第9話 お嬢様と祈里様
「あれが九条本宿です。」
「こんな大きな村がダンジョンにあったのか」
俺は馬車の幌にある覗き窓から村を眺めた。
それは、村というより大きな町に見える。
”時代劇のセットやんw”
”それより古い時代じゃない?”
”観光客いるやん”
”ゲートの場所発見、今度いくわ”
”馬車とか商人とか賑わってんな”
”リアルで商売できそう”
”いや九条商会が運営してるてwww”
「あの広場では毎年、花火大会を開催しています」
九条は楽しそうにホログラムで花火を映した。
それを火凛が興味深そうに眺めている。
九条榛奈。俺もテレビや雑誌で見たことがある。
清純派の若手女優みたいな容姿にして、実業家。
仕事の話が好きなのか、思ったより喋る。
(先ほど悪魔の契約を交わした女とは思えないな)
九条本宿は、山間の開けた土地を囲むようにあった。
そのメインストリートは広く、三車線道路くらいの幅がある。
道沿いには様々な施設が並んでいた。
”ゲート近くの宿予約したわ”
”はやっwww”
”鍛冶屋あったけど何つくんだろ”
”おっさん、訓練所を見たい!!”
”何の訓練すんだよw”
”俺は観光案内所だな”
”仕事手配所まであんのか”
(コメント欄は今日も平和だな)
俺は外を見ていて異界人が多いことに気付いた。
彼らは働いているように見える。
思わず覗き窓に釘付けになった。
「九条本宿では多くの現地人が働いています」
(異界人と交流してるのか)
九条は当然のように言った。
異界人を奴隷扱いしている様子はない。
ダンジョンでも手広く商売をしているようだ。
”異界人ってNPCかと思ってたわw”
”村人Aとかじゃないのかよ”
”やべっ、気をつけよう”
”探索者だと常識だけどな”
”突然のマウントで草”
”自称探索者www”
”言葉が少し変だから怖いよね”
”わかる。方言みたいに聞こえる時もある”
俺は九条商会が馬車で送迎する理由を考えていた。
祈里はともかく、俺と火凛はお尋ね者だ。
警察や探索者協会と対立しても手を出した理由。
<どうやって車をダンジョンへ持ち込んだんですか?>
やはり、あれが九条商会の本音だろう。
実際、メインストリートに車は1台もなかった。
俺と火凛がゲートの鍵を握っている。
そう思っているはずだ。
だが、同時に危険性も見せつけられている。
(結果として、手が出せないといったところか)
だから契約書で縛った。
そんなところだろう。
”おっさん、黄色ランプ点いてんぞw”
”それ別チャンネルで賞金稼ぎってきいたわ”
”まじか、ちょっと見てくる”
”祈里氏が目覚めないと戦力不足だろがい”
”なんで怒ってんだよw”
”信者に構っちゃいけませんwww”
「お嬢様、少し急ぎます。おつかまりください」
窓越しに届く護衛の声が少し緊張している。
馬車がガタンと跳ねた。
その拍子に祈里が目を覚ます。
「これ」
「ん、ありがと」
いつの間にか火凛が瓢箪を手渡している。
それを躊躇なくグビグビと呷る女子高生。
やはり火凛とは距離をあけた方がよい。
(それ以上は飲ませない方がいいような気がする)
「山賊じゃない!賞金稼ぎだ!!」
「対人用に切り替えろ!」
馬車の外では物騒な声と金属音が聞こえる。
俺は屋外に出たかった。
こういう狭い空間では逃げようがない。
「お嬢様、頭を伏せてください」
その声と同時に、馬車が激しく揺れて停まった。
周辺が静かになった。
どうやら囲まれたようだ。
俺はそっと出口へ近づき、馬車を降りようと————
「ぉわぁあ」
背中を押されて、地面へ落ちた。
俺は祈里をジト目で見上げた。
どうやら正気だけは回復したようだ。
「どうやら、あんたが狙いみたいね」
「いてて、…だから静かに降りようとしてただろ」
賞金稼ぎは6人、思ったよりも少ない。
だが隠れていたり、待ち伏せの可能性もある。
つまり6人以上と考えた方がいい。
「賞金稼ぎは6人だけね」
「なんでわかんだ?」
祈里が自分のホログラムを見せる。
信者たちが調査結果を報告していた。
(そんなコメント欄の使い方があんのかよ)
”おっさん!6人らしいぞwww”
”おっさん情報からコメント書くなしw”
”役立たずだなおまいら”
”おまえもなw”
”以上、コメント欄がお届けしましたw”
(まっじで使えねぇのな)
「祈里!!!」
「九条さん、…ご心配ありがとうございます」
その言葉を聞いた九条は馬車の中へ戻る。
狂犬でも敬語を使えるんだなと感心した。
そんな祈里ちゃんがキッと俺を睨んで、顎を上げた。
あぁたぶん、これだろう。
「っう、こいつ煙玉もってるぞ」
「業解き」
「っぐはぁ」
俺は目立つように小型スピーカーで大音量を流した。
そのまま馬車から離れていく。
火凛を逃すのが先決だ。
俺の爆音逃走に賞金稼ぎが集まってきた。
「おい、そろそろやってくれないか!?」
空へ向かって叫んだ。
敵が集まってるんだから、絶好のチャンスだろう。
吹き矢やらボウガンやら物騒なものが飛んでくる。
「おいこら!祈里、ふざ————」
「鎮め」
賞金稼ぎたちは一斉に地面へ落ちた。
実際に沈んでいるわけではないのだろう。
ただ黒い靄に引き摺り込まれ、足掻いているのはわかった。
「護衛さん、お願いします」
「かしこまりました。祈里様」
九条の護衛が手際よく賞金稼ぎを捕縛していく。
もはや祈里が活躍するための舞台装置だな、俺は。
ん、どういうことだ。
「祈里様?」
俺の質問が聞こえなかったのか。
祈里は馬車へと戻っていった。
俺は深く関わらない方がいいと思った。
◇◇◇
賞金稼ぎの騒動後、ようやく九条本宿に着いた。
しかし、馬車は奥へ進んでいく。
表通りの喧騒から離れたあたりに別の堀が現れた。
そこは九条グループ関係者が暮らす居住区だという。
(お偉いさんの住宅街か)
馬車の護衛が門番と手続きをはじめた。
”なんか2階建ての家あるくね”
”煉瓦造りとか1世紀くらい時代が違くて草”
”九条商会の住宅街って初公開だろ!”
