第25話 赤い着物の少女
「鬼って1体だけじゃないのか」
ゲート付近には鬼が3体、それに大きな狐のような怪異がいた。
山間部の寂れたスーパーにある駐車場、そこに灰色のゲートがある。本来なら日中の買い出しで混み合う時間帯だが車は数台しかなかった。
「ゲートを守ってるのかな」
「田舎だから行くところないんだろ」
怪訝な顔をする祈里だが、俺は真剣に答えている。鬼が山を登ったり、川へ行ったりするイメージが湧かない。そういう意味では熊などより厄介だ。
それにしても、どうして地上にまで鬼が出るんだ。
「祈里は鬼が出なかった世界のことは覚えているのか?」
「あんまりはっきりとじゃないけどね」
そう言うと祈里は何かを思い出したように考え込む。
「昔、おじいちゃんが言ってた。神を宿してはいかんって」
それを聞いて、俺は大太法師を思い出していた。
山をも消し飛ばす自然そのものといった存在。
俺にはその存在を微かに確認できる程度だった。
だが、祈里は大太法師と一つになっていた。
俺は、祈里が巫女として神童と呼ばれていたことを調べていた。
そして、幼少期の凄惨な事故も知った。
「祈里は小さい頃から神を宿してたのか」
「うーん、神様かどうかわからないけどね」
なんとも恐ろしい回答だ。
いずれにしても大太法師を宿したことがきっかけだと思う。
記憶が曖昧だが、当時を思い返す。
俺は脳裏に、赤い着物を着た少女を浮かべていた。
「火凛がお前を助けるときに神を殺したのか」
「神様って死なないらしいけどね」
なんとも軽く言ってくれる。
死なない神に異変があったとしたら、祈里が宿したからだ。巫女が突破口となり、本来は傷つけられない神に対して、火凛の業が通ってしまった。
<あんたを見つける>
隣にいる祈里が言っていた意味がわかってきた。
こいつは何度も世界を変容させているのかもしれない。
今回、俺が記憶を残していた理由はわからない。
もはや世界の変化から逃げ切れたから、とでも言うしかない。
神童と呼ばれた祈里と、鬼門を開く火凛。
2人が揃うと神殺しさえ行えるのだとしたら———————
「なあ、再びお前が神を宿して、火凛が救ったら。どうなるんだ」
「また神様が死んで、世界が少し変わるのかもね」
俺は前回の記憶しかない。
祈里と火凛はどれくらい繰り返してきたのだろう。
<祓って>
そう言った火凛の姿を思い出す。
そうだ、あの時に祈里は笑っていた。
もしかしたら祈里は呪縛を終わらせたいのではないか。
この因果、輪廻、地獄のような運命を。
(繰り返す悲劇が終わるなら、俺も笑うだろうな)
急に狂犬みたいな祈里の性格がわかってきた。
それでも火凛を祓わなかった。
再び俺を見つけだした。
とても不便に思えて、愛おしい存在に思えた。
俺は思うより早く口に出していた。
「あのさ、今度は俺を見つけなくていいよ」
「なんでよ、あんたが消えるかもしれないんだよ?」
「お前が望んでいる世界を考えろ」
「はぁ?何を言って——」
「お前の両親が生きている世界を望むんだ」
祈里は黙って遠くを見ていた。
この愛おしい狂犬を、祈里を繰り返す地獄から逃してやるとしたら、この方法しか思い浮かばない。
「——やばい気づかれた」
鼻をひくひくさせていた狐が、こちらに気付いたようだ。俺は反射的に腕の臭いを嗅いでいた。うん…大丈夫だった。
狐は思ったより速く駆けて来た。鬼たちも相変わらず原付フルアクセルで飛ばして来る。
祈里が祝詞を唱え始めた。俺は回収係になる。
「鎮め」
一網打尽、鬼も狐も一気に黒い沼に引きずり込まれていた。
(たしか、この術は足止め的なやつだったよな)
念の為、プッシュ式の大網を怪異のみなさんに打っておいた。
認識阻害成分が含まれているので、今のうちにゲートへ向かう。
俺たちはゲートを潜った。
◇◇◇
「ねえ、火凛がホログラムに映っていたゲートは別の場所だったよね」
「そのはずだけどな」
俺たちはゲートを出た先から動けずにいた。
そこにいるはずのない人物がいたからだ。
俺たちが潜った山奥のゲートを出た先に、赤い着物を着た少女がいた。
感動の再会なんて期待はしていなかったが、想定外の質問が届いた。
「あなたが遠野さんですか?」
火凛が首を傾げて僅かに微笑むような表情を浮かべていた。
俺の記憶にいる火凛は、絶望の中にいるような瞳をしていた。光を宿していなかった。だけど自分から終わりにもできない。どうしていいかわからない。叫び方すらわからない。そんな瞳をしていた。
だが、目の前の火凛は違う。
