の悪さで、何を言われるか勘付くものらしい。
「部活に、戻りたい」
案の定、母の顔から表情が抜け落ちた。
「――何を、言ってるの」
「戻る。ちゃんと、団体戦にも出るつもりで」
「無理よ」
母の声が、思ったより早く飛んできた。
「無理に決まってる。前と同じようになんて、できるわけがないじゃない。あなた、まだ……」
「知ってる。前と同じようなプレイはできない」
俺は、母の言葉を遮った。
「できないから、別のやり方を探した」
鞄から、ラケットを取り出す。
この場に持ってくるのは、我ながら芝居がかっていると思ったが、言葉より先に見せたほうが早い気がした。
右肘の窪みに、持ってきたボールを乗せる。
トスを上げる。台がなくても、動きだけなら再現できる。
母は、その動きを黙って見ていた。
父も、初めて顔を上げてこちらを見た。
「これだけで、三ヶ月かかった」
俺は言った。
「なにか夜にこそこそやっているかと思ってたら……」
「サーブが合法になるかどうかのラインを、体に叩き込むだけで三ヶ月。まだドライブも、ストップも、満足にできない。それでも、少しずつ、戻ってきてる」
「戻ってきてるって……」
「病院のとき、天堂がスマホで見せてくれた選手がいたの、覚えてる? ポーランドの、ナタリア・パルティカ選手。パラリンピック5大会出場」
母は、覚えていないようだった。あの時、聞く余裕もなかったのだろう。
「俺と同じ、右腕の肘から先がなくても、東京オリンピックに出た選手だよ。健常者と同じ舞台で」
母は、何も言わなかった。
ただ、ラケットを構えたままの俺の右腕を、じっと見ていた。
「無理かどうかは、俺が決める。母さんが決めることじゃない」
言ってから、少し強すぎたかもしれないと思った。だが、撤回する気はなかった。
沈黙が続いた。
先に口を開いたのは、父だった。
「――顧問には、話したのか」
予想していなかった言葉に、一瞬、答えが遅れた。
「まだ。まず、二人に話してからと思って」
「話に行け」
それだけ言うと、父はまた湯呑みに視線を落とした。
「父さん」
母が、咎めるような声を上げた。
「織絵先生なら、無茶はさせない」
父は、それだけ言った。
小田切先生を下の名前で呼んだことに、俺は少し驚いた。
父と先生に接点があったことすら、今まで知らなかった。
母は、まだ納得しきっていない顔をしていた。
だが、それ以上は何も言わなかった。
俺は、ラケットを鞄にしまいながら、心の中でだけ、天堂に感謝した。
あの日、パルティカ選手の存在を見せてくれたことが、こんな形で効いてくるとは思わなかった。
その夜、俺は寝る前にパルティカ選手のyoutube動画を見た。
右肘に乗せて、綺麗なトス。何回練習したんだろう。
そして、それは今の俺にできるのだろうか。




