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第8話 お嬢様の名は九条榛奈

「さっ、火凛ちゃん。お姉ちゃんたちと行こう?」


突然、男1人と女3人の自称・救助隊に囲まれた。

彼らの言葉とは裏腹に動くなという圧力がある。

火凛の鬼門は最後の手段だ。使えば、さらに狙われる。

女の1人が、火凛の肩に手をかけた。


「その手を離しなさい」


祈里が右腕に装着しているボウガンを撃った。

こいつは相変わらず、ぶっ飛んでやがる。


相手は救助隊に選ばれた探索者。

A級ライセンス以上を持つ実力者だ。

つまり、祈里は格上相手に攻撃を仕掛けた。


「火凛を連れて、早く2()()()()で消えなさい」


そんなことを言われなくても、俺は逃げ出していた。

振り返ると、祈里は術を使わず戦っている。

だが、女3人は術を警戒しているようにも見えた。

祈里のことを知っているのか。


(脚部アシストフレームを装着していないのに、なんで互角なんだ)


「おっさん、よそ見している暇なんてないぞ」


俺よりも遥かに体格の良い男が襲ってきた。

円満な家庭で育ちましたって顔立ちだ。

俺は、無言で煙玉を投げつける。


「うぉ、てめえ!」


別に地面でも良かったのだが、なんとなく顔面に投げつけた。

俺は火凛を抱き上げて、川辺へ向けて走った。


「おい、待て!こら!!」


さすがはA級ライセンス、逃亡Lv99の脚力についてくる。

いや脚部アシストフレームのおかげか。

俺は男に撒菱を、川へキュウリを投げながら感心していた。


「おっさん、危ねぇだろうが!!」


男が叫ぶ隣の川面から泡が立ち始めていた。

俺は立ち止まり、振り返った。

そろそろ、頃合いだ。

いそいそと俺は自分と火凛に【隠れ蓑】を掛け始める。


「はっ、観念したか。その娘をよこせっ」

(それはもう悪者のセリフだろ)


そんな悪者の近くにある水面が泡立ち始める。

川のせせらぎで変化に気付いていないようだ。


「この娘は望んで私と一緒にいるんですよ?」

「何を気持ちの悪いこと言ってんだ、おっさん」


———などと適当な会話をして、水面の変化から気を逸らす。

その泡はやがて河童へと姿を変えていく。

本当にキュウリが好きなんだな、と思う。


「ねぇ、そのまま動かないで聞いて」


突然、川の反対側にある草むらから祈里の声がした。

探索者に気付かれないように俺は前だけを見続ける。


「この人は九条榛奈くじょうはるなさんっていうの」


横目で草むらを見る。

そこには23歳前後の長い栗色の髪を持つ女性が立っていた。

淡い水色のワンピースを着こなして、聡明で上品な印象がある。


「貴方が遠野さん?九条です。はじめまして」


その声も涼やかで、春風が運ばれてきたみたいだ。

おおよそ探索者とは思えない。


(どこかの巫女とはえらい違いだ)


「なんかいった?」

「なにも言ってないっす」


九条という名前に嫌な予感がした。

たしか九条家は旧財閥系の名家で、ダンジョンに早い段階で目をつけた一族でもある。

九条商会は三大商会の一つだ。


(同接150万ともなると商会が近寄ってくるのか)


目の前では、探索者の男が河童たちと遊んでいる。

そろそろ逃げ頃かな。


「九条さん、伏せて!」


九条に向けて二方向から矢が飛んできた。

それを祈里が弾く。

人の身長を超えるジャンプ力、なんだその主人公感は!

ジト目で見る。

靴底に白い靄が見えた。


(なるほど術で体を飛ばしているのか、器用だな)


しかし、高く飛びすぎた。

背の高い木の枝から女が飛び降りてきた。

俺にまで聞こえる音で後頭部を殴打した。


「くっ」


もう1人の女が身を沈め、落ちてくる祈里の腹部に膝蹴りを叩き込んだ。

あっという間だった。

上下から殴打された祈里が嗚咽を漏らす。

だが、祈里もただでは倒れない。


しずめ」


自分と一緒に2人組を地面へ叩き落とした。

だが、祈里も限界を迎えていた。

ふらつき、目の焦点が合っていないように見える。

ゆっくりと前方へ倒れていく。

そこへ3人目の女がナイフを喉元へ滑らせようとしていた。


俺は何も助ける力がない。

俺は火凛を見た。


(ゲートの力なら助けられるはず)


火凛が頷き、手をかざした。

そんな甘い力ではなかった。


祈里の元へ地面を滑るように近づく女。

それを阻むかのように赤い靄が出現した。

その靄へ女が滑り込むと、すぐに蒸発した。

もう女の姿はなかった。


「ヒィイイイ」


地面から這い出た2人組が悲鳴を上げる。

そこにはナイフを握った左手と右足があった。

3人目の本体は、どこへ飛ばされたのだろう。

鬼門というわざを見誤っていた。


(移動するだけではないのか?)


