第6話 逃亡Lv99のおっさん、大バズりして逃げる
「ねえ君、大丈夫か。この人の子供かい?」
「うん」
「おい、指が動いたぞ」
その会話に目を覚まして、俺はゆっくりと瞼を上げた。
星々が輝く夜空が広がり、ゲート近くの地蔵が赤色灯で照らされていた。
「あなた、この子の親御さん?なにしてんの」
2人組の警官が上から俺を覗き込んでいる。
白いゲートが近くにあり、探索者IDに犯罪歴がないことを確認された。
(ランクの低い探索者で助かった)
逃亡Lv99という呼び名はあるが、探索者として最底辺。
ダンジョンでやられたと思われたようだ。
「火凛!?」
「ここにいる」
火凛は地蔵の横に座っていた。
怪異はダンジョンを出られないはずだ。
持ち出せるアイテムのような物質的な存在なのだろうか。
とりあえず道の駅に停めている軽トラまで歩いていく。
荷台に積んだ自作キャンピングカーシェルは2名まで眠れる。
祈里は無事なのか、火凛は何者なのか、ゲートとは何か。
次々と疑問が溢れてくる。
だが、俺が思っていた以上に疲労は溜まっていたようだ。
(46歳にもなると体力が落ちてくるな)
朦朧とした意識の中でシェルへ戻った。
バンク部分に火凛を寝かせて、俺は常設ベッドへ倒れ込んだ。
ゴトッと荷物の中から落ちた配信用ドローンに電源が入る。
白く点滅してONLINEに切り替わった。
配信サイトへ、オフラインの録画データをアップロードしていく。
初配信の俺は、それが大バズりに繋がるなんて知る由もなかった。
————祈里はジリジリとした日差しに目を覚ました。
上半身を起こして周囲を見渡す。
山姥のいた民家はほぼ崩壊していた。
全力で術を放ったのだ、当然だ。
まだ力が残っていることに気付く。
火凛という鬼娘の瓢箪が効いてるみたい。
(そんなに私に祓ってほしかったのか)
鬼と山姥はいなかった。
囲炉裏があった居間にゲートが残されている。
真っ赤な水たまりみたいに見えるゲート。
遠野たちが逃げた先へつながっているはずだ。
私は井戸の水で顔をすすいだ。
黒い涙と血で濁っていく。
(本当に弱いな、私は…)
遠野はわかっていない。
怪異を、火凛を助けてしまった。
もっと私がしっかりしていれば、と思う。
<もしかしたら、今度こそ———>
あの時、そう思ってしまった自分を呪う。
脳裏に浮かび上がった幸せな日々を振り払う。
山姥と思われる頭蓋骨を踏みつけて、粉砕する。
怪異に恨みや憎しみなんてない。
この問題は、私たちにあるのだから。
「ちゃんと祓ってあげなきゃだね」
そう誓いながら、私は赤い水たまりへと飛び込んだ。
————なにやら外が騒がしい。
俺は軽トラの荷台シェルにある常設ベッドから上半身を起こした。
換気扇が回っているし、アイドリングの音もある。
普段通り、聞き慣れた環境音だ。
だが、少しだけ違和感がある。
そっとRVウィンドウを開けた。
「あっ、やっぱり逃亡のおっさんだよ!」
「まじか、おーい!本物だってよ」
売店や車から人が集まってきていた。
(オフライン直前の同接10万で、こんなになるのか?)
何の冗談かわからないが、とにかく逃げよう。
俺はポータブル冷蔵庫で冷やしていた水を飲む。
「火凛、降りてきたら俺の隣に座るんだ」
「わかった」
火凛が目をこすりながらバンクベッドを降りてくる。
俺は助手席の火凛にシートベルトの説明をしてから、軽トラのエンジンをかけた。
時刻は午前5時、まだ早朝だ。
コンビニで停車してカーナビを設定しようとして異変に気付く。
ロック画面には、異常な数の通知が入っていた。
いや、入り続けている。
たしか昨日が初配信で最後には同接10万となった。
そのあとはゲートが山姥に喰われて、オフラインになっていたはずだ。
それが話題になったということか?
