第3話 自称巫女、現る
俺は灰色の靄を駆け抜けると、そのまま草むらへ飛び込んだ。
しばらく靄の様子を伺う。
鬼が追いかけてくる気配はない。
俺はしゃがんだまま周囲を見渡す。
真っ赤に染まった山奥にポツンと民家があった。
「ねえ、何してるの?」
「いや鬼が……って、うわぁ!なんだお前!?」
草むらに隠れていたら、隣に女子高生がいた。
年は17歳くらいだろうか、長い黒髪を組紐で1つにまとめている。
(学校の制服ってことは配信者か?)
「お前じゃなくて祈里よ、い・の・り。巫女やってるの」
「はぁ」
配信者ドローンでQRコードを読み取る。
白羽祈里。
それが、自称巫女の名前だった。
(登録者数1万人、アイドルみたいな容姿なのに少ないな)
神職者は探索者みたいに宣言してなれるもんじゃない。
巫女というだけで、文字通り信者がつく。
しかし、巫女服ではないのが不思議だ。
制服のスカート丈は短く、利発な顔つきで活発そうだ。
登録者が30万人とかいても不思議ではないのだが———
”おっさん凝視しすぎw”
”不審者で草”
”祈里氏、登録しますた!”
”超可愛いのに登録者1万って地雷なの?”
”可愛いは正義!!”
”い・の・り!い・の・り!い・の・り!”
”祈里教徒わいててw”
「おやおや、知り合いかえ?」
その声がした方を振り向くと老婆が立っていた。
祈里によると、一緒に栗拾いをしていたという。
「もうすぐ日が暮れるさぇ。夜道は危ないよぉ、今夜はうちに泊まりなさい」
喋り方に違和感を覚えて【疑いの眼】をかけた。
老婆の身体から黒い靄が立ち昇っている。
鬼ほどではないが、強力な怪異だろう。
ついでに巫女もスキャンする。
たまに人間でも黒い靄が見える時がある。
そんなやつは避けてきた。
しかし、祈里からはキラキラした靄が見えた。
(なんだこれ、神職ってのは無敵なのか?)
昔プレイしたおっさんがジャンプするゲームを思い出していた。
それにしてもと、目の前の光景を見て思う。
真逆の靄を纏った両者が、談笑しながら歩いていた。
”山奥の民家x老婆w”
”もはや昔話で大草原”
”老婆の強者感たるや”
”360度カメラで祈里氏ばかり見てる”
”ワイもw”
”おっさんもたまには見てやれよwww”
俺たちは藁葺き屋根の民家へ辿り着き、居間へ通された。
老婆は柔和な表情を浮かべながら、囲炉裏の炭を整えている。
だが、その灰をみると小骨や壊れた眼鏡が入っていた。
(山童といい怪異は少し杜撰なところがあるな)
「栗さぁ茹でてくるさねえ」
そういうと老婆が立ち上がった。
俺は2人になったタイミングで祈里に声を————
「ねえ、あなた怪異なの?」
「ちょっ」
「おやおや、まあまあ。不思議な娘さんだねぇ」
なぜ聞く!?理解できない。
老婆は微笑みを浮かべたまま土間へ向かった。
”おおっと祈里氏?”
”やばい女だな”
”アクティブがすぎるw”
”戦闘狂の巫女か?”
きっと神職は強いんだろうな、と思った。
そうでなければ不意打ちするか、逃げるはずだ。
(よし、邪魔をする前に巫女鈴と禊石を返して逃げよう!)
「巫女鈴と禊石、…なんであなたが持ってるの?」
「落ちてたんだよ。鳥居と灰色のゲート付近に」
祈里が少し肩を落としたように見えた。
なぜ、ため息をつく。
「救助隊とかグループの探索者が来ると思ってたのに」
「ほぉ、悪かったねぇ。おっさん1人で」
(よし、この娘は1人でも生きていけそうだ)
”祈里氏、計算高かった”
”逞しい巫女現る”
”おっさんは巫女から逃げた方がよくない?”
”祈里教徒がいなくなってて草”
土間から包丁を研ぐ音が聞こえてきた。
これはもう山姥で決定ではないだろうか。
祈里は不思議そうに音を聞いている。
「なあ、あれは怪異、山姥あたりだ。逃げた方がいいぞ」
「いやよ、まだ確定してないし、ご飯もいただいてない」
そういうと祈里は、平然と茶を啜った。
怪異に飯をもらうつもりなのか!?
「今飲んでるの茶ではないと思うぞ、よくて草木、悪けりゃ虫とかだ」
「うげー」
巫女は口から茶を吐き出した。
黙ってりゃアイドルみたいな顔してるのに振り切った性格してるな。
”バラエティもできるのか祈里氏!”
”今のは…うん、ありがとう”
”い・の・り!い・の・り!”
