第24話 神童と呼ばれた巫女
「お嬢様、先ほど祈里様が動かれました」
私は、祈里が探していた彼に会えたのだと思った。
遠野直樹。
おそらく私も出会っているであろう逃げ続ける男。
その一報を受けて、九条第七ビルの最上階にあるゲートへ向かった。
父が研究して作り出した、ダンジョンへ繋がる人工のゲート。
それは赤い靄で出来ていた。とても生々しい血液のような色をしていて、ここを潜るたびに心拍数が上がってしまう。
私は今回も息を止めてゲートを通った。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
ゲートを抜けると、九条本宿にある自宅に出た。窓の外を見る。月明かりに照らされた居住区は、ひっそりと静まり返っていた。
「榛奈か、珍しいな。夜中に来るなんて」
「お父様こそ、いつ九条本宿へ?」
赤いゲートの近くにいた父は何やら機材を持ち込んでいた。
今日の父は落ち着いていた。白衣を着た男たちと会話をしている。何やらゲートの状態を確認しているようだ。
「このゲートのことだが、祈里ちゃんの件を覚えているか」
「思い出したくもありません」
「そうだな、でもな。ようやく、あの日のゲートが完成しそうなんだ」
まだ研究していたのか、という言葉を飲み込む。それと同時に当時の祈里を思い出していた。
彼女はまだ小学生だった。
神童と呼ばれ、その能力から神職イベントに各地へ駆り出されていた————
◇◇◇
――8年前 祈里――
「祈里、そろそろ時間よ」
「わかった!もうすぐ終わる」
私は待機室でスタイリストさんに髪を整えてもらっていた。大好きな巫女衣装を壁全体に広がる鏡で見てはニヤニヤしていた。
(なんかアイドルみたい)
もう一度、鏡を見る。スタイリストさんが部屋を出た。ママが近づいてきて楽しそうに笑っている。私は椅子から飛び降りて、テーブルに置いていた神楽鈴を掴む。
「宮司のところ行こっ!」
ママの手を引いて神楽殿へ向かった。
篳篥が奏でる笛の音が近づいてきた。
神楽殿では巫女舞奉奏が終わろうとしている。
次は私の番だ。
子どもだから大事な儀式は任されていない。
宮司の隣でダンジョンのゲートに向かって祝詞を唱えるだけ。
「祈里、頑張ってね」
「榛奈ねえ!来てくれたの!!」
大好きな近所のお姉ちゃん、名前は九条榛奈。
今日は爽やかなワンピースを着ていた。街中で声をかけられて雑誌に載ったこともある。近くて遠い憧れの人だ。
私が飛びつこうとしたらママに捕まってしまった。
「祈里、もう始まってるから!」
ママに急かされて、神楽殿の袖口へ向かう。
宮司の祈る声が聞こえていた。
私としたことが、急がなくちゃ。
女性の叫び声が聞こえた。
私は驚いて立ち止まってしまった。
何かが神楽殿で起きている。
怖くなって宮司のところへ走って行く。
「祈里、来るな!」
神楽殿には赤いゲートが現れていた。
そこには秘密の友達がいた。
いつも2人で遊んでいた。
赤い着物を着た女の子。
「火凛、どうして」
「祈里ちゃん、遊びにきた」
私は思わず駆け寄って火凛の手を掴み、袖口へ引っ張る。
今は大事なイベント中だ。
どうしてここにいるの?
それに人前に姿を見せているし、いつもの火凛らしくない。
火凛が動かない。
ふと振り返る。
そこには鬼がいた。
◇◇◇
――8年前 榛奈――
神楽殿に赤いゲートが出現した。
それを知った父は、目の色を変えて近づいて行く。
「九条様、危険です!」
護衛が父を制止しようとするが、どんどん人混みをかき分けて行く。
ついには神楽殿に上がり込んでしまう。
(祈里の大切なイベントを壊さないでよ)
思わず私は父の後を追いかけた。
参拝者がざわついて、何事かと神楽殿を見る。
父が岩のような物を持ち出して、ゲートへ向かって放り投げた。
「塞の神よ、門を喰らえ」
父の研究が何なのかは知らない。
私は恥ずかしくなってしまった。
しかし、驚くことに、その行為によって赤いゲートは閉じた。
鬼と赤い着物の少女が、神楽殿に取り残されていた。
「祈里!」
「榛奈ねえ!」
私は祈里を抱きとめた。
赤いゲートがあった場所を見る。そこには父が集めていた地蔵……塞の神とか言っていた地蔵の首があった。その目からは赤い涙が流れているように見えた。
「あぁあぁ、よかった。よかった」
父は地蔵の首を拾い上げると、宝物のようにバッグへと仕舞った。
護衛に連れられて、神楽殿の下へ降りていく。
鬼は赤い着物を着た少女を縄で捕らえているようだ。
おかっぱ頭、13歳くらいだろうか。
祈里の父、宮司が祈り出した。
それまで大人しかった鬼が即座に反応した。
手に持った縄を引っ張る。
それに応えるように少女が腕を伸ばす。
私は息を呑んだ。
少女が赤い靄を放ったのだ。
その靄は宮司を覆っていく。
「パパぁ!!!」
祈里の叫び声が響く。
すぐに靄は晴れた。
しかし、そこに宮司の姿はなかった。
「火凛!私もパパのとこへ行く!」
祈里は混乱しているのか、少女に駆け寄って懇願していた。
それを母親が引き留めている。
すると再び赤い靄が現れた。
その靄は徐々に大きくなっていく。
「待って、これ大きすぎる」
巨大な赤いスライムが、近づいてくるような恐怖。
私は思わず舞台袖まで下がってしまった。
その靄は、神楽殿の舞台を覆うほどに膨れ上がる。
足元まで迫っていた靄が止まったとき、私の停止していた思考が動き出す。
「祈里!!!」
霧が晴れるように靄は薄れていく。
そこには誰もいなかった。
鬼も、少女も、祈里たちも。
私は父の元へ向かった。
何をしたのか、問い詰めたかった。
境内を背に歩いていた父に追いつく。
参拝者の叫び声がした。
「人殺しだ!」
「誰か警察を!!!」
「祟り、呪いだ!」
私は参拝者をかき分けて神楽殿に駆け寄った。
そこには祈里がいた。
右手に父親、左手に母親、それぞれの手だけを繋いでいた。
神楽殿が夥しい量の血で染まってゆく。
あの着物を着た少女がやったのか、それとも祈里なのか。
血まみれの祈里は、目から黒い涙を流していた。
意識を失ったまま立っているように見える。
その想像を絶する光景に誰も近寄れなかった。
神童と呼ばれた巫女の少女は、そのまま神楽殿に、血の海に沈んだ。
◇◇◇
「榛奈、今夜にでも祈里ちゃんを呼んでおいで」
「私は祈里から避けられています。呼び出すことなどできません」
「大丈夫、もうすぐ来るから」
そう言うと、父はホログラムを見せた。
ゲート付近にいる九条本宿の従業員と、ビデオ通話をしているようだ。
彼らの背後には見覚えのある人物がいた。
「祈里?」
そこには祈里と遠野がいた。
そして、赤い着物を着た13歳くらいの少女が映っていた。