SNSで”逃亡Lv99”と検索してみる。
すると検索ワードとして「入口の子」「ゲートの子」という言葉があった。
”いつもゲートにいる子の親が判明した件”
”ゲートの子って、逃亡おっさんの娘だったのか”
”逃亡Lv99のおっさん、逃げられた理由が娘と判明”
”やっぱり逃亡にチート能力使ってたのか”
慌てて配信サイトのアカウントを見る。
ゲートが喰われてから脱出するまでの映像がアップロードされていた。
そこには山姥や鬼、そして火凛の姿も映っている。
コメント欄には火凛が怪異ではないかと指摘する投稿もあった。
(すぐに削除すべきだ)
俺は配信サイトから動画を削除した。
その行為が、火に油を注ぐとは思わなかった。
その日の夕方には、ニュースサイトや考察チャンネルなどが賑わった。
それから逃亡Lv99のおっさんに関する噂が流れ始める。
火凛が鬼の娘ではないかと考察する者。
削除動画を勝手にアップロードする者。
流行に乗るため、俺の情報を伝える者。
祈里の実家や関係性を考察する者。
そして、俺が最も恐れていた投稿を見た。
”鬼の娘、通報しますたw”
俺は、山奥のボロ別荘へ帰るべく軽トラを走らせていた。
その途中、コンビニATMで引き出せる分の配信報酬をすべて現金化する。
アカウント削除を警戒しての行動だ。
次に山間部のスーパーで穀物類や調味料など長期保存できる食材をかき集めた。
”おっさん、映ってるよw”
”ダンジョン外でも映すストロングスタイル”
”これ強制配信になってない?”
”まじだw”
”位置情報も強制ONとかw”
”なにこれ、初めて見た”
”これ探索者協会がやってるって、マ?”
”おっさん、逃げてぇえええ”
念のため、ボロ別荘へは帰らない。
その近くにある空き別荘から様子をうかがった。
予想の通り、夕方には数台のパトカーが赤色灯で我が家を照らしていた。
(こりゃ、自宅に戻らないほうがいいな)
その時、コンコンと運転席の窓を叩かれた。
痩せ型、スーツ姿の男性がいた。
警察ではない。
だが、油断はできない。
少しだけ窓を下ろす。
「探索者協会の者です。あなたのIDを————」
俺は軽トラのエンジンをかけて2速で踏み込んだ。
3速へ切り替え、4速へ上げて放置別荘地の荒れ果てた凹凸道を飛ばしていく。
”探索者協会から訪問ってあんの?”
”これは怖い”
”(悲報)おっさん、まだ配信中と気付かず”
”いくら逃げても無駄で草”
”ドローン壊せ!いや壊さないでw”
”火凛ちゃんを守ろうの会、クラファンで登録してきたぜ”
火凛が俺の袖を引っ張る。
俺はアクセルを緩めて軽トラの騒音を落とす。
「あの人…」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
俺が見捨てると思ったのだろうか。
逃走のプロをみくびってもらっては困る。
逃げ切ると約束したばかりだぞ。
「ううん、違う。あれは鬼」
「えっ!?」
一瞬ハンドル操作が遅れて軽トラが弾んでしまった。
探索者協会が鬼なのか、それとも鬼が—————
目の前にパトカーが現れる。
俺は生まれてはじめてドリフトをした。
危険運転だからか、それとも探索者協会と繋がっているのか。
パトカーは大きなサイレンを鳴らしながらついてきた。
俺はバックミラーを見た。
昔のテレビドラマで見たような光景を映している。
”るぱぁあああんwww”
”おっさんがとっつぁんに追われてて”
”それはもう高齢化社会w”
”おっさん、完全に逃亡者モード”
”昨日デビューとは思えない同接100万超えw”
”パトカーに追われてて草”
”映画の撮影してるってきいてきますたw”
山道は凹凸が激しく、カーブも多い。
このままでは対向車とぶつかるリスクが高い。
狭い山道を利用して俺は減速した。
パトカーも強制的にスピードを緩める。
「なあ、火凛。大きなゲートって作れるか?」
「うん」
俺は思わず笑ってしまった。
一度やってみたかったことを口にする。
「頼む火凛、この車が入るゲートを作ってくれ」
「わかった」
火凛が助手席から手をのばして何か呟く。
軽トラが煩くて聞こえなかったが、少し手前にあるカーブの途中。
そこに大きな赤いゲートが出現した。
対向車線、カーブの先から応援のパトカーが迫っていた。
”軽トラうるさいわw”
”会話が全く聞こえない件”
”すまん、360度カメラで火凛氏しか見てなかったわw”
”ワイも、何が起きてん?”
”リアル逃亡者”
”今北産業”
”都合よくゲート出現してて草”
”やっぱりおっさんチート持ちやん”
”赤いゲートって何?誰かkwsk”
”逃亡劇の実況から来ましたw”
”同接150万超えた!!!”
”逃亡Lv99のおっさん、本当に伝説になる”
「俺たちが通ったらゲートを消せるか?」
「消せる」
「じゃあ、頼む」
そう言ってカーブの途中にできた赤い靄に向けてハンドルを切った。
「食材を買っておいて正解だな」
軽トラがゲートを潜ると、赤い靄は蒸発するように消えていった。