”教徒が復活してて草”
神職の事情は知らないが、危うきに近寄らずが鉄則だ。
俺は片手を挙げて、無言で別れを告げる。
「ちょっと、何で帰るのよ!」
「怪異の出す飯なんて食えるか!…って、袖を掴まないでもらえるかな?おっ、おい!」
俺の袖を引っ張って立ちあがろうとした祈里がよろけた。
思わず背中を支えたが、そのまま老婆のいる土間へ落ちてしまった。
しかも土間の樽や壺を派手に倒しながら。
「いってぇ…、意外と重い——って、いやあ違う」
「へぇ、素直なのね。でも、あんたがゴボウみたいなだけでしょう?」
(すっげぇ、逃げたい)
制服姿だったので雑に見ていたが、祈里の腕には包帯が巻かれていた。
怪異と争った傷跡なのかもしれない。
「おやまあ、大丈夫かえ」
老婆が研いでいた包丁を持ったまま近づいてくる。
すると、後ろで物音がした。
「そいつは山姥やえ!和尚さんに伝えなあかん!!」
坊主頭の少年が壺から勢いよく飛び出す。
昔話にでてくる小僧といった服装をしている。
そのまま、勝手口から出ていってしまった。
老婆は追いかける様子はない。
ただ困ったような表情を浮かべている。
(小僧と山姥ってことは、札があるはずだな)
今から小僧を追いかけようかと考える。
しかし、その必要はないようだ。
小僧のいた壺の中に3枚の札が見えた。
「やっぱり、山姥なの?正直に答えて」
祈里は確認を繰り返している。
老婆は柔和な顔を崩さぬまま、包丁を振り上げた。
俺は振り返って壺の中から札を取り出す。
老婆へ向かって札を掲げた。
「大火!」
すると、山姥と祈里の間に炎の壁が立ち塞がる。
驚いた山姥が尻餅をついた。
1枚目の札は役目を終えたのか黒い靄となって消えた。
(こういう魔法みたいなのに憧れていたんだよ)
祈里と老婆が驚いた様子で俺を見ている。
なんで祈里も一緒に驚いてんだよ。
老婆は俺を危険と判断したようだ。
突然、口を大きく横へ開いた。
その耳くらいまで裂けた口には3列に並んだ牙が見える。
髪の毛は抜け落ちて、白髪が乱れる。
人形劇で見た10倍くらい怖い山姥の姿となった。
(これで舞台が整ったな)
いつもの俺なら一目散に逃げているところだ。
だが、今日は違う。
残念だったな、祈里。
巫女よりも早く山姥を焼き尽くしてやるぜ。
俺は横目でドローンの位置を確認する。
ようやく俺の初戦闘が配信で披露できそうだ。
俺は2枚目の札を、山姥へと向けた。
「くらえっ、大火ぁああ!!!」
俺の目の前に炎の壁ができた。
ただ、それだけだった。
何が起きたのか困惑する山姥。
豆鉄砲を喰らったような顔の祈里。
札を突き出して硬直する俺。
俺の周りを回転して撮影するドローン。
すぐ近くに火があるというのに、額と背中に冷たい汗を感じた。
”しかし何も起こらなかったw”
”攻撃用じゃなくて草”
”本人の前に火の壁があるのシュールすぎる”
”これは恥ずかしいwww”
”共感性羞恥がすぎる”
”貴重な2枚目の札を無駄にした件”
俺は戦わない人生を選んできたが、こんな時でも戦えないのか。
ちょっと目から汗を流しそうになったが、炎の壁が2つあるうちに脱出だ。
俺は祈里の手を引いて表口を飛び出す。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「巫女は置いてけえ!」
山姥が声を荒げると、衣服を破りながら一回りほど身体が大きくなる。
その時だった。
祈里が手を振り解き、山姥へ向かって祝詞を唱え出した。
”祝詞きたーー”
”ついに祓うのか!!!”
”おっさん逃げられず”
”最強巫女と逃亡おっさんがいると聞いてきました”
山姥は俺のことは全く見ていない。
まっすぐ祈里に向かって駆けていく。
「御魂還し」
祈里の足元から凄まじい勢いの風が起こる。
それを浴びた山姥が甲高い声をあげた。
次の瞬間、その肉体は黒い炎に包まれた。
なぜか草むらでも何箇所か小さな黒炎が上がっている。
どうやら周囲に潜んでいた怪異に対しても効果があるようだ。
”きいてるきいてるw”
”巫女つえぇええ!!”
”悲報、おっさんがモブだった件”
”大火ぁあああw”
俺は、山姥を見ていなかった。
草むらを歩いてくる影から目を離せずにいた。
10mほど離れた位置からバットらしき棒を高く掲げた。
おそらく標的は、祈里だ。
「おい、死ぬぞっ!」
「うわぁあ」
俺は祈里にタックルして鬼の一撃を交わした。
俺と祈里が倒れ込んだ足元の地面は抉られていた。
”おっさん、そこ代われw”
”近い近いwww”
”おまわりさーん、こっちです!”
”おっさん、祈里氏を抱きしめてて草”
コメント欄が騒ぐのもわかる。
女子高生に肘で床ドンしているような状態だ。
日常でやったら通報案件だろう。
倒れた拍子に、祈里の祝詞が途切れる。
山姥は、燻る身体を翻して草むらへ消えていった。
なんとか山姥は追い払った。
だが、まだ鬼がいる。
突然、祈里が仰向けに寝転がったまま両手を空にかざした。
「待て、故意では————」
「業解き」
祈里が耳元で呟く。
横目で上空をみると、すでに鬼が飛びかかっていた。
俺は目を細めてしまった。
自動で【疑いの眼】が発動する。
祈里の手のひらから白い靄が放出され、鬼を弾き返す。
地面に落ちた鬼の内側から、勢いよく黒い炎が燃え上がった。
その黒炎は人の手や歪んだ顔が現れては靄に溶けるといった様相だ。
(鬼の業を自らに浴びせているのか)
”これは恐ろしいな”
”やましいことしてきたやつが怯えてて草”
”俺は祈里氏に近づけんwww”
”こんなに巫女って凶暴なんw”
俺は逃げる専門で戦闘に詳しくない。
探索者や神職者たちはこんなことをやってるのか。
「まずは灰色のゲートから出るぞ!」
第一に確保すべきは逃走ルートだ。
祈里を起き上がらせて帰還できる灰色ゲートへ走った。
そこには、あの山姥がいた。
むしゃむしゃとゲートを、灰色の靄を食べていた。