女たちが一目散に草むらへ散っていく。

さすがに火凛の能力までは知らなかったようだ。

人外の力。

俺は祈里を抱き止めて、残った手足を見ていた。


「おっさんは寝てな!」


後ろから男の声が聞こえた。

すっかり忘れていた。


「護衛!遠野さんを!!」


九条の掛け声とともに着物の男たちが現れた。

1人は足元に石縄を投げ、もう1人は長い木の棒で男を倒す。

最後の1人は俺の前で防御の姿勢をとっていた。


「お嬢、遅れて申し訳ございません」

「大丈夫、ありがとう」

「物見から小部隊の接近を確認したと————」


九条さんはお嬢様らしい。

それだけは俺でもわかった。


「遠野さん、状況を確認しましょう」


九条が春を連れてくるような笑みで近づいてくる。

彼女は俺が置かれている立場を説明してくれた。


まず探索者協会に狙われていること。

それだけでなく、探索者協会が俺に賞金をかけたこと。

そして、ドローンの収益が抹消されたこと。


(収入ゼロって、配信前より悪化してんのか)


「そこで、このドローンを差し上げます」


目の前には九条商会と書かれた配信用ドローンがあった。

俺が購入した市販の配信用ドローンは、探索者協会のログインが必要だ。

しかし、このドローンは九条商会へログインするという。

配信サイト自体は変わらない。

今後、九条商会の独自広告システムから報酬を受け取る形になる。


「貴方は1日で莫大な富を生む探索者コンテンツです」

「はぁ」

「遠野さん、今日から九条商会うちが貴方を買います」

「まじか」


(会社から逃げた人間が、ついに奴隷か)


九条の護衛が何やら紙を渡してきた。


「売上の8割を九条商会が貰い受けます」

「こちらが契約書です。母印を押すので親指を貸してください」


契約書が読み上げられる。

現在位置情報は常時ON。安心サポートは24時間365日で、常に音声で対応するらしい。要するに常時監視されるってわけだ。

それと新しいドローンは90万円で、割賦払いになっていた。


(何が差し上げますだよ)



九条商会ドローンが起動した。


護衛からパンフレットを受け取る。

表紙には九条商会・専属配信者ガイドとあった。


”おっさんの配信復活!”

”1コメ”

”あれ画面が少し変わってない?”

”ほんとだ九条商会のドローンになってる”

”おっさん、商人へジョブチェンジw”

”まさかの九条商会所属”


ドローンは変わってもコメント欄は普段通りだ。

俺はパンフレットを眺めることにした。

ガソリン、食料、物資の調達、配信報酬の換金、保険も含めて丸ごとサポート。

つまり、俺は配信さえしていればガソリンも食料も住まいも保証されるわけだ。


「探索者協会から身を守る護衛もつけます」


九条は涼やかな声で付け加えた。


(奴隷か、保護かは捉え方次第か)


そこへガラガラと音を立てながら、3台の馬車が姿を現した。

大富豪なのに、どうして馬を使ってるんだ?

てっきり、高級車で来ているものだと思っていた。


九条が振り返り、俺の手を取った。

「動画見ました、格好良かったです。映画みたい!」


”九条榛奈さんじゃない?”

”雑誌のグラビア見たわ”

”まじか、お綺麗すぎる”

”朝ドラとかやってそう”

”わかる、若手女優感”

”おっさん、手を離しやがれ!”

”同接150万もいくと世界が変わるな”

”これは夢がある配信”

”逃亡者だけどなw”


九条の言うこともわかる。

たしかに俺にとっても最高の瞬間だった。

昔好きだったタイムトラベルする車の映画を思い出したくらいだ。

俺は手を離して、質問した。


「これからどこへ行くんだ?」


九条は自分の手を眺めながら意外そうな表情を浮かべた。

そして、少し楽しそうに微笑む。


「近くに九条本宿くじょうほんじゅくがあります。そこで住まいを提供いたします」


護衛たちが祈里を馬車の中へ運んでいる。

祈里は危険だが、何度も助けられてきたのも事実。

さっきは火凛を祓う素振りもなかった。


(これで先に逃げたら寝覚めが悪いな)


祈里も一緒に連れ出すなら村まで同行するしかない。

ボロボロになった巫女を見ながら、肩を落とす。


”祈里氏が重症な件”

”マジやんけ”

”何があったん?”

”空白の1時間”

”あの迷惑配信者じゃねw”

”俺の嫁を傷つけやがって”

”これは炎上案件www”

”祈里氏の配信みてたけど違うからな!”

”祈里ちゃんは探索者協会にやられたんだよ!”

”信者切れてて草”


九条は祈里の知り合いなのだろう。

丁寧に扱うよう指示を飛ばしていた。

だが、こいつらの狙いは火凛だ。


さっき祈里が「2()()()()で消えなさい」と言った。

それがヒントだ。

祈里は仕事で九条たちを連れてきていた。

しかし、俺たちとは接触させたくなかったんだ。


「火凛ちゃん、ちょっと揺れるけど我慢してね」


俺と火凛が馬車へ乗り込む。

馬車の周りには、馬に跨った護衛が囲んでいた。

武器を携帯している。

俺たちは守られているのか、捕らえられているのか。


だが、この馬車が答えだろう。

九条商会の目的がわかったような気がする。


「ところで遠野さん」

「はい」


九条が馬車の椅子に腰掛ける。

俺と火凛に対面する形になった。

九条ドローンが休眠モードに切り替わった。


そして、彼女は春風を思わせる笑顔を浮かべた。


「どうやって車をダンジョンへ持ち込んだんですか?」

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