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第2話 鬼とプロの逃亡者

”ほんとに戦わないの草”

”リアル逃亡者”

”なんで生き残ってんのw”


俺は山童の小屋を背に山道を下っていた。

やがて日本の原風景といった田畑が広がる畦道に変わる。

少し先に鳥居が見えた。


(鳥居の前で何かが反射してる)


鳥居まで近づいて拾い上げると、それは禊石だった。

これは道端に落ちているような代物ではない。


(神職者が襲われたか、怪異の罠か)


事故か事件の可能性もある。

巻き込まれたくないが証拠として密閉袋へ入れた。

ドローンが赤く点滅していることに気付く。

その怪異を見て、俺は息を呑んだ。


鳥居の向こうに、鬼が立っていた。


背丈は2mを超え、頭部には角が生えている。

その手には金属バット、探索者から奪ったのだろう。


“はいダウト、白ゲートに鬼がいるわけない”

”なんで鬼がいんだよ”

”ピンチ配信にきたら、また逃亡おっさんで草”

”初日で詰んだw”

“逃げろ”


鬼は単体でも危険。

今すぐ逃げるべきだ。


(禊石の持ち主は鬼に襲われたのか)


そんなことを考えている余裕はなかった。

5mほど離れているからと、油断していた。

鬼が走り出した。

フルアクセルの原付バイクのような速度で迫ってくる。


慌てて駆け出すが、すぐ背後に気配を感じた。

こんなに速いのか。

地面の影を見る。

金属バットを振り上げているようだ。

俺は屈みながら背中のリュックを頭部まで持ち上げた。


バキッという音を立ててリュックに仕込んでいた盾が割れる。

俺はリュックごと、地面に叩きつけられた。

すぐにポケットの煙玉を取り出して破裂させる。


たちまち周囲が煙に覆われた。

その隙に隠れ蓑を羽織りながら距離を取る。


俺はリュックの中を確かめた。

30mm厚の発泡断熱材を鋼板で挟んだ盾が割れている。

この盾は自作キャンピングカーシェルの余り物で作った。

かなり頑丈なはずだが、たった一撃で割れた。

つまり、交通事故に相当する打撃力。


鬼は、不思議そうに首を傾げている。

俺も思わず首を傾げてしまった。


(この鬼には隠れ蓑が効かないのか?)


攻撃を受けた人間が生きている。

そのことに驚いている様子だった。


”何が起きたのかkwsk”

”速すぎて草”

”鬼の攻撃を防いだ、だと…”

”おっさん、まじで逃亡Lv99だった”


俺が歩いてきた道から騒がしい声が聞こえる。

山童が追いかけてきたようだ。

ここまで執拗に執着するのは珍しい。


(まあ気持ちはわかる。撒菱、あれはマジで痛かった)


怒り狂っているようで鬼がいても近づいてくる。

俺は、鬼と山童の集団に挟まれてしまった。


”山童が怒り狂ってて笑える”

”所詮は逃亡者w”

"さっきのおっさんか、絶体絶命やん"

”初配信でもう最期なの草”


死亡フラグが出ているからなのか、コメント欄は大盛り上がりだった。

それに反して俺は落ち着いていた。


(ここが田畑で救われたな)


俺は畦道から田んぼの作業路へと足を踏み入れた。

これで正規ルートから外れたことになる。

怪異リスクが高まる自殺行為、そう言われている。

ドローンがホログラムで「危険地帯」と警告表示をしている。


山童たちが作業路を追いかけてくる。

鬼は田んぼの中を堂々と歩いてきた。


(怪異の世界へ、いらっしゃい)


俺が作業路を歩くと、すぐに田んぼの水が泡立ち始めた。

泡が膨らみ人の形になっていく。

泥田坊どろたぼうと呼ばれる怪異だ。

通常は足を掴まれて引きずり込まれてしまうらしい。

だが、俺は逃亡Lv99の異名を持つおっさんだ。

奴らに捕まることはない。



「よし、逃げるかぁ!」



ドローン用に少し声を張った。

しかし、慣れないことをしたので裏返った。

しかも少しカメラ目線、これは恥ずかしい。


”なんで頬が赤いの?”

”カメラに慣れていないからだよ”

”やめてさしあげてw”


たぶん気づかれてないだろう。

俺は改めて声を張る。


「逃亡Lv99と言われる所以は、この脚力にあり」


帰宅部になって部活から逃げた。

自作キャンピングカーシェルで定住から逃げた。

山奥のボロ別荘を買って社会から逃げた。

探索者になってからも、人付き合いから逃げ続けた。


”足はやっw”

”戦わないのに格好良く見える件”

”おっさん、経験値が多そうで草”

”それはもうメタル系だろ”


俺は作業路を駆け抜ける。


(怪異のみなさん、正規ルートから外れた人間が走っていますよ)


これは怪異にとって、狩り時を意味する。

すぐに泥田坊が大量出現した。


山童たちが田んぼへ引きずり込まれ始めていた。

鬼にも群がるが、薙ぎ払われている。


俺は田んぼをコの字に走り、鳥居の近くまで戻ってきた。

田んぼの中央にいる鬼の足へ石縄を投げつける。

鬼がバランスを崩す。

そこへ泥田坊が群がり、錯乱した山童が重なっていく。


「はい、逃亡成功」


完全に振り切ったと思い、鳥居へ向かって走り出す。

鬼に襲われた神職者の位置だけでも報告したい。


”おぉ、本当に逃げ切った”

”怪異 vs 怪異とはやりよる”

”他力本願の鏡w”

”逃げきれそうで草”

”さすが逃亡Lv99だな”

”おっさん、うしろうしろ+10,000円”


俺は、参道を駆け上ろうとしていた。

チャリンという音が鳴り、ドローンが入金コメントを強制表示する。


(おぉ!初のおひねり!!!)


お礼をしようと、俺は頭を下げた。

次の瞬間、頭上スレスレを何かが通過した。

鳥居の門が弾け飛ぶ。

俺は爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。


————土埃が立ち込める中、鬼を探す。


(鬼なんか相手にするもんじゃないな)


どこにもいない。

焦って振り返ると、目の前に灰色のゲートがあった。

その靄の下には巫女鈴と禊石が転がっている。


(なんでダンジョンに別のゲートが存在してんだよ)


ここは安全な白ゲートだった。

だが、目の前には別の灰色ゲートがある。

黒くなるほど強力な怪異がいる。


ここを潜るのは危険だ。

より強力な怪異がいるのは間違いない。


(あの鬼は、ここから来たのか?)


”なんで白いゲートの中に灰色ゲートがあんだよ”

”行っちゃダメだろ”

”わかりやすいトラップで草”

”おっさんゲートへ逃げろw”


このゲートは危険だ。

そう本能が警告している。

とても逃げ道とは思えない。

しかし、鬼の居場所がわからない。

ふと背後に気配を感じて、俺の迷いは消えた。



「ええい、ままよ!」



俺は巫女鈴を掴む。

そのまま灰色ゲートへ、全速力で駆け込んだ。


”また逃げたw”

”おっさんは速かった”

”逃亡系のダンジョン配信者は新しいな”

”戦わないのにバズってて草”

”逃げるだけで飯が食える時代きたーーー”

”戦わないのに目が離せないのなんなんだよ”

”鬼でも逃げ切ったのはもうプロ”

”伝説の逃亡配信、始まったな”

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