第7話 ダンジョンで軽トラ生活はじめました。
軽トラが赤い靄を走り抜ける。
「火凛、俺の腕につかまれ」
俺は目の前が崖や山肌ではないかと急ブレーキをかけた。
ダンジョン内では聞かないような金属音が鳴り響く。
助手席に差し出した腕に掴まった火凛はシートベルトもあって衝撃はないようだ。
(山間部の集落だった場所、って感じか)
”やべぇ逃亡犯のその後を見ている”
”これはドキュメンタリー”
”逃亡犯はイマ”
”見捨てられた村って感じだな”
”逃亡者にあってて草”
”屋根に苔って、どれくらい放置したんだよw”
かつて人が住んでいたのだろう。
長い月日が経ち、朽ち果てた家屋たちは森に還り始めていた。
俺は4WDに切り替えて集落を見渡せる屋敷まで移動した。
駐車場なんてないので庭らしき場所に停車する。
(縁台も綺麗だし、ここで腹ごしらえをするか)
こうしていると終末世界でサバイバル生活しているみたいだ。
火凛が助手席から降りてくる。
「まさか軽トラごとダンジョンへ来れるとはな」
そう言って愛車のジャンボ君を撫でた。
探索者たちには有名らしい入り口の子、火凛。
こんな大技を持っていると、なんかの組織に狙われそうな能力だな。
(逃げることしか脳がない自分とは大違いだ)
シェルの中から折りたたみテーブルを取り出し、IHコンロを置いた。
電力とかガスとか灯油、ガソリン。
そういった燃料は節約しなければならない。
”キャンプセット入ってるのか”
”IHが1500W仕様は玄人”
”わかる1000Wは火力不足”
”キャンパー沸いてて草”
”IHはキャンプで使わんぞ”
”おまいらもちつけwww”
俺は山奥へ移住する数年前から、1日1食やコンポストトイレに慣れていた。
スーパーへの買い出しも半年に1回というと、よく驚かれた。
だが、13歳前後の火凛は食べ盛りだ。
衣食住だけは満足させてやらねば。
見切り品の焼肉セットが焼けた。
庭に空腹を刺激する匂いと煙が広がる。
”火凛氏、肉の匂いに少し興味を示す!”
”これは可愛い”
”早く食べさせてあげて!”
”近所関係なくてBBQは羨ましい”
俺はオートミールでいい。
だけど、火凛にはパックご飯を買っておいた。
焼肉と白米の組み合わせを知ってしまうのは危険だ。
しかし、一度は通らないといけない試練だ。
火凛に白米と焼肉という悪魔セットを渡した。
少し眺めていたが、やがて少しずつ食べ始めた。
”親目線だと悲しくなるな”
”わかる、元気よく食べてほしいわ”
”火凛氏、初のもぐもぐタイム”
”IH使ったら電気なくなるのでは?”
”ソーラーパネルついてたよ”
”400W前後ありそうだな”
”ダンジョン内は太陽でるから問題ない”
”おっさんの保護者多くて草”
「遠野、これ食べたい」
「おお!待ってろよ。ほれ」
悪魔セットを気に入ったのだろう。
火凛がおかわりをした。
なんか育成ゲームみたいだ。
ようやくハマる人の気持ちがわかったのかもしれない。
突然、ドローンの黄色いランプが点滅した。
赤色なら怪異だが、この色は人間だった気がする。
なんでこんな廃村に…と思い、ドローンを見る。
”火凛ちゃんのもぐもぐタイムを見せろ!”
”おっさん、今ごろ気付くw”
”現在位置が強制ONな件”
”隠れたつもりかよ!”
”居場所はマップで丸見えで草”
”有名な迷惑配信者きてるよ”
そういえばダンジョンの外でも現在位置が強制ONになっていた。
そのせいで警察や探索者協会にボロ別荘へ先回りされて、すぐにダンジョンへ潜ることに———
「とりあえず、そのドローンを壊しなさい」
その声がした方から矢が飛んできた。
ボンっという大きめの爆発音が轟く。
地面に落ちたドローンは小さな火柱を勢いよく噴き出している。
「祈里か?」
「そうよ、なんで早く壊さなかったのよ」
(かなり高い買い物だったのになんてことをしてくれたんだ)
祈里が廃屋の屋根から降りてきた。
俺は身構えるが、火凛は逃げる素振りを見せない。
まだ祓ってほしいと思っているのだろうか。
「まだ火凛を祓うつもりか?」
「そうね、祓うつもりだった。だけど腐れ縁の頼み事を優先してる」
不満そうに呟く祈里、腐れ縁って誰のことだ?
