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第1話 逃亡Lv99のおっさん、初配信

「おい、あそこにいるの逃亡Lv99のおっさんじゃね?」

「あれ配信用ドローンだよな、ついに配信者になるのか」


俺、遠野直樹とおのなおきについてきた実績稼ぎの探索者たちが遠巻きに話をしている。

道の駅で車中泊をしていたらゲートセンサーが反応、こっそりとダンジョンに入ったつもりだったが見つかってしまったようだ。


「ドローン起動」

「はじめまして、マスター。探索者IDをスキャンします」


俺はフリマで購入した30万円もする配信者ドローンを開封してダンジョンの入り口・ゲートで初期設定していた。


「撮影はじまってるの?」

「はい、ライブ配信中です。同時接続数はゼロです」


ドローンは俺の右肩前に地図や生体情報、視聴数をホログラム表示した。

さすがに初配信では誰も見ないか。


(久しぶりに寿司でも食べたいもんだな)


これまでダンジョンで入手しやすいけがれ石や古い札を売って生計を立てていた。

だが、最近は穢れ石を浄化した禊石みそぎいしが市場に出回り暴落。

そのせいで昨日も見切り品を食べた。

そこで俺は探索者から配信者へと転身して、広告収入で稼ぐことにした。

背に腹は代えられない。


ゲートとは靄で創られた出入り口。

白いほど安全で怪異は少ない。

ここは白ゲート、安全地帯だ。

ゲートからは、次々と探索者や観光客が入ってきていた。


(今日は探索日和だな)


俺はゲートのある広場を歩いていた。

時代劇に出てきそうな団子屋の面影を残す廃屋を通り過ぎる。

ドローンが「エリア1:山道」とホログラム表示をした。

同接数は、依然としてゼロだ。


小一時間ほど山道を歩くと、少し開けた場所が現れた。

ゲートのある広場に比べると狭く、ポツンと立つ小屋がある。


(見るからに怪しいな)


小屋の物陰から10歳くらいの子どもが姿を現した。

その衣服は破れ、腹は肋骨が浮き出ていた。

長いこと食料を口にしていないように見える。


俺は【疑いの眼】を使った。

子どもからは黒い靄が溢れている。


「やはり怪異か、でも今日は運がいい」


このスキルは、学校を避け、会社から逃れ、社会からも逃げてきた俺が自然と身につけていた。

とても便利だが、ジト目にしか見えないらしく人前ではやりたくない。


(おそらく河童か山童だろう)


そこでリュックから生米を取り出して、手のひらに盛る。

子どもはゴクリと喉を鳴らして、ゆっくりと近づいてくる。


ゴトゴト、ガサッと、後ろから物音がした。

いつの間にか、草むらや岩陰から10人前後の子どもが様子を窺っていた。


(この規模なら巣があるはずだな)


俺は生米を持った手を高く持ち上げてから、地面へと盛っていく。

彼らの視線が俺から生米に移る。

これでいい。

四方に同じことを繰り返して、注意を逸らす。


(隠れ蓑もボロボロだ。そろそろ買い替えないとな)


そう言いながら怪異の認識を阻害できる「隠れ蓑」を羽織る。

人間やドローンには丸見えだが、配信用としては都合が良い。


俺は生米の中央に立ち、子どもに囲まれている状況。

だが、俺のことは認識していない。


(頭では理解していても、やはり落ち着かない)


この距離になって、配信用ドローンが赤く点滅した。

ようやく怪異として検知したようだ。


それと同時に同接数が増え出した。

配信サイトの「ピンチの配信者」カテゴリーに掲載されたらしい。

他人の不幸は蜜の味、それを数字で見れる時代になった。

視聴者が増える横で、広告収入のカウンターも動き出していた。


(まったく、世知辛い世の中だ)


俺は地面に屈む子どもの隙間を縫って、ゆっくりと抜け出した。

彼らは生米を口に入れ、食べられるのか試している。

他の探索者が持ち歩かない生米は時間稼ぎに最適だ。



”初見”

”ダンジョンで餌付けとかw”

”なんで生米もってんだよ”

”炊いてから食わせてやれよw”

”自炊かな”

”食事中に襲うスタイルか”

”卑怯者で草”



コメント欄では、怪異を子どもと思っている投稿もあった。

探索者ではない人が見れば無理もない。


子どもが生米の奪い合いをはじめた。

それを見ながら、俺は距離を空けていく。

彼らの歩いてきた地面を見る。

土は乾いていて、湿っていない。

おそらくだが怪異の正体は、山童だろう。


山童は子どもに見えるが長寿種、その力は成人男性よりあって危険だ。

欲に素直で扱いやすい。

餌に釣られるし、罠にもかかる。

だが、それに油断した探索者は喰われる。


山童が現れた小屋の裏手へ行って、彼らの巣を探す。

草むらには血のついたカップラーメンや賞味期限の切れたウィンナーの袋があった。

他にも白い骨、子ども用ではない登山靴……ここはゴミ捨て場だろう。


(あの数なら頻繁に探索者を襲っているはずだ)


