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第4話 その巫女、危険につき

”まさかの逃亡封じ”

”ゲート喰ってて草”

”山姥こわっw”

”逃亡Lv99のおっさん、詰む”


山姥は、すでに灰色の靄を半分以上も食べていた。

俺たちは山姥を止めようと駆け出す。

しかし、行手を阻むように左右の草むらから鬼が出てきた。


(なんでこんなに鬼がいるんだよ)


背後からは祈里が吹き飛ばした鬼が迫っていた。


「ちょっと、なんで鬼が3体もいんのよ」


そのとおり、灰色のゲートで鬼がでるはずはない。

だが、今回は普通ではなかった。

白いゲートの中に灰色のゲートがあったのだ。

『二重ゲート』という異常事態。


(ゲートがなくなれば、救助は来ない)


この異常事態に探索者協会は動いていたはずだ。

俺の待っていた救助隊は来れなくなる。

それでも、祈里が暴走して鬼を怒らせなければ逃げ道はある。


「ねえ、あなたは山姥で、私を食べたいの?」


その言葉に山姥が靄を食べるのを止めた。

そして、振り返って大きな口をニタァと広げた。


「ああ、だがお前は強い。だから鬼に任せるのさえ」

「そうね、なら降参するわ」

「おまっ、何を言ってるんだ?」


山姥が完全にこちらへ身体を向き直す。

俺はハッとした。

これは昔話「3枚のお札」で見たことがある展開だ。

こいつは頭脳プレーもできるのか。


「私のお願いを聞いてくれたら食べられてあげる」

「なんだぇ、早くおぃいな」


祈里がニヤリと笑った。

やはり昔話を知っているのだろう。


”子ども用の動画で見たことある展開”

”和尚のとんちがはじまったw”

”若いのに教養あるな”

”さすがは神職の娘”

”山姥に死亡フラグw”

”大きくして小さくして食べるやつでしょ”

”ネタばらしてて草”

”山姥も食べる祈里氏w”


俺を見てドヤ顔を決める祈里。

だんだん性格がわかってきた。


「あなた、呪術が使えるのなら身体を小さくできる?」

「へっ?」

「なれるぇ。だが、ならん。お前に食べられるけぇ」


祈里は固まっている。

やがて、俺の方を振り向いてニヤリと笑った。

その頬には、汗が伝っている。


(こいつ、焦って順番を間違えたな)


”あれ?たしか山姥を大きくするんじゃないの?”

”昔話うろ覚えで大草原不可避”

”山姥に見抜かれてるやんけw”

”和尚じゃなきゃだめだったか”

”山姥のほうが賢くて草”

”これは擁護できないw”


山姥は何事もなかったようにゲートを食べ始めた。

しかし、鬼は近づいてこない。

それどころか、山姥を守っているように見える。


(怪異が協力するなんて聞いたことがない)



「業解き」



祈里は躊躇なく山姥へ向けて術を放った。


”ちょっwww”

”手が早いの草”

”祈里氏、狂犬だった”

”あれ単体攻撃じゃないのか”

”この巫女、危険すぎるw”


祈里の手のひらから白い靄が放出される。

山姥の前にいた鬼たちがバッティングセンターよろしく金棒を構えた。


「おい、打ち返せんのかっ!?」


鬼の金棒が白い靄を弾き返す。

俺は慌てて祈里を押し倒した。

間一髪、祈里のいた場所を白い靄が高速で通過した。


(なんでフルスイングで当たるんだよ)


「ちょっと、あんたいい加減になさい」

「馬鹿、後ろを見てみろって」


そう言われて、俺の頭を抑えながら祈里が振り返る。

後ろから迫っていた鬼が、白い靄に当たってノビていた。


”ピッチャー返しきたぁああ”

”あれ打てんのかよw”

”まさかのギャグ展開”

”おいおっさん、そこ代われ”

”おっさんJKに何回も抱きつくなwww”


気絶した鬼の体には黒い炎が燻っている。

野球部の鬼たちは金棒を肩に置いたまま動かない。


(やはり怪異たちは協力している)


山姥はゲートを平らげようとしていた。


「もうゲートは無理だ。逃げるぞ!」

「えぇ!?どこに」


俺は握りしめていた煙玉を地面に投げつけた。

たちまち怪異の認識を阻害する煙が立ち篭める。

俺は祈里を担ぎ、山姥の家へ駆け出した。


(鬼は複数体だと範囲攻撃をしてこないのか)


