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第10話 私も、貴方に興味が湧いてきました

(居住区は動物でも飼っているのか?)


仕事手配所へ向かう途中、俺は妙な声を聞いた。

居住区の奥にある低い建物あたりだと思う。

窓は小さく、扉には鉄の補強が入っているように見えた。


「あれは罪人牢です」


九条はオブラートに包まずに話した。

意外と裏表がないのかもしれない。

九条本宿の規模なら牢屋も必要になるだろう。


(やはり人に関わるもんじゃないな)


俺は小さく息を吐き、九条の後に続いた。

関係者用の門を抜けると、本宿の喧騒に包まれた。


ここで初めて九条ドローンが起動した。

俺のアカウントが登録されていて、配信サイトでライブ配信が開始された。


”1コメ”

”おっさんの配信復活!”

”まだ生きてたのかw”

”1コメ”

”時代劇みたいなとこにいて草”

”おっさんが立ってるとコントみたいだなw”


(よーし、お前らのID覚えたからな)


少し歩くと表通りに面した二階建ての大きな建物があった。

入口の上には、木の看板が掲げられている。


――仕事手配所。


中に入ると、壁一面に木札がかかっていた。

荷運び、護衛、屋根修理、薬草採り、夜警、山道の案内。

赤や青の紐がついた木札の前では、口入屋くちいれやや世話役が仕事を振り分けている。



”異世界転生じゃんw”

”おっさん死んだって、マ?”

”1コメ”

”もはや異世界ギルドな件”

”職業は逃亡者か?”

”逃亡者って、犯罪者で草”



俺が木札を眺めていると、九条が一枚の札を取った。

その札には黒い紐が結び付けられていた。


「遠野さんの仕事は、もう決まっています」


嫌な予感しかしない。

その時、外で荷車が倒れるような大きな音がした。


入口に荷運び人の格好をした男が飛び込んでくる。

勢いよく担いでいた木箱を床へ叩きつけた。

煙玉のような煙が舞い上がった。


「山賊だ!」

「荷運びに紛れてやがった!」


山賊は、最初から本宿の中に紛れていたように感じる。

それに、俺には敵意や悪意を感じられない。


”なんかイベントが始まったw”

”相変わらず騒々しいおっさんだな”

”おっさん関係ないだろwww”

”奴隷のおっさんがいると聞いて来た”


九条の護衛が素早く前を固める。

当の本人に慌てる様子はない。


「遠野さん、初仕事は山賊の討伐です」


そう言って木札を揺らしている。

入口とは反対の奥にいるから安心しているのだろうか。


(そういう油断が命取りになる)


そんなフラグみたいなことを思っていた。

すると、建物の奥で破裂音が鳴った。

九条の周辺が白い煙で覆われる。


(言わんこっちゃない)


俺はジト目、もとい【疑いの眼】をした。

僅かな黒い靄が結構なスピードで移動している。

しかし、怪異ではない。

それは粗末な着物を着た少年だった。

顔は泥で汚れていて、年は火凛とそう変わらないくらいに見えた。

彼は九条のトートバッグを強引に奪い取った。


(少年、ヤバい相手のバッグを盗んだな)


俺は少年を捕らえられる位置にいた。

だが、少年は九条商会のお嬢様を転倒させてしまった。

その時点で逃すことにした。


「おい!逃すな!!」

「お嬢様、お怪我は!」

「お嬢さんが倒されたぞ!!」


意外だったのは異界人が九条榛奈に好意的なことだ。

無理やり労働を強いているというわけではないらしい。


異界人と九条商会が殺気立ち、少年を追う。

屋根の上から弓兵が矢を放つ。


(ったく、子ども相手に!)


俺は石縄を少年に向かって投げた。

正確には矢の着弾地点で回転するように投げた。

石縄が矢を巻き込んで落ちる。


”おっさん外してて草”

”いや、おっさんの命中率は高いぞ”

”今まで外したところ見たことないわ”

”うちのニワカが誤解してすみませんw”

”少年助けてて惚れた”

”弱者救済!弱者救済!弱者救済!”

”弱者が湧いてるw”


包囲を突破したと思った瞬間だった。

家屋から槍が突きつけられ、少年の肩をかすめた。

衣服が裂け、赤いものが散る。

少年はよろめいたが、倒れなかった。

山賊たちが追跡者を妨害している。


(なんとか逃げ切ったな)


残っていたのは、倒れた荷車。

散らばった木箱。

腰を抜かした商人。

そして、地面に落ちた少しの血。


九条は石縄を持っていた。

そして、俺をまっすぐに見て微笑んでいる。

少年を逃したのがバレたのかもしれない。


「あれが初仕事の対象か?」

「はい、山の麓に拠点を持つ山賊です」


”なんだか九条榛奈に見えるんだがw”

”グラビア写真の時より若返ってて草”

”おっさん、そこ代われ!!”

”おいらも契約したいです!”