”まじか”
”ワクワク”
門番が手を挙げると重そうな扉が開く。
通路は門を境に土から石畳へと変わっていた。
門をくぐるとピピッという音がした。
どうやら九条ドローンが休眠モードに入ったようだ。
(高級住宅街は非公開ってわけか)
藁葺き屋根は姿を消し、煉瓦造りの2階建が連なっていた。
馬車は、そのうちの一棟の前で止まった。
(ここが俺と火凛の新しい住まいか)
俺と火凛は覗き窓から外観を眺めていた。
すると、なぜか祈里が馬車から飛び降りた。
「九条さん、私もここで暮らすことにした」
「わかりました」
九条が手を挙げた。
荷車から祈里の荷物が運び込まれていく。
(いや、おっさんの意見も尊重しようぜ)
俺たちの荷物は軽トラに入ってるから問題ない。
馬車から降りると、愛車のジャンボ君が近づいてきた。
「ダンジョンで車を運転するの不思議っすね」
妙にフレンドリーな男から鍵を受け取った。
俺は新居を眺めた。
なにやら庭の一部を工事している。
「あれは駐車場です」
「な、んだとっ!?」
俺は感動して九条お嬢様の手を握ろうとしてしまった。
家の入口付近と護衛から殺気を感じたのでやめておく。
その時、馬車のあたりがざわついた。
火凛が降りたのだ。
先ほど人間一人をどこかへ飛ばしたばかりだ。
(まあ、当然の反応か)
俺と火凛は2階建ての建物の1階に住むようだ。
玄関を過ぎると広い洋風のリビングがあり、奥には小さな寝台が2つ並んでいた。
その手前には机と椅子、簡易な棚も作り付けられている。
だが、窓には格子があった。
家の外には護衛がつくという。
(客室というより、上等な留置所だな)
火凛はリビングの隅に立っていた。
じっと、窓の格子を見ている。
「逃げる準備だけはしておく」
火凛が俺を見上げる。
ほんの少しだけ、安心したように見えた。
「火凛さんには、手習所へ通っていただきます」
はたして学校へ通えるのだろうか。
火凛が俺の袖を強く掴んだ。
気持ちが痛いほどわかる。
俺だって学校を逃げてきた。
(とりあえず見るだけ見て火凛に決めてもらおう)
俺は火凛と一緒に、手習所へ向かった。
建物の開け放たれた窓から、子どもたちの声が聞こえる。
小袖を着た子。
袴を履いた子。
商家の子らしく、少し立派な羽織を着た子もいる。
火凛が少し後ずさる。
俺も行かせたくはない。
だけど、俺とだけの世界では狭過ぎる。
「大丈夫だ。嫌なら逃げてこい、俺はお前から逃げない」
火凛は小さく頷いた。
俺の袖から手を離す。
手習所の女師匠らしき人へ向かって歩き出した。
(すっげぇ辛い、なんか泣ぎだい)
「遠野さん」
背後から榛奈の声がした。
振り返ると、彼女はいつもの涼しい笑みを浮かべていた。
「火凛さんの見学が終わりましたら、次は遠野さんの番です」
たしか仕事手配所だ。
俺が忌避する場所の1つ。
そこで九条商会の探索者として登録するらしい。
「でも、その前に少しだけよろしいですか?」
◇◇◇
九条榛奈は喫茶店のような外観の店へ入った。
昭和レトロとか、そういった趣の造り。
若手女優が座ると映画の撮影みたいに見える。
「祈里さんと知り合った経緯を教えてください」
「へっ?」
ゲートの話や火凛、俺の逃亡容疑などを問い詰められる。
その覚悟で来ていた。
まあ祈里との出会いにやましいことはない。
俺はありのままを話した。
「祈里さんは、面白いことをしますね」
九条はカップへ視線を落としたまま、小さく笑った。
「ふふっ」
「山姥も、驚いたでしょう」
九条は上品に笑い続け、時折ハンカチで目を拭った。
俺の話が面白いと言われたことなんてない。
そこまで泣くほど笑えるのは商人の性か、祈里の仕業だ。
(祈里の近況を知りたいってことは顔馴染みか)
まぁいい、人の関係には深く立ち入りたくない。
俺はふと疑問に思っていたことを口にする。
「どうして、あいつは死にそうな無茶をするんだ?」
九条は少し驚いた様子でコーヒーを口へ運んだ。
そして、不思議そうに答えた。
「貴方がいるから、ではないですか?」
何を言っているんだ?
俺が逃すから無茶できる、とでもいうのか。
そう言い返そうとした。
できなかった。
九条の後ろにあるガラスを見た。
そこには、哀しそうに微笑む自分がいた。