もう少しだけ草むらをかき分けて進む。

小さな洞穴があって、その手前に綺麗なリュックやバッグがあった。

中身を開けると日付が新しい牛肉パック、封の切られていないハムに食パン。

まだ冷えたスポーツドリンクまであった。

おそらく盗んできたか、探索者が置いて逃げたものだろう。


「生米との物々交換としては当たりだな」


思わずドローンの前で呟いてしまった。


”おまわりさーん、こっちですw”

”子どもから荷物奪うとか鬼畜で草”

”何を見せられているんでしょうか”

”おっさんの悲しい末路www”

”子どもの怪異くらい倒せよ”

”おっさん後ろ後ろwww”


俺は夢中になって荷物を詰め替えていた。

気付かなかった。

砂を踏む音に振り返ると、目の前に山童がいた。

俺は驚いて尻餅をついた。

その拍子に隠れ蓑がハラリと落ちる。


(やばい、仲間を呼ばれる)


遅かった。

山童は、空気を切り裂くような雄叫びを上げた。

黒板を爪で引っ掻いた音をスピーカーで流したような声。

俺は顔を歪ませながらリュックを担いで山童の巣を飛び出す。


草むらから出ると、子どもが巣へと引き返してきていた。

俺を見た途端に口が大きく横へ裂けた。

子どもらしい姿から髪が抜け落ち、耳の形がかわる。

その肉体はシワだらけとなった。


(もう騙す必要はないってわけか)


”まじかwww”

”他の探索者なら変身中に倒すのにw”

”はじめて怪異の変化を最後まで見たわ”

”化け物で草”

”逃亡で有名なおっさんなんでしょ?誰かkwsk”

”まあ見てなって”

”なんで実績になるのに逃げるんですか?”


山童たちは、凄まじい形相で追いかけてくる。

だが、山童の足は速くない。

だからこそ擬態して探索者を騙す。


(まあ騙したつもりが、騙されてたら怒るのも当然か)


俺は少し走って山道へ戻る。

山童のスピードに合わせて追いかけさせた。

そして、道幅が狭くなったタイミングで振り返る。

ドローンの位置を確認して、カメラ目線をしてしまった。

少し赤面しながら、格好良く地面に「撒菱まきびし」をバラまく。


「あっ…」


”ちょっwwwww”

”悲報:おっさん鍵も一緒に投げる”

”いるよね、こういう人w”

”わかりみで草”

”年取るとうまくいかないよね”


裸足で追いかけてきた山童たちが悲鳴をあげる。

足を上げた拍子に転がり、身体中に刺さり暴れる。


(今なら鍵を取れそうだな)


隠れ蓑を羽織り、山童の皆さんへと近づく。

撒菱エリアを慎重に歩いて、鍵を回収した。

しかし、暴れる山童がぶつかってきた。


————踏んだ。

思いっきり撒菱を踏んだ。


「いってぇ、すっげぇ痛え」


これが女子ならドジっ子で加点判定されるだろう。

だが、おっさんは信頼を失うだけだ。

いや、性別なんか関係ない。人柄の問題か。

しばらく山童と一緒に騒いでいた。

ふいにドローンのカメラと目が合った。

俺は足裏の痛みに耐えて、スタスタと歩き出す。


(コメント欄は撒菱を使った逃亡スタイルを賞賛しているだろう)


通常なら絶好の攻撃チャンスではと困惑しているはずだ。

だが、俺は逃げる。

決して、戦わない。


「これが俺のスタイルだ!」


鍵とか撒菱を踏んだ失敗を帳消しにしたい。

その一心で、決め台詞を叫んだ。


”これは恥ずかしいwww”

”あとで編集してもらえよ”

”これは新コンテンツ”

”初見”

”あれ、なんか見たことある人だ”

”なに有名人なの?”


コメントが辛い。

逃げたい。

でもまあ、これが俺の流儀には違いない。

探索者たちがつけた俺の通り名は「逃亡Lv99のおっさん」だ。

不名誉だが、事実だから仕方ない。

赤いランプで戦闘を期待していたコメント欄が賑わい出した。


”なにこのおっさん”

”逃げ方が手慣れすぎてる”

”山童相手に食料回収してて草”

”何この戦わないスタイルw”

”やつはとんでもないものを盗んでいきましたw”

”こいつ、怪異より生活力が怖い”

”ついに見つかってしまったか、逃亡Lv99のおっさん”

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