”待って!今すぐ逃亡者登録してくる”

”おまわりさーん、逃亡者がいまーす”


九条は何事もなかったように、さっきの木札を俺へ差し出した。

黒い紐が結ばれた木札だった。


「九条商会の部隊、1日10万円で貸し出します。」


(絶対に逃さないつもりだな)


「じ、じ、自分は山賊討伐隊の騎馬衆の隊長に任命された柿崎であります!」

「俺は足軽衆を束ねる六平だ。お前らの言う異界人だな」


(自分は逃亡Lv99のおっさん、遠野です)


そんなことを心の中で呟きながらため息をつく。


「それでは、今日の夕刻には出発してください」


九条の笑顔が西()()に照らされている。

ここまで混じり気のないブラック企業はみたことがない。


(戦闘できない俺より祈里を連れてった方がいいぞ)


俺は心の中で反論して、最終的にため息として吐き出した。


「ようこそ、九条商会へ」


俺はもう一度ため息をつき、黒い紐の木札を受け取った。


”火凛氏が映ってない件”

”俺の嫁は?祈里ちゃんはどこだ!”

”オフライン動画のアップロードきぼんぬ”

”きぼんぬとか草”

”おじいちゃん、もう寝なさいwww”

”山賊相手に逃げても仕方がない件”

”次回:逃亡Lv99のおっさん、なぜか部隊を率いるw”


◇◇◇


(俺が逃げるなら、この辺りかな)


俺は外れにある空き倉庫の扉を開けた。

長いこと使われていないようだ。

夕刻には山賊狩りへ出発しなければならない。


「おーい、さっき石縄で助けたおっさんだ」


しばらくすると少年が床下から顔を出した。

昔見たホラー映画を思い出して変な声が出る。


「お前、さっき何が欲しかったんだ?」

「鍵じゃぁ、牢屋のぉかぎぃほしぃいんじゃぁ」


牢屋ってことは、居住区の罪人牢のことか。

弥七やしちと名乗る少年は山賊と暮らす異界人。

妹を探しているという。


「その妹が牢屋にいるってことか」


子どもの妄言ではなさそうだ。

弥七は調査して推測し、山賊の協力まで取りつけている。

そして確信に近づいたから九条のバッグまで奪いに来た。


弥七の妹ってことは相当幼いぞ。

何の罪で捕らえられているんだ?


「俺はもうすぐ山賊討伐へ行く、そこで相談だ」


弥七に妹と会わせることができるかもしれないと伝えた。

それには先に、山賊討伐の現場まで行く必要があること。

そして俺は退治するつもりがなく、可能なら山賊を逃がしたいと伝えた。


「わかったぁけぇ、先に行ってぇ調べるさぇ」


やはり弥七は聡い。

俺は現地の情報が手に入れば十分だった。

さらに、すでに知っている情報も教えてくれた。

山賊の村は怪異が支配しているらしい。


「わかったらすぐに出発してくれ、あの戸から出れば警備は手薄だ」


弥七は隠れていた仲間と一緒に駆けて行った。

山賊討伐隊より早く着けば、山賊たちも準備ができるだろう。

俺の背中から靴音がした。

九条榛奈お嬢様だ。


「遠野さん、依頼内容を反故にするのですか?」

「あんただって初めから山賊を討伐するつもりじゃなかっただろ」


逃亡者の俺に山賊討伐を依頼する理由。

それは、九条が馬車の中で語っていた。

九条本宿の周辺には山賊の村が点在し、脅威だと。

その一方で異界人との共生を謳って労働力にしている。


(討伐の看板を掲げて、山賊を九条本宿へ取り込むつもりか)


「そうですね」


九条は俺を試している。

信頼に足る逃亡者か、見極めようとしている。

そう思った。


こいつは祈里を知っているし、火凛の孤独も見ている。

火凛を逃がし、祈里にも一目置かれた俺を利用したい。

何より俺は決して戦わない人間。

そんな俺に依頼する理由は1つだけだ。


「依頼内容は、『山賊や異界人の信頼を得てこい』だろ?」


九条榛奈は、答え合わせをするように微笑んだ。

それと同時に、耳元でピピっと電子音が鳴った。

九条ドローンが白く点滅し、スリープモードが解除される。


(お嬢様の試験は合格ってところか)


「さぁ、遠野さん。もうすぐ集合時間です。参りましょう」

「んぁ?一緒に来るのか」


九条榛奈は時代劇の街並みをバックに振り返った。

朝ドラに出てきそうなシーンだ。

そして九条は悪戯っ子のような表情を浮かべる。



「私も、貴方に興味が湧いてきました」



”おいおい、廃屋で何してたん!?”

”なぜ配信中止だったのか”

”空白の1時間w”

”やりやがったなwww”

”賞金首が山賊討伐って何なん”

”九条榛奈お嬢様が接近中!!!”

”は・る・な!は・る・な!”

”お前は祈里教徒だろwww”

”次回、山賊討伐と逃げるおっさんの巻”

”どっちが討伐されたかわからなくて胸が震える”

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