とりあえず火凛への攻撃をする素振りは見せない。
そんなことを考えていると何かが倒壊する音がした。
廃村の入り口の方から騒がしい声が近づいてくる。
コメント欄にあった迷惑配信者かもしれない。
「はーい!みんな見てるー?誘拐犯に追いついたよお!」
「あれ、JKもいんじゃん!アイドルみたいな顔してるぞ」
「これから恒例の私刑タイムをはじめまーす!」
「それじゃ、ちょっとだけオフラインになりますねー」
探索者が4人、こいつらが迷惑配信者か。
彼らはドローンをオフライン録画に切り替えていた。
俺はその隙に逃げようとしたが、祈里が手で制止した。
(なんで逃げないんだよ!)
「おっ、先にJKが相手してくれんの?」
「学校の制服って本物か、こりゃ楽しみ!!」
「誘拐犯を守るの?こりゃ現行犯だな」
「よし俺が私人逮捕してやんよ」
なぜか祈里が祝詞を唱え出した。
あいつらは怪異じゃないと言おうと思ったが、怒鳴られそうなのでやめた。
「巫女さんだっけ?あっちの廃屋でお話でも————」
「荒魂祓い」
祈里の身体から白い靄が勢いよく吹き出した。
「ぐはぁあ」
「ちょ、ちょっと待っ————」
「おいおい、マジかよ」
それを浴びた配信者たちがバタバタと倒れていく。
もう終わっているはずなのに、祈里は続ける。
「ウグゥグゥグウ…」
配信者たちが痙攣しながら、泡を吹いていた。
何名か呼吸ができていない。
「おい、人殺しになるつもりか」
「怪異みたいなもんでしょ、あんなの」
「それに、なんで人間に術が効くんだ?」
「あんた…、怪異のことも知らないで鬼を連れてったの?」
酷く呆れた様子で祈里が俺を見た。
他に言うべきことはあったのだが、違うことを口にした。
「鬼じゃない、…火凛だ」
怪異はダンジョンの中にいるモンスター的なやつと思っていた。
神職の団体が何と戦っているのかは知らない。
それを知ったら関わることになる。
だから、会話から逃げた。
「人間だって怪異になるの、堕ちるといったほうがいいかもね」
そうなのか、だから【疑いの眼】で人間にも黒い靄が見えるのか。
怪異は別世界の存在だと思っていた。
探索者協会を名乗る男を思い出す。
身近なところまで影が迫ったようで、背筋が冷えた。
「だけどね、怪異が人間に還るなんて調べた限り存在しない」
そう言いながら、祈里は火凛を見つめる。
その言葉に火凛の前に立ち塞がる。
しかし、昨日とは少し様子が違った。
どこか遠い目をする祈里は、少しだけ寂しそうに見えた。
「そういえば、俺の30万円もしたドローン壊すなよ。せっかくの収入源が!」
「お金なんて関係ない、命あってでしょうが!」
(祈里は俺たちを救ってくれたということか?)
すると突然、祈里の配信用ドローンが緑色に点滅した。
この色は救助隊とか、そういったセーフティー系だったような———
遠くから聞き慣れない機械音が聞こえてきた。
脚力を増強するパワードスーツを着た探索者のようだ。
あんなに高くジャンプできるのか。
「恐れ入ります。探索者協会より依頼を受けた救助隊です」
レンジャー部隊とかにいそうな4人組が現れた。
まあゲームの世界でしか見たことないのだけれども。
かなりの手練ということはわかる。
おそらく4人で来られたら逃げられない。
「遠野直樹さんですか?警察が心配しておりました。ご無事でなによりです」
(なんだ、こいつらは)
心配しているとか、救助に来たっていいながら囲んでいるじゃないか。
その中の1人が近づいてきた。
火凛が俺の後ろへ下がる。
これは祈里に対しては見せなかった行動だ。
「私たちは、火凛さんの保護に参りました」