さすがに鬼たちは追いかけてきた。

俺に担がれて後ろを見ていた祈里が叫ぶ。


「ねえ追いつかれそう!」

「なんとかしてくれ、巫女さんだろ!」


すると、祈里が上半身を起こした。

俺は突然の重心変化に転びそうになりながら表口を目指す。

祈里が短く、何かを呟いた。



しずめ」



1体の鬼が地面へ落ちた。

どちらかというと、地面が液状化したように見える。

泥田坊のような黒い靄が鬼たちを沈めようとしていた。


その鬼の後ろからゲートを平らげた山姥が追いかけてきた。

もう1体の鬼が草むらで金棒を振りかぶっている。

間に合わない、民家へ入る前にやられる。

俺は振り返り、3枚目の札を使った。



「大川ぁ!」



札から白い靄が溢れ出す。

そこから大量の水が勢いよく放出された。

堰を切ったような鉄砲水が鬼と山姥を飲み込んだ。

やっと決まった!!


大火で恥をかいたが、ここで名誉挽回だ。

少し前の同接は10万に達していた。

ちょっとだけドローンに視線を送る。

だが、様子がおかしい。

同接は0、コメントも更新されていない。


(ゲートがなくなり通信が途絶えたのか)


つまり、全く!誰も!!見ていない!!!


そして、恐ろしいことに気付く。

嫌な汗が背中を伝った。


(完全に外界と遮断されたのか)


俺たちの現在位置も、生存状況も不明。

そもそも灰色のゲートがないから辿り着けない。

はじめて逃亡中に気が遠くなった。

だが、肩に担いだ狂犬だけでも逃さないとプライドが許さない。


(しっかりしろ、俺!)


山姥と鬼は大水に呑まれ、大きく後退した。

俺はリュックから簡易サーフボードを取り出す。

大量の水に流されて、滑り込むように民家へ逃げ込んだ。

祈里を居間へ下ろして、表口を封鎖した。


「勝手口を閉めてくるから、縁側を頼む!」

「ねえ、縁側のところに鬼きてるよ」

「ふぁっ?」


祈里が指差す方向を見る。

たしかに居間を挟んだ反対にある縁側の庭には鬼がいた。

しかも、今度は鬼は7体もいる。

よく見ると縄で縛られている娘までいた。


鬼の娘かと思ったが、頭に角はない。

肩まで伸びた黒髪は一直線に切られている。

赤い着物を着ていて、とても幼く見える。

人間なら13歳といったところか。

その体は、鬼の縄でグルグルと巻かれていた。


(人質のつもりなのか?)


いつもの癖で【疑いの眼】をかけた。

俺は息を呑んだ。

少女から赤い靄が立ち昇っていた。

それでも危険を感じるような怪異ではないとも思った。

座敷童とか、そういった類だろうか。


「ねえ、あの子は人間なの?」


祈里は俺が識別できるとわかったようだ。

怪異だと言えば躊躇なく攻撃しそうだ。


「まあ、怪異といえば怪異なんだが…」

「そう、業解——」

「ちょ、ちょっと待とうか祈里さん?」


俺は慌てて祈里の前に立ちはだかった。

不満そうな顔をする祈里。


「あれは何?鬼たちは何をしてんのよ」

「んあ、どうした?」


庭にいた鬼が縄を解き、少女を前に押し出した。

少女は、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。

そのまま縁側を上がり、居間まで歩いてきた。


(少女に見えて、とてつもなく強いのか?)


縁側の向こうで、鬼たちが笑っているように見えた。

彼らの立派な角からは黒い靄が立ち昇っている。


あっという間に俺たちの前まで辿り着いてしまった。

少女が俺たちを見据える。


俺は少女を見て、胸が苦しくなった。


その瞳に、かつての自分を見ていた。

ただの錯覚かもしれない。

死ぬこともできずに、逃げ続けてきた俺。

だからこそ、わかる。

彼女の『諦め』が痛いほどに。


———少女は、抑揚のない声で言った。


「祓って」


何を言ったのか、意味を理解できなかった。

怪異に自殺願望があるなんて聞いたことがない。



「私は角なしの忌子、今すぐ祓って」



少女は感情のない声で、そう呟いた。

俺は、それを聞いて笑顔になった祈里を見逃さなかった。

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