瞳には正気があり、動きがある。普通に生活をしてきた13歳の女の子といった印象だ。
俺は【疑いの眼】を使った。
赤と黒の混じった靄を纏っていた。
俺の知る火凛は、血のような赤色の靄だけだった。
「誰だ…、君は誰だ」
「私の名前は火凛、鬼の娘です。あなたが遠野さんですか?」
俺は頷いた。
その火凛と名乗った少女は微笑むと赤い靄を出した。
しばらくすると、そこから黒スーツが現れる。
「あんたら九条商会だよな、どういうことだ?」
「遠野直樹さん、白羽祈里さんですね?お二人を迎えにあがりました」
少しずつ理解してきた。
火凛とよく似た少女は各ゲートで俺たちを待っていたのだ。
九条商会へ導くために。
「お迎えってことは九条本宿へ行くのか」
「はい、地下研修室で旦那様がお待ちです」
祈里が僅かに拒絶するような反応をした。身構えるというより拒絶とか、怯えるといった印象。少なくとも九条の父親を知っているようだ。
「そこに本物の火凛がいるのか」
「はい、いらっしゃいます」
そう言うと、俺たちを黒いゲートへ案内した。
俺は赤い着物を着た少女を横目に見ながらゲートを潜った。
◇◇◇
そこは地下研究室というよりもペットショップのようだった。
無数のケージがあり、その中に異界人が収容されていた。以前も見た光景だと思う。その誰もが意識なく横たわっていた。
「弥七!!」
その顔を見た瞬間、一気に懐かしい思い出が蘇った。
俺を師匠と呼び、逃亡センスが高い優秀な弟子。勝手に跡取りなどとわけのわからない妄想さえしていた。
「遠野さん、危険です。離れてください」
黒スーツの言葉が終わる前に、弥七は俺に向かって飛びかかってきた。ガラス越しにみる少年は俺を認識していないようにも見えた。
弥七との記憶を全て思い出せているわけではない。
だけど、とても悲しいと心が訴えていた。
「遠野君、祈里ちゃん、待っていたよ」
妙に甲高い声の、白衣を着た男が歩いてきた。
その隣には九条榛奈がいた。
「榛奈ねえ!」
「祈里…、お父様やはりやめてください」
お父様と言われた白衣の男、九条父が目配せをした。
一斉に黒スーツが現れる。
「何すんのよ!」
祈里が黒スーツに拘束された。九条家とは知り合いじゃないのか?
九条父が近づいてくる。どこか足取りが覚束ない。手入れしていない眼鏡の奥には深い隈と焦点の合っていない瞳があった。
「遠野君、君のおかげだ」
「何の話だ」
「今まで解けなかった謎が解けた。礼を言う」
そう言うと再び目配せをした。黒スーツたちが足早に散って、何かを操作している。
天井照明が次々と点いていく。
やがて、俺の目の前にひときわ大きなケージが見えてきた。
「「火凛!!」」
火凛は眠っていた。
その近くにある円柱のガラス管には、火凛と瓜二つの少女たちがいた。水の中で生きているのか、ただ肉体だけなのかはわからない。
九条父は火凛を研究していたのか。
「祈里ちゃん、君の神通力は素晴らしい。幼い頃の——」
「お父様やめてください!」
祈里はじっと九条父を見ていた。
九条榛奈は状況を理解しようと必死な様子だ。父がここまでやっているとは知らなかったのだろう。
「まあいい、遠野君のおかげで新しい世界へ旅立てるんだ」
(こいつは狂ってるのか)
「今から火凛を起こす。遠野君は火凛を家へ返すと約束してくれないか」
「断ったら?」
「地下牢にいる異界人たちが入ったケージの空気がなくなるだけだ」
「狂ってやがる」
「私や関係者が何もしなければケージは自動的に無酸素状態になる。君はやるしかないんだよ。遠野君」
そう言って、九条父は火凛を目覚めさせた。
俺は思わず火凛に駆け寄った。
「火凛!無事か?」
「…うん」
出会った頃と同じ世界を諦めたような瞳をしていた。生まれてこなければよかったと訴えるような瞳。俺を映す鏡、俺が逃げられない瞳だ。
「さあ!遠野君、やってくれ!」
九条父は興奮しているのか、声が一段と高くなっている。
火凛が何事かと俺を見ている。
「火凛、俺がお前を逃してやる」
「……」
「ここにいるやつら全員をお前の故郷へ連れて行けるか?」
「うん」
鬼の娘、その故郷っていったら地獄だろう。
さすがの俺も行きたくはない。
九条父が言う新しい世界の価値観は理解できそうにない。
火凛の身体が強張っていた。
<角なしの忌子、今すぐ祓って>
そう言っていた。
そんな故郷に行きたくないよな。
俺は強く抱きしめる。
「安心しろ、お前を連れて、地獄の果てまで逃げ切ってやるさ」
火凛は俯いて、その全身から赤い靄を放